第3話①

 俺は緊張した面持ちで体育館倉庫に向かった。待ち合わせは5時からだったけど気が急いた俺は清掃終わりと同時に自分の分担のホームルーム教室を飛び出した。まだ4時30分にもなっていないというのに体育館倉庫には人影があった。


 「すまん、待たせた」

 「ううん。私も今来たところだから。…それにしても早いね」

 「お互いにな」

 「そうだね。ふふっ」


 その人影が誰だかすぐに分かった俺は駆け寄っていった。そこからのやり取りは恋人みたいだなと考えて、慌てて邪念を振り払った。


 「それで、相談って?」

 「うん。それはね……」


 俺が早速尋ねると白鳥さんは言いづらそうに口ごもった。急かさないようにしばらく待っていると、やがて深呼吸して気持ちを落ち着けたのか、「よしっ!」と手の平を握って真っ直ぐ俺の目を見てきた。久しぶりに真正面から見た白鳥さんの目は引き込まれそうなほど綺麗な黒色だった。


 「わ、私ね。好きな男子が、いるの」

 「…えっ。……そう、なんだ」


 白鳥さんが言ったのはそんな言葉だった。たどたどしくはあったけど、幼馴染みとしてずっと見てきた俺にはそれがどれだけ本気なのか分かってしまった。フリーズしてしまった俺がなんとか絞り出した言葉はとても弱々しかった。


 「うん。それでね、楠木さんには男子が喜ぶことを教えてほしいんだ。…お願いできる?」

 「…ああ、分かった。いいよ」

 「ありがとう!」


 …分かってたことじゃないか。白鳥さんが俺のことを嫌いだなんて。俺が相談相手に選ばれたのだって、男としての魅力が皆無な俺なら変な噂もたたないからだろ。


 「…ところで、楠木さんって好きな人がいるの?」

 「ああ、いるよ。…いや、いた、かな。俺なんかとは全く釣り合わないくらい良い女性だよ」

 「ふ、ふーん。…ちなみにダレ?」

 「白鳥さん…には関係ないことだよ。…それに、もう終わったことだ」


 白鳥さんの質問につい正直に答えそうになって、慌ててごまかした。このまま告白すれば何か変わるのかと思ったけど、負担にだけはなりたくないから胸の内に仕舞い込んだ。


 「まぁいいや。じゃあ、まず最初のアドバイスだ。…こんなことしちゃダメだろ」

 「えっ?こんなことって?」


 …俺が男として見られてないのは薄々気づいていたけど、あまりの危機感のなさにうんざりした。


 「だから、好きな人がいるんだったら、違う異性を呼び出しちゃダメだろ!それもこんな場所に」

 「?どうして?」


 白鳥さんは本当に分かってないように首を傾げた。それを可愛いと思ってしまう俺の胸に、次の瞬間襲来したのは虚無感だった。この相談が終わったらまた前みたいに話してくれなくなる。それだけは事実だった。


 「いいか。男にとって…かどうかは分からないけど、俺は自分の好きな人が別の異性と二人きりで話されるのはイヤだ」

 「そ、そうなんだ。けど、それは心配しなくても大丈夫だよ」

 「…はぁ〜。何が大丈夫なんだか。…とにかく!これからはメッセージでのやり取りだけでいいな。相談にだけは乗ってやる」


 俺が自分のことを優先してこのまま黙っていたら、白鳥さんともっと話せるかもしれない。だけど、白鳥さんには幸せになってほしい。それだけでいいんだ。…たとえ、隣にいるのが俺じゃなくても。


 「イヤ!……それとも、私と一緒なのは迷惑ですか?」

 「そんなことない!」

 「じゃあ、よろしくお願いします」

 「あ、はい。こちらこそ?」

 「うん!…えへへ」


 勢いにおされた俺はつい白鳥さんの提案を受け入れてしまった。でも、最後に見た幸せそうな笑顔を思い浮かべるとどうでも良くなった。しばらくは白鳥さんと話せるんだ。そう思うと嬉しくなった。

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