超絶ド近眼の俺が眼鏡を外したらそこは異世界だった

syuuuuna.

序章 眼鏡を外すとそこは異世界だった


 眼鏡を外すと、そこは異世界だった。





 一面に広がる緑の草原。

 所々に咲くカラフルな花々。

 野原を駆け回る見たこともない小動物に、淡い光を放ちながら宙を舞う幻想的なオーブのようなもの。



 実際のところ、超絶ド近眼の彼にはその美しく魅惑的な景色を鮮明に見ることはできていないのだが、今までゲームやアニメで培った様々な経験値が、ぼやけた視界を補正し、ここがどこなのかすぐに確信した。



 ――どうやら俺は異世界に来たらしい。




 異世界ものといえば、最近ではゲーム、漫画、アニメ、あらゆるコンテンツで人気を博しているジャンルの1つだ。



 近頃の漫画やアニメでやたらと目にするそれは、死んだと思ったら異世界に転生していたり、気が付いたらなぜか異世界に召喚されたりする、まさに何でも有りの設定だ。


 現実ではありえないこともいとも簡単に実現できるのが異世界の魅力で、特に冴えない生活を送る彼からしたら、異世界に行けるなんて羨ましい限りだ。



 どういうわけかこういう異世界モノは最初から多くのスキルを獲得していてたり、現代から持ち込んだ技術や知識が異世界では珍しかったりと、俺つえー的な展開になるのが定石で、主人公はなんやかんやでモテる。

 主要キャラの可愛い女の子たちは必ず主人公を取り合い、ハーレム状態になるのがお約束だ。

 現実でどれだけ女の子に相手にされていなかったとしても、異世界では関係ないのだ。


 それはもう現代に生きるモテない男たちの希望であり願望であり、勇気を与える夢の世界なのだ。





 小高い丘の頂上に鎮座する大木は、その逞しい幹に長い歴史を刻んでおり、天高く立派な枝を伸ばしていた。



 その大木に、影を落とすほど大きな生物が、翼を広げ、木の葉を巻き上げ、宙を旋回する。

 褐色の皮膚は、岩肌のようにゴツゴツした鱗に覆われ、トカゲよりもワニに近い力強く太い尻尾、手足には鋭い鉤爪が生え揃い、口元から大きな牙が覗く。



 その生き物は伝説の生き物とされていて、ある一方では邪悪の象徴、ある一方では神の使いとして扱われる。


 どこの研究者かはたまた厨二病を拗らせたやつが言ったのか、一時期は実在するとも言われていたが、そいつは紛れもなく空想上の生き物で、誰もが聞いたことあるだろう。

 その名もドラゴンだ。



 ドラゴンの翼で起きた突風に、草花は波打ち、そこに隠れていた小動物たちが驚いたように飛び出す。


 鮮やかな桃色をしたツノの生えた小鹿のような生き物や海のように青いリスにしては耳が長い小動物。


 見たことのない生き物を目で追うと、その先に1人の少女が立っていた。



 風で靡くその金色の長い髪は、まるで天使の輪のように耳の上あたりで丁寧に編み込まれ、光を浴びて金糸のようにキラキラと輝き、彼女の透けるような白い頬を撫でる。


 彼女がその髪を掬い上げ、耳にかけると先の尖った特徴的な耳が露わになり、彼女の顔もよく見えた。


 長い睫毛にエメラルドグリーンの魅力的な大きな瞳、綺麗に通った鼻筋に薄い唇。

 その姿はまるで、湖に映る満月のような、地底湖に広がる澄んだ水ような、言葉では言い表せないほど幻想的に美しかった。



 少女は西洋のドレスのような、金の装飾をあしらった洋服に身を包み、見たことのないカラフルなフルーツの入った籐で編まれた籠を両手で抱え込む。


 明らかに日本人ではない風貌だが、何度も見たことがある。もちろん、ゲームや漫画で。



 それは、異世界モノに必ずと言っていいほど登場する定番の、人間とは異なる種族、エルフの特徴と一致する。

 といっても、視力が悪すぎて「〜だと思われる」に留まるのだが。



 彼は確信を得るために、興奮して震える手を抑え、手に握りしめたままだった眼鏡をゆっくりと装着する。



 そして、目を凝らすとそこに広がるのは……―――見慣れた小汚い自室だった。

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