第5章 褒められて嬉しくないやつなんていないだろ


「で、今日はどうしたの?新作の防具あるわよ〜」


「いや、私じゃなくて……実は彼、訳あって防具を全て失って……だから一式装備を揃えてほしいの」



 ララの言葉に、オカマ店主はエイトを上から下まで舐めるように見て、カウンターに頬杖を付いてため息をついた。



「アタシの好みじゃないわね」


「いやいや、こっちだってお断りだ……、って何だこの敗北感」



 エイトのツッコミなどいざ知らず、オカマ店主は店内の奥の方から白い布と赤い紐を持ってきた。



「うち男物は少ないのよ。これかこれくらいしか」



 それはオカマ店主が着用しているエプロンと同じ白いレースのハートのエプロンと、赤い褌。



「どっちも何も防御できないだろ!」


「大丈夫、どちらも魔法が付与してあるから、攻撃どころかどんな敵も寄せ付けないわよ〜」


「いや、それ関わらない方がいいやつだと思われて敬遠されてるだけだろ!」



 なるほど、ララの紙袋もここの店の商品だろう。アダルトショップであり、ただの詐欺ショップじゃないか。いや、詐欺ではないか。間違いなく効果は発揮してるのだから。



「ララさん、やっぱりここやばい店だ。他のところに行……――」


「もうっ、やばい店ってなによぉ〜」



 最後まで言い切る前にオカマ店主の右ストレートが肩にクリティカルヒットする。



「うぐっ………」



 ゲームなんかでHP表示があればこれ半分くらい減ったんじゃないか?というほどの威力。


 マッチョ系オカマが実は1番強いとかいうあるあるは遠慮願いたい。



「しょうがないわねぇ〜。中古品で良ければ、この前商品を買っていったお客さんが置いていった装備でいいならあげるわよ。あの人はいい男だったわあ〜。あんたみたいな小汚い坊やと違って」



 入店したときは、ララの装備に関して意気投合したはずなのに、なぜかエイトはちょっと嫌われてるのか、余計な一言を付け加えられ、メンタルの方のHPも地味に削られる。



 オカマ店主は、また奥の方から麻で編んだような袋に入った装備品を持ってきた。


 ここで商品を買った人が置いていったもの?まず大前提としてここの男物の商品は、フリルの裸エプロンか赤褌。それを買う男って、つまり変態だろ?その変態が前に着ていた装備って、まともなものが想像できない。



 エイトは渡された袋から、恐る恐る中身を取り出す。


 タラララッタッター♪よくある装備を手に入れた!


 頭の中で定番の効果音と、RPG特有のテロップを流す。


 受け取った装備品は、幸いにも普通な装備で、街中ですれ違った冒険者たちが着ていたような初期の装備。土色のTシャツに皮の簡易的な鎧、動きやすそうな長ズボンに剣を携えるためのベルトと小ぶりなポーチ、そしてまだ綺麗そうなブーツ。


 欲を言えばせっかくの異世界、もっと派手でカッコいい装備で揃えたかったのだが、これはこれで悪くない。最初は簡単な装備で街を進んでいくにつれて、装備が徐々に豪華になっていくというのもRPGの醍醐味だ。レベルと共におしゃれになっていくのを楽しむのも悪くない。


 まあ、1つ難点なのはこれの前の持ち主が変態だということ。

 古着などに抵抗はない人間だが、あまりいい気はしない。



「まあ、ちゃんと服なだけマシか」


「なによぉ〜、タダであげるって言ってるんだから感謝しなさいよ」



 オカマ店主が笑顔で拳を振り上げる。



「あー、ありがとうございます!おねえさんに感謝です!」


「あらやだぁ〜、おねえさんだなんて。もお〜」


「ぐあ……っ」



 拳を回避するために慌てて言ったお世辞だったが、結局照れ隠しの方で拳は先程とは反対の肩にはめり込んだ。


 HPはもう真っ赤だ。気分的に。



 エイトとオカマ店主のやり取りをどう見たら微笑ましく見えるのか、ニコニコしていたララが、本題を思い出したようにポーチから何かを取り出して店主に見せる。



「あの、あと目眩しの呪いを制御する魔法具とかないかな?彼の、私が壊しちゃって」



 どうやらそれは眼鏡の残骸のようで、受け取ったオカマ店主は物珍しそうに掲げていろんな角度から眼鏡を見つめる。



「へ〜、これはまた変わった魔法具ねぇ〜。どうやって使ってたの?」



 初めて眼鏡を渡されたゴリラもこんな動きするんだろうな、なんて失礼な想像にオカマ店主を重ねながら見ていたエイトは、身振り手振りを使って答える。



「いや、そんな大層なものじゃなくて、つるの部分を耳にかけて、目の前に翳して使うただの眼鏡なんだけど」


「めが…ね?聞いたことないわねぇ〜」



 やはり、ララが知らないだけではなく、この世界に眼鏡は存在しないらしい。防具屋店主が言うのだから間違いないだろう。まあ、ここが純粋な防具屋かどうかは置いておいて。



「魔法具っていうのは能力の向上や補正をするものだから、そもそも呪いを制御するものなんて聞いたことないわよ〜?呪いなら、まず教会でシスターに治してもらった方が早いんじゃないかしら?」



 シスター。なんて魅惑な響き。


 エイトはオカマ店主の言葉に思わず心を弾ませる。


 ファンタジーの世界には欠かせないヒーリング専門の役職。現代でいうところの白衣の天使だ。

 異世界には必ず必要なタイプ、癒しキャラ。

 ちょっとドジっ子で心配性で甲斐甲斐しくどんな怪我でも治すヒロイン。勇者パーティーには欲しい人材だ。



「そっか、めがねを壊しちゃったから同じものをお返ししないとと思っちゃってたけど、確かにその方がいいわね。エイト様、それでいいかな?」


「行こう!是非ともその天使の元へ」


「てんし?よく分かんないけど、決まりね」



 そう言って笑いかけてくれるララに、グッとエイトは小さな幸せを噛み締める。


 目を見て微笑んでくれる、ただそれだけで幸せを感じているなんてちょろい男だと思われるかもしれないが、たまたま目が合っただけでギャルに舌打ちをされるような男からしたら、こんな幸福なことはない。


 ただ、残念なのは視力が悪いせいで、その美しいであろう笑顔が雰囲気でしか分からないことだ。が、その残念なのももう終わりだ。




「まさかこんなところでレーシックできるなんて思ってなかったなあー。昔やろうか悩んだ時があったんだけど、やっぱりちょっと怖くてやめたんだよなあー。いやー、まだそんなに浸透してなかったし、実際眼鏡で事足りてたしなあ」



 ただの独り言だったのだが、あまりに大きい独り言にララは首を傾げる。



「れーしっく?それが目眩しの呪いを解除する魔法なの?」


「いや、魔法っていうか………んー、まあ言いようによってはヒーリング魔法の一種だな。絶望的な視力が回復するんだから」



 エイトの悪い癖だ。ついつい乗ってしまったが、そういう言い回しでは純粋なララは本当に真に受けてしまう。



「なるほど。エイト様、すごい!さすが勇者様、物知りなのね」



 ララは胸の前で小さく拍手するように指先を合わせると、本当に、お世辞ではなく尊敬したように感嘆な声を上げる。



 "すごい""さすが"そんな賞賛の言葉、今までの人生言われたことがあっただろうか。いや、記憶にある限り一度もない。

 だからついつい気持ち良くなって、エイトは訂正するのを忘れてしまう。



――そうそう、これなんだ。俺が求めていた言葉は。分かったか、ネットに依存する分からず屋たちよ。俺は勝ち組だ。



 なんて調子に乗って、こう言うところがエイトの悪い癖だ。


 今回は嘘ではないが、些細な誤解は解いておくべきだ。

 まだこの世界の魔法のことだって、詳しいところは分かっていないのに。



「ありがとう、店主様。また今度はちゃんとお買い物に来るね」


「ええ、可愛い子ちゃんは大歓迎よぉ〜。また、流行の可愛い装備、用意しておくわね〜」



 実際には、一部の界隈に流行しているセクシーな装備だが。

 ララはまだその事実には気が付いていないようだ。







「えっと、またそれ被るの?」



 もらった装備に着替えたエイトは、先に店の外に出て待っていたララの紙袋姿に思わずツッコんでしまう。



「うん、ちょっと……目立つと困るから」



 本当美人は大変だな。かと言って残念な顔に生まれてよかったと思ったことはないのだが。


 だが、紙袋でまた一緒に歩くのは効果がないのは分かりきっていたし、騙されて被り続けている彼女のことが少々気の毒になってきて、エイトは遠回しに嘘で理由を作ってやんわりと伝える。



「いや、でもさすがにそれはやめた方がいいと思うな。なんていうか、その紙袋、悪目立ちしてるから……あー、多分魔法の効力が落ちてるんだよ。そうだなー、簡易的なものっぽいし」



 真実を伝えないのはあの店が嘘だとバレたら、きっと服装もまともな装備に変えてしまうからだ。

 それはなんとしても避けたい。



――だって俺はまだ、このエッチな装備をくっきりはっきり見れていないから!!




 そんな下心に彼女は気づいていないようで、あっさりとエイトの言うことを信じてしまう。



「えっ、本当に?エイト様にはそんなことも分かるのね」


「まあな、はは。…あ、借りてたローブ返すよ。これ被ってたらそんなに目立たないかも!……って、あ…俺が着てたものまた着るなんて気持ち悪いよな、しかも裸で着てたやつだし。いや、ごめん!気が付かなくて。洗って返すよ!どこかにコインランドリーとかある?あ、異世界はそんなのないか。川で手洗いとかする感じの文明レベルかな?魔法とかあるならそれで洗濯とかしちゃん感じ?とにかく洗ってから……――」


「ふふ、エイト様って時々おしゃべりね」



 エイトの早口に、ララはクスッと笑って彼の手からローブを受け取ってそのままバサッと羽織る。そんなの気にしないよ、というように。


 それだけでも嬉しいのに、エイトのハートに追加攻撃を喰らわすように、また何気なく手を繋いで彼の腕を引く。



「ほら、行きましょ!」

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