第4章 天然美少女は正義
ララに案内されて訪れた街は、ファンタジーRPGによく登場する初期の街といった感じで、素朴で庶民に馴染みやすいような西洋の街並みが広がっていた。
ここから俺たちの冒険が始まるんだ、と買ったばかりのゲームをプレイするときのような高揚感が抑え切れず、顔が自然と緩む。が、隣を歩くララの姿が気になって仕方がない。
なぜなら、彼女はどこから取り出したのか目の部分だけくり抜いた紙袋を頭にかぶっているからだ。
「えーと、それはつっこんだほうがいいやつ?」
「え?」
ララの表情は見えないが、声から察するにエイトの言っていることの見当がつかないようで、どこからどうみても異様な格好なのに、彼女は無自覚のようだ。
「いや、だからその紙袋……」
「あっ、これ?これは特別な魔法がかかった魔法具で、全く見えなくなるわけじゃないけど周りから認識されにくくなる優れもの!」
ララはえっへん、といった感じで、自信満々に説明するが、どうにもエイトには胡散臭く感じてしまう。
確かに、この世界に魔法が存在するならそのような道具があってもおかしくないが、実際のところは周りの視線が痛いし、"目立たない"というより"目立つがあんな変な被り物をした奴とは関わらない方がいい"と、遠巻きに見られているだけな気がする。
しかし、認識されにくくするものをわざわざ装備する必要性を考えると、やっぱり美人は美人なりの悩みがあるのだろう。顔面偏差値低めの人間とはまた別の悩みが。
まあ、今回その魔法具が効果があるのかは分からないが、ナンパされることなく寧ろ近寄り難くしていると言う点では効果を発しているのだろう。
「私も最近この街に来たばかりだからそんな詳しくないんだけど、丁度最近いい防具屋さんを見つけたところなの」
先を歩くララのあとを追いながら、すれ違う人を見ている限り、どうやらこの町では人間が6割、残りはケモ耳の獣人や長い髭を蓄えたドワーフなどファンタジーならではの種族が多いようだ。
だが、それよりも気になったのは彼らの服装だ。
剣を携えた冒険者のような人たちはRPGの初期装備のようなシンプルな革の甲冑で、女性の冒険者も比較的安全を考慮した装備、つまり露出は少ない。
見渡す限り、ララのような過激な格好をした人はいない。
異世界ファンタジーでは定番かと思われた防御力低めの服は初期の街ではまだ浸透していないのか。
RPGは進んでいくにつれて、防具屋の装備の種類が充実していく。それと同じで、ララはもう少し先の街から来たため装備が最新なのだろうか。
それとも彼女が単に露出を好むド変態なのか。
後者であるなら少し彼女の見方が変わってくるが、後者でなるといいなとも思ってしまう男の性だ。
気がつくと、ララに連れられてきたのは人気のない路地裏だった。
空き瓶が散乱し、もう何年か前から置きっぱなしにされているのだろう傷んだ木の大きな樽が転がり、とうの昔に閉店したのだろう古びた看板が点滅している。
「え、こんなとこに店なんて………」
そこまで呟いたところで、エイトはやっとその違和感に気がついた。
まさか………。
いや、最初からおかしいと思っていたんだ。こんな冴えない男が突然全裸で現れたのに、親切にし、剰え勇者だと勘違いして羨望の眼差しを向けたり、普通ならありえないだろう。
きっと暗闇から怖いお兄さんが出てきて、なんだかんだといちゃもんを付けられてお金を取られたり…、それだけならまだマシだ。日本では今でこそないが、リアルでもまだ海外では行われているように、異世界なら下手したら人身売買されるかもしれない。
つまりこれは所謂美人局。
逃げるならいまだ!と、エイトが足を止めると、すぐさまララに気付かれる。
「エイト様?そっちじゃないよ」
さっきまでは癒されていた彼女の声も、今では鋭く聞こえ、エイトは咄嗟に得意な言い訳で誤魔化そうとする。
「いや、あの……ほら、忘れ物!忘れ物しちゃってさあ。えーと、お金、今持ってなくて。いや、貧乏とかケチとかそう言うんじゃなくてさ、本当」
因みにこれは、例え美人局でも美人の女の子にはよく思われたいという見栄である。
「ほら、俺異世界から来たじゃん?だからこっちの世界の通貨とかは手元になくてさ。や、まあ風呂入ろうとしてたから裸で手ぶらだったし、そもそも日本円すら持ってないんだけど。こっちのお金は日本円にするといくらになんのかなあ?円高だといいな、なんつって……。あ、銀行とかある?あればお年玉貯金くらいならあるから、時間さえくれれば下ろしてくる……なんてあるわけないよな、はは」
と、ここまで早口で約30秒。
言い訳となるとなぜこんなに言葉がすらすら出てくるんだろう。
ララはエイトの突然の早口に少し驚きながらも、慌てて小首を振る。
「えっ!私が壊しちゃったんだから、私が払うから、エイト様は気にしないで!」
ということは、つまりお金目当てではなく売られる方……。男なんて売れるのか?若い男は労働力として地下労働とかさせられるのだろうか?だとしたら引きこもりの体力不足を甘く見てもらっちゃ困る。全くもって労働力の足しにはならないぞ。
エイトが返答に困っていると、ララは何か思いついたように呟いた。
「あ、そっか」
彼女はニコッと微笑むと、エイトの手を握った。
突然のことに脳内の処理が追いつかない。
「ごめんなさい、気が付かなくて。目眩しの呪いのせいでよく見えないのよね。こうすれば大丈夫?」
「は、はい」
――あ、もう何でもいいか。
それは思わず敬語になってしまう程の衝撃。柔らかな温もりが思考を溶かし、全てどうでも良くなってしまう。
先程握手したのだから手なんて、と思うだろうが、握手と手を繋いで歩くという行為の特別感は全くの別物だ。
落とし物を拾ってあげて手渡した時に触れた手を、小さな悲鳴と共に引っ込まれた経験がある冴えない男諸君にはこの気持ちは分かるだろう?
こんな美少女に手を引かれたらその先が地獄だろうと着いていってしまう。
超絶女性免疫のない男が美少女に手を引かれたら人身売買された(完)だ。
「着いたよ」
ララの声でハッと我に返り、身構えて顔を上げると、そこにはピンクの看板に異世界文字で店名が書かれた一面スモークガラスのお店が1軒。
想像していた防具屋とも奴隷商人の店ともかけ離れた外見にエイトは瞬きをする。
だって、何でいうかこのお店の外見は………、
「大人の玩具屋?」
「なにそれ?防具屋さんだよ。私の服もここで買ったの」
ララに手を引かれて入った店内は薄暗く、確かに防具らしきものが飾られていた。が、それはどれも彼女が着ているような防御力低めのものばかり。いや、彼女の装備はどうやらまだしっかりしているようだ。
それもそのはず、店内にあるのは、ほとんど紐、いや網?防御力どころか大事なところを守るので精一杯な程の布面積が少ないものまである。
間違いない。ここは冒険者御用達の防具屋ではなく、上手くいうなら性への探究心を忘れない者たちのための店、アダルト用品店だ。
どうやらララは後者であったようだ。
「えっと、ララさん……?俺にはこういった趣味は……」
「え?流行のものは興味ない感じかな?なんか、あたしも詳しくないんだけど、最近の防具はこういうものがおしゃれらしいの。ちょっと自分に似合うか恥ずかしかったんだけど、なんか地味な流行外れなの着てた方が今時変に浮いちゃうんだって!」
ララは、エイト様は異世界から来たから知らないよね!っと、どうやら親切心で言っているようで、その澄んだ瞳に嘘は感じられない。
視力が悪くても、法螺吹きを趣味で少々やっている人間には分かる。
――あれ、この子もしかして騙されてる!?
「いらっしゃぁ〜い」
すると、奥の暖簾を潜って店主らしき人が出てきた。
ムキムキの上腕二頭筋を強調するように腕を出した肩にはフリルのついた紐、いや、純白のエプロンだ。エプロンのハートの胸当て部分は固そうな大きな胸板に引き伸ばされ、丈は大事なところが隠れるギリギリのところで、逞しい大腿筋が露わになっている。所謂、裸エプロン。
ブラウンの髪をお洒落にオールバックでまとめ、パープルを基調とした濃いアイメイクに、ゴツい手には似合わない綺麗な長い爪。
剃った跡が残る青い顎に、似合わない真っ赤なリップをした分厚い唇。
「店主、
ここはアダルティな店ですか?」
エイトはあまりに見た目が特徴的過ぎる店主へのツッコミは放棄して、確信をついた質問をする。
「そうよ?……あら、この前の可愛いお客さんじゃなぁ〜い。もうバレちゃった?」
オカマ店主はララの存在に気付くと、悪びれる様子もなく、可愛らしく舌を出した。いや、本当に可愛いかは別として。
「へ?あだ…るて……い?」
しかしララにはその意味が分かっていないようでキョトンと首を捻る。
これをいいことにエイトは彼女の間に入り、店主にグッと親指を立てる。
「まだバレてないです。最高です。ありがとうございます」
店主もニッと笑い、黙って親指を立てる。
どうやら彼女は、美人局や変態ではなく、ただただ世間知らずの純粋無垢な天然少女だったらしい。
なんだよそれ、最高かよ。
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