第9章 暗闇で2人きり、何も起こらないはずがない
ララが言った通り、少し先に進んだところで森が開け、川が流れていた。
やはり元いた世界とは違い、自然豊かで工業廃棄物のない世界は川の水も透き通るほど綺麗だ。
「さて、薪でも集めてくるか」
先程戦闘では良いところを見せられなかった分、ここでキャンプ上手な頼りになる男の称号を得ないと、とエイトは張り切って率先して雑用を申し出る。
キャンプはやったことないが、キャンプ動画を観てきた知識があるため、それなりに詳しい自信がある。
広葉樹の枝は火付きは悪いが長持ちするため意識的に多めに集めて、着火剤の代わりは松ぼっくり。いや、待て、異世界に広葉樹とか松ぼっくりとかあるのだろうか。
目を凝らしながら、取り合えず直ぐ足元にある木の枝を拾ってみたが、まず枝だけでは何の枝か分からない。そして拾った枝もよく見たら枝ではなくて枯れた細長い木の葉だった。
見上げて木の形を見るが、ぼやける視界ではよく分からないし、そもそも広葉樹ってどんな木だ?
すると、きょとんとした顔でエイトを見ていたララが何もない川辺に膝をついて声をかけてくる。
「薪?要らないよ」
「え、でも焚き火は必須だろ?」
「うん。こうするの」
ララはそう言って、戦闘の時のように中指と人差し指揃えて振り上げた。
「イグニスの精霊よ。貴方の力を私にお貸しください。…闇を払う光と身体を温める熱を私に与え賜え」
すると、ララの指先に蝋燭に灯す程度の火が浮かび上がり、その指を振り下ろすと地面の何もないところに焚き火のような炎が燃え上がった。
「凄え……。さっきもなんかやってたけど、それって魔法だよな」
「んーと、魔法とは少し違って、精霊術っていうの。魔法は身体のうちにある魔力を使って、術を発動するもので、簡単な魔法や魔力が強い人ほど詠唱しなくても使うことができるんだけど、精霊術はこの世界のどこにでもいる精霊の力を借りて発動する術なの。精霊術は精霊のご加護を得て、精霊と対話することで力を発動するから、精霊との信頼関係で使える術も威力も様々なの。と言っても精霊の姿は見ることはできないんだけどね」
なるほど、魔法と精霊術か。
大体、漫画やアニメだとどちらかのことが多いが、この世界では2種類ともあるのか。
「それ俺も使えるのかな?」
やっぱり基礎能力が低いエイトからすると、異世界を無双するなら特殊能力系だ。
魔法がうちなる力を使うとなると、実は自分の中にその力が眠ってたパターンか?それとも大精霊(美少女)に惚れられてすごい精霊術を使えちゃったりするやつか?
「んー、どうだろう?初めから精霊と会話できる人もいれば、修行を重ねてできるようになる人もいるから。…でも、エイト面白いね。あんなに強力な魔法が使えるのに、精霊術のことは知らないなんて」
「いや、まあ、えっと、実は魔法も精霊術もよく分かってなくて……」
まあ実際使っていないのだが。
「え、すごい!何も知らずに使ったの?」
「そうだな。まあなんとなく……才能かな?」
「さすが勇者様ね」
嘘をついていることに多少なりとも罪悪感はあるが、もうここまで重ねてしまったら後戻りはできない。もう、勇者としての立ち振る舞いで突っ走っていくしかない。
それに、ララも悪いのだ。何でもかんでも褒めてくれるから、失われた自尊心が養われてしまう。
「さてと、焚き火の用意もできたし、街で買っておいたパンでも食べて、明日に備えて早めに寝よっか」
「え、寝る!?」
「外で寝るの大丈夫?」
「大丈夫!それはそれで興奮するというか……初めてが外ってのも悪くないっていうか」
「そう?」
別に勘違いしているわけではない。
ただ、そういえばこれから2人で一夜を過ごすのか、と考えると勝手に舞い上がって何故だか覚悟を決めてしまう。
暗い空間に2人きり、何か起きてもおかしくないだろう。
例えば、突然の草むらが揺れる音に、
「きゃっ!?」
「大丈夫、俺が守ってやるよ」
「エイト頼もしい」
ギュッ。
なんてことが起きたり。
どこからか聞こえる遠吠えに
「怖くて眠れないの」
「こっちこいよ。腕貸してやるよ」
「暖かくて安心する」
ギュッ。
なんてことになったり。
ギャルゲーであらゆるジャンルの女の子を攻略してきた経験から、どんなパターンにも対応できる応用力には自信がある。
エイトがぶつぶつ呟いているのに気付いていないのか無視しているのか、ララは自分達と焚き火を囲うように、4つの拳くらいの大きさの白い石のようなものを正方形を作るように並べる。
「モンスター避けの魔道具設置するからこの中なら安心だから」
「え、なにそれ?結界みたいな?」
「うん、簡易的なものだけど効力は本物だよ」
しかし、見た目はどう見ても大きめのただの石ころだ。
「えっと…それ、さっき行ったオカマ店主の店で買ったやつじゃない?」
ララは騙されやすい。
流行りだと言われてセクシーな防具を着たり、違う意味で人避けになる紙袋などを被ってしまう、よくいえば純粋な子だ。
だからついつい石も騙されてるんじゃないか心配になってしまう。
「オカマ店主?……ああ、違うよ。これは私の国から持ってきたやつだから」
「じゃあ、大丈夫か」
そして反動でオカマ店主以外ならなぜか寛容になってしまう。
「大丈夫。私腕には自信あるから、何かあっても守るよ!」
ララは任せなさい!っと胸を叩いて笑う。
――あれ?それは俺がいうつもりだったセリフだ。
「エイト、もう少し近くに寄って。その方が安心だから」
――それも、俺が言おうとしてたのに。
気が付けば肩がふれあう距離に座っていって、心臓が早鐘のように鳴り響く。
夜の森の少し肌寒さも今では忘れて、焚き火が強すぎるのだろうか、身体中に熱が篭って、頭が沸騰しそうだ。
「このロールパン結構美味しいね」
そう言って手渡されたパンにかぶりつくが、もう緊張し過ぎてなんの味もしない。
触れた肩が少し重くなり、ララがこちらに寄りかかっていることに気がつくと、身体が熱くなり過ぎて蒸発しそうで、喉がカラカラになる。
「私、冒険者って言ってもなりたてで、実際ギルド登録とかもしてないし、ただ目的もなく旅してただけだったから、こうやって目的ができて嬉しいの。あっ、私が眼鏡壊したのが原因なのに嬉しいなんて失礼だよね」
――そんなことない。俺も同じ気持ちだ。
そう答えたいのに、声の出し方が分からなくなる。
まるで石化の呪いにでもかかってしまったのだろうか、そう思うほど緊張してララの顔を見ることもできない。
「初めてエイトと会ったとき、ビックリしたよ。直ぐに消えちゃったから幻だと思ってたけど、ずっと忘れられなくて、あれから毎日あの高原に通ってたの」
あの時は、すぐに元の世界に戻ってしまって、エイトは夢だと思ってすっかり忘れていたが、初めて異世界に行った時に見た少女はララだったのか。
今の防具とは違い綺麗なドレスを着ていたから、きっと冒険を始める前の私服だったのだろう。
「でも次に会ったときのほうがビックリした。だって何も着てないんだもん」
ララは思い出してクスクスと笑うが、エイト的には恥ずかしいので忘れてほしい。
旅に出る準備の後、宿屋に泊まって出発したから、まだ出会ってから2日しか経っていない。だけどこの2日が濃密すぎて、もっと一緒にいた気になってしまう。
「ありがとう。この世界に来てくれて」
今、ララはどんな表情をしているのだろう。
「あ、ありがとうはこっちのセリフだよ!右も左も分からない俺にすごい親切にしてくれて、心配してくれて……」
エイトはなんとか声を出すと、恥ずかしくて俯いたまま早口で続ける。
「俺、そんなに誰かに気にかけてもらったの初めてで……、あっちの世界では親からもクラスメイトからも、誰からも相手にされなくて、ネットのやつだって俺のことなんて眼中になくて……でも、情け無いけど、俺は馬鹿にされても仕方ないような人間だったから。……けど、ララは違った。初めて受け入れられたような気がしたんだ!眼鏡だって、全然気にしてないよ!寧ろ有難いっていうか、こうやって一緒にいられる口実ができて嬉しいっていうか…、いやそれはちょっと気持ち悪いよな、そういうつもりじゃなくて、えっと………」
ギャルゲーではもっとスマートに受け答えできたのに、コントローラーのボタンを押すのと言葉を口にするのは、なんでこんなにも違うのだろう。
まあそりゃそうか、ゲームでは選択肢があって、決められた言葉を選んで押してるだけだ。
だけど現実では、想いを伝える言葉は自分で考えなければならない。
生まれて18年、人付き合いを避けていたせいで、こういうところでツケが回ってきた。
早口で訳の分からない事ばかり言って、内容がまとまらない。
こういう時、なんで言えばいいのだろう。
「だから、つまり………この世界に来て、ララに出会えて、俺の灰色だった世界が色付いたんだ!!」
眼鏡をかけていた方がよく見えるはずなのに、外した今の方が何だかよく見える。
いや、視力は悪いままで視界はぼやけているのだが、なんだろう。この世界が美しく見えるんだ。
エイトはそこまで言って、ようやく顔を上げてララの方を見た……――が、彼女は目をつぶってすやすや寝ていた。
「え?」
さっきまで起きてたのに入眠早くない?とか、座りながら器用に寝るなあとか、思うことはたくさんあるが。
――よかった!なんかめっちゃ恥ずかしい事言っちゃったから、寝ててよかった!聞かれてなくてよかったー!あと、寝顔めっちゃ可愛い!
エイトは目を凝らして、ララを至近距離でジッと見つめて、その寝顔を目に焼き付ける。流石に目が悪くても、こんな近くなら良く見える。
長くカールしたまつ毛に、焚き火の光で赤く染まる頬、艶やかな薄い唇にちょっとついたパンカスもお茶目で可愛らしい。
――こんな綺麗な子と俺は手を繋いで歩きながら、旅をしていくのか……。
暗闇、2人きり、起きる様子のない美少女。
こんな好条件が揃うことなど今後あるだろう。いや、ない。が、そこで行動を起こせるほど、エイトは漢ではなかった。
いや、寝込みを襲わない方が立派な漢なのだが。
そうしてエイトが興奮して眠れないまま、夜は更けていくのであった。
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