第10章 ホウレンソウ
「おはよ!ゆっくり寝れた?」
「おう……」
清々しい雀のような鳴き声と優しい太陽の光に目の下にクマを作った男が1人。
一睡もできなかったエイトである。
それもそのはず、美少女に肩を貸したまま平常心で寝られる童貞なんているはずがない。
なんなら彼女が寝相で少し動いた反動で、彼女の柔らかなものが二の腕に触れたせいで、全身の血液が下半身に集中し、しかし身動きが取れないせいで生殺しのような一晩を悶々と過ごした。
「森を抜けたらエノコロ村までは直ぐだよ!夕方になる前に着きたいから朝食食べながら行こ!」
ララはぐっすり寝れたようで元気いっぱいだ。
焚き火を消して結界の石を拾うと、エイトにパンを渡して歩き出そうとして、あ!っと何かを思い出したように立ち止まる。
「ごめんね、直ぐ忘れちゃうね」
ララはそういうと、エイトの手を握って再び歩き出した。
実際、ぼやける世界で足元がよく見えないため、こういう森の中や足場の悪いところは確かに危ない。けど、手を繋いでもらってどうこうなるようなものではないから、意味ないのだが、そこは黙っていよう。
眠くてだるかった身体も、ララに手を引かれれば何だか力が湧いてくる。
「ケットシーってどんなやつなんだ?」
エイトはパンを齧りながら、道中時間潰しに会話の話題を作る。
今までのコミュ力皆無な彼からは考えられない行為だ。だけど、この世界ではいとも簡単にできてしまう。
最初は漫画みたいな見た目で現実感がなく、ゲームみたいに気楽でいられるからだと思っていたが、ララの親しみやすさがあるからかもしれない。
「私も会ったことはないんだけど、ケットシーは男女共に獣のような三角の耳と長い尻尾が特徴的らしいよ」
ということはつまり人型。当たりだ。
自然と足取りが軽くなる。
エルフと猫耳は異世界好きの男の夢だ。
猫耳美少女とリアルに会ってみたいというだけで、本当に下心なんてない。
「語尾がニャンだったりするのかな?」
「ニャン?なにそれ?分かんないけど、種族によって風習とか文化とか色々違いはあるみたいだよ。その一族独自の言葉の意味とか、単語があったりとか」
「方言みたいなものか」
そういえば方言女子って一時期流行ったよな。別に興味なかったが、ニャンが方言って言ったら結構萌えるな。いや、かなり萌える。
「エルフも何かそういうのあるの?」
「うーん、人との歴史も長いから、言葉は多分そんなに変わらないかな。あ、でも、先祖が精霊に近いから、精霊の語源とか残ってたりするかも。自分では普段から当たり前のように使ってるから分かんないんだけどさ。あと……伝統とかは厳しいかな」
「へー、例えば?」
「んー……いろいろ!さて、急ご急ご!」
ララは分かりやすく話を切り上げると、少し足速に歩き出す。
何か気に触ることを言ってしまっただろうか。
そういえば、前にエルフの国のことを聞いた時も、少しおかしかった気がする。
どうも、ララはエルフのことに関してあまり話したがらない。
そういえば、漫画やアニメではハーフエルフという、エルフと人間の間にできた子供は忌み嫌われていた。そして、そういうハーフエルフがヒロインだったりすることは良くある。
ララもエルフの純血じゃなくてハーフなのだろうか。そして、国を追放されたりして冒険者をしているのだろうか。
確かにそう考えると辻褄が合う。
ここでようやく元の世界でオタクだったことが生きてきたか。
――俺にはそんな王道通用しないのだよ。
ついつい調子に乗ってしまうが、しかしいきなりララに君ハーフエルフ?なんて聞くのは失礼だ。警戒されても困る。
ここは彼女から打ち明けてくれるのを大人しく待つとしよう。待つのも、男の役目だからな。
暫く歩いて、何度かモンスターに遭遇したが、全てあっさりララが倒し、エイトは特に出る幕はなかった。
今度こそ自分のチート能力を見せてやろうと思ったが、その出番はもう少し先になりそうだ。
森を抜けると、高原の先に何かが見える。
「あそこじゃない」
そこは、村と聞いて想像していたような所とは違った。
木々に囲まれた自然豊かなところにパステルカラーでカラフルな石でできた建物が並び、村の中は水路が張り巡らされていて、イタリアの水の街ベネチアを異世界バージョンにしたような美しい村だった。
村というより、小さな街といった感じだ。
小さな門の前には門番らしき者が1人。ブルーの髪にに大きめな猫の耳を生やし、ブルーとブラウンの縞々の尻尾が特徴的な男だった。
身体にフィットするような皮の鎧を装備して、身体付きはしなやかで、身長は170後半はあるだろう。猫といってもライオンやトラというよりはチーターのような雰囲気だ。
木製の槍のようなものを持っているが、その槍に凭れ掛かって欠伸をしていて、どうも勤勉に警備をしている感じには見えない。
気怠げ門番はエイト達に気がつくと、少し警戒するように眉を顰めるが、やる気スイッチを入れる気はまだないようで、姿勢を崩したまま口を開く。
「アンタたち、うちの村に何の用?」
「私たち、インディゴ協会のシスター様の紹介でここに来たの。回復魔法が得意の人がいるって聞いて、れーしっくをしてほしいの」
「ちょ、ララ……ッ」
しまった、ララにレーシックの誤解を解き忘れていた。すっかり目眩しの呪いを解く魔法だと勘違いしている。
気怠げ門番はエイトとララを上から下まで鋭い目つきで見下ろす。
ローブを深く被ったエルフといかにも初心者っぽい服の冴えない男、なんて組み合わせ不自然だと思っているのだろう。その気持ちは分からなくもない。
「れーしっく?俺は魔法には詳しい方だけど、そんなの知らねぇなあ。紹介なんて聞いてねぇーし帰んな」
気怠げ門番はそう言って手でしっしっと追い返すような素振りを見せる。
その態度にララもムッとしたようで、グッと距離を詰める。
「村の長宛に文が届いてるはずだから確認してもらえる?」
ララが近づいたことで、ようやく気怠げ門番は槍を片手に身体を起こす。
「は?なんでアンタに指図されなきゃなんねぇんだよ。……大体なんだ?お手手繋いでデートか?バカップルはよそでやってくれねぇか?」
もう当たり前になりすぎてすっかり忘れていたが、そういえば手を繋いでいたままだった。
馬鹿にされているだけなのに、なぜか嬉しくなってしまう不思議。
気怠げ門番のその手の嫌味はエイトには全く効かない。
「で、で、デート!?バカップルって……そんな、そう見えるかな?」
「カップルじゃないよ。彼が目眩しの呪いにかかってるの。それを解ける人を探して、ここまで来たの」
しかし、ついつい照れてしまうエイトと対照的に、ララは冷たいトーンで答える。
そんなはっきり否定しなくても……。
なんだかフラれたみたいで少しだけ傷付く。
「呪い?ふーん。まあ確かに、うちには回復魔法に長けたやつがいる。けど、生憎うちはどこの誰だか分かんねぇやつ、村に入れねぇから。出直しな」
「だから紹介状が届いてるはずだって……!」
ララの言葉は取り合ってもらえず、これ以上近づいたら敵と見なすぞ、と槍で地面を叩き、威嚇される。
長老シスター、まさか送り忘れたのか?
結構歳もいってたし、ボケててもおかしくない。
「やめんか、レオ!」
その時、村の中から1人の男がでてきた。
熱い胸板に、白いタンクトップから伸びる筋肉隆々の肩、ダボっとしたズボンからでも分かる固そうな太もも。何だか建築現場のおっさんを思わせる服装だ。
2メートルあるんじゃないかと思わせるような大男は、艶やかな黒髪の襟足を三つ編みし、豹柄の太くて短めの尻尾を揺らす。
「どうも外が騒がしいと思ったら、客人か」
「村長!なんなこいつらがニャディに会わせろって!なんか紹介されたとか訳分かんねぇこと言ってんだけど!」
レオと呼ばれた気怠げ門番の声で、そのマッチョの猫が村長だと分かった。
これまたイメージと違う。
村長と聞くと、それこそ長老シスターのようなお爺ちゃんを想像してしまうが、彼はもっと若々しい。
「おう、そういえば古い知り合いのシスターからそんな文が届いていたな。通してあげよ」
「ほら、だから確認してって言ったじゃない」
村長の言葉に、ララはよかったと少し安堵しながら、レオに非難を向ける。
だが彼はそれを無視して、村長に飛び掛かる勢いで顔を寄せる。
「はあ!?村長!だからいつもそういうことはちゃんと連絡しろって言ってんだろ!」
「すまんすまん」
しかし村長は怯む様子も反省する様子もなく、心の篭ってない謝罪をすると着いてこいといった感じで村に入っていく。
きっと村長の連絡不足は日常茶飯のようだ。
レオは大きなため息をつくと、頭を掻いてイラついたように尻尾を揺らす。
「チッ、入れよ」
舌打ちをもらしながら不満そうに親指で村を指され、エイトとララは彼の後ろに続いて村に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます