第14章 人は見かけじゃない


 レオのあとを続いて、村の中を見ながら歩いているララは、ふと疑問が浮かんだ。



 エノコロ村の名産はエノコログサで作物が盛んのはずだ。水が綺麗なため、魚料理も有名で美味しいものが多い。

 しかし、村には畑が見当たらない。川も舗装されて水路にされているため魚の姿は見受けられない。



 綺麗な街並みだが、なんだか少し違和感がある。



「ねぇ、この村、畑はどこにあるの?」



 ララが疑問をぶつけると、前を歩いていたレオはチラッと振り返り、また前を向いて歩きながら話し出す。



「うちは村を発展させるために景観を重視してんだよ。だから畑や洗濯とか生活感が出る行為は家の裏や森の中でするルールがあんだよ」



 エノコロ村が国だった時もそのルールはあった。昔から街並みを大切にしている国だったから、建物の外壁の色や水路も他国に比べても群を抜いて美しいところだった。


 実際エルフの国も独自なルールがある。

 自然を大切にしているため、自然を可能な限り残して建物を作るようにしている。例えば木、自体を建物に作り替えたり、庭先には必ず植物を植えたり、大きな家には庭園を設けたりと。



「まあ、住民が復興するのに積極的なのはいいことじゃない」


「へー、アンタはそう思うんだ?」



 レオはそう言って足を止めた。



 すれ違う女の子たちが彼を見て、黄色い声を上げ、小さく手を振ってくる。

 レオは片手を上げて、それに応える。

 相変わらずモテモテだ。


 ララにはケットシーの美的感覚は分からないため、レオがイケメンなのか分からない。

 しかし、きっと彼は顔だけじゃなく、門番を任せられるような実力や粗暴な言葉遣いの割に手を振ってくれたりと、小さな心配りができるところが好かれる要因なのだろう。

 まあ、それをチャラいともいうのだが。



「俺は栄えてた、国時代のエノコロを知らねぇ。物心ついた時にはもう国は小さな村になってて、当時は景観とか関係ねぇ、土クセェ村だった。けど、あの時のエノコロも好きなんだよ」



 レオはどこか懐かしむように目を細める。彼の瞳には、きっと昔のエノコロ村の景色が映っているのだろう。


 

「復興させるのは大賛成だ。散々馬鹿にしてきた他国の人間を見返してやりてぇ。……だけど、この和気藹々としたエノコロが国になることで変わっちまうのは、なんか……ちげぇかなって思ってんだ。……ま、アンタに言ってもしょうがないか」



 彼の言いたいことは分かる。


 国になるために、あらゆる制限を受けることを批判しているわけではない。

 けど、それが正しいともおもえないのだ。


 しかし、そんなこと言ってもどうにもならないことをララは知っている。



 ララは立ち止まったレオの横まで行くと、視線を交わす。



「……何かを得るためには、何かを………捨てるしかないのよ」



 そう小さく呟いたララの瞳には、レオの寂しさとは違う、諦めるような悲しみが宿っていた。



 どちらも手に入れようなんて、そんなの傲慢だ。できるのは、選ぶことだけ。



 レオはふっと目を逸らすと、また歩き出して周りに聞こえないよう少し声のトーンを抑える。


 

「アンタ、エルフだろ?」



 レオの言葉にララはビクッと飛び上がり、彼の横顔を見つめる。

 しかし彼は目を合わせず、続けた。



「ずっとフード被ったままで失礼なやつだと思ってたけど、その特徴的な耳とエルフ特有の緑色の瞳を隠してたんだろ?」


「別に……隠してるわけじゃない……」


「ふーん。ま、アンタにどんな事情があるか知んねぇし、詮索はしてねぇよ」






 ビールのマークが描かれた看板のある建物に入ると、中は広い大衆居酒屋のようになっていた。


 まだ夕飯時には早いが、既に席には結構出来上がった男たちが楽しそうに晩酌していた。


 男たちはレオに気がつくと、ガハガハと大きな笑い声と共に野次を飛ばしてくる。



「おっ、レオ坊じゃねぇか!今日はまた一風変わった女の子連れてんなぁ」


「ここの二階は休憩室じゃねぇぞー」



 休憩室?レオは普段仕事の休憩でここを使っているのだろうか?


 奥にあるカウンターにはベッドのマークがあり、その横に二階へ続く階段がある。

 どうやらここは、下が食事処になっている宿屋のようだ。



 レオは男たちに顔を向けると笑って明るい声で返す。



「ばーか、俺が利用しなきゃここの宿屋の売り上げが赤字になっちまうだろ。今日は客人が宿を探してたから案内してやったんだよ」


「なに?早速客人の女を喰うのか!?」


「本当、オメーは手が早いなー」



 男たちがまた下品な笑い声を上げるが、ララには会話の内容がいまいち分からずついていけない。



「あー、はいはい。嫁に相手されねぇからって妬くなよ。早く帰って優しくしてやれよー」



 レオはため息をついて、男たちを慣れたように軽くあしらって奥のカウンターに向かう。


 ララもその後を追いながら、一応彼らに頭だけ下げておいた。





 カウンターには、食事別一泊銅貨5枚、と書かれた張り紙があり、かなり破格な宿屋のようだ。

 その分部屋は簡素なのだろうが、まあ雨風凌げるのであれば問題ない。



「おばちゃん、客人に部屋貸してやってくれ。コイツともう1人男がいるから2部屋、空いてんだろ?」



 カウンターを覗くと、奥から年寄りの女のケットシーが出てきた。

 耳と尻尾も真っ白で、後ろで1つに束ねた白髪に映える赤いエプロンをした女性。

 ここの店主だろう。



「おや、レオ坊。外から来た客人なんて珍しいね。手出すんじゃないわよ」


「出さねえよ!」



 どうやらレオは村の大人たちからはレオ坊と呼ばれているらしい。

 きっとみんな彼の親を知っていて、親しくしているのだろう。


 なんだか村中みんな家族みたいで、温かい村だ。



 レオは店主に鍵を受け取ると、ララについて来い、と2階へ向かった。






 案内された部屋は、入ってすぐ右手に水浴びができるスペースがある広い作りで、大きなベッドもふかふかそうなマットレスでなかなか上等なものだ。簡単な書き物ができそうな猫足の小さな机と椅子があり、コンパクトなドレッサーまで設置されている。突き当たりには可愛らしい出窓がついていて、白いレースのカーテンが風で揺れる。

 レオの口ぶりからは、あまりお客さんが入ってなくて使われていないような雰囲気だったが、きちんと掃除が行き届いていてとても綺麗だ。


 こんな素敵な部屋、エルフの国なら金貨1枚はするだろう。

 流石に安すぎないか、と逆に心配になってしまうほどだ。

 


「案内してくれてありがとね、レオニャルドさん」



 ベッドの柔らかさを手で確認しながら、ララはレオにお礼を言う。


 口が悪くてちょっと苦手意識があったが、案外親切でいい人だ。



 レオは少し照れくさそうに頭を掻いて、視線を逸らす。



「やめろよ、その呼び方。気持ち悪りぃからレオでいい。……悪かったな、下品なおっさんどもが。嫌な思いさせたかもしんねぇけど、アイツらも酔っ払ってるだけで悪気はねぇんだよ」



 そう申し訳なさそうに言うレオだが、ララはきょとんと首を傾げた。



「嫌な思い?別にしてないよ。何言ってるのかよく分かんなかったし……。もしかして私、なんか変だったかな?」


「いや、分かってねぇならいいよ」



 レオはそう言って鍵をララに渡す。



「じゃ、俺はまだ仕事残ってるからあとは勝手にやってくれ。くれぐれもニャディに変なことすんなよ、ってあの男に伝えといてくれ」


「変なことって……何もしないよ」



 ララが笑って返すと、レオは扉の前で立ち止まり、また振り返る。



「アンタもだかんな。……別に、村にどれだけいようが俺が口出しすることじゃねぇし、関係ねぇけど、面倒ごとは御免だぜ?エルフって王国主義だろ?王様が絶対って、結構厳しい掟とかあんだってな。なんか……エルフにあんまいい印象ねぇんだよな」


「そうね。私も………そう思うわ」



 種族ごと否定するようなかなり思い切った発言だったが、ララは苦笑いして頷いた。



「だから、……私がエルフだって内緒にしてくれたら嬉しいな」


「言わねぇよ、別に。興味ねぇし」



 レオはそう言って部屋を出て行った。




 残されたララは、深く息を吐くとローブを脱いで椅子に掛ける。


 ドレッサーの鏡に映る自分の耳に触れると、目を瞑り、また深く深く息を吐いた。

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