第13章 他国の風習には気を付けろ!


 村長の家に残ったララは、今回の経緯を詳しく話すため、客間に通してもらった。


 客間は、干した草を丁寧に編み込んだタイルを敷き詰めていて、ほのかに甘い優しい草の香りが心を落ち着かせ、リラックスさせてくれる。エルフの国にはないものだ。


 薄いクッションの上に正座をして、ララと村長は向かい合い、レオは入り口の壁により掛かって話をしていた。



「なるほど。目眩しの呪いを解くために遠路はるばるわざわざ……、しかしタイミングが悪かったなあ。ニャディは今ハツジョウ期でな」



 村長はそう言ってララにお茶を出し、ララはありがとうございます、と受け取って一口啜る。



――美味しい。

 


 エノコロ村の名産はエノコログサで作るお茶で、村の名前の由来もそこから来ている。


 やはり緑豊かで水が綺麗なのが、美味しい作物を作る秘訣なのだろう。



「ハツジョウ期……。書物で見たことはあるけど、そんなに大変なものなんですか?」


「大変なんてもんじゃねぇよ。この前ニャディが畑の水やりに楽して魔法使ったら、町中水浸しにしやがったよ。ゲリラ豪雨並みだったな、あれは」



 レオは思い出すように宙を見上げ、ブルブルっと身震いした。

 どうも、水が苦手らしい。



 ララはハツジョウ期については簡単な知識しかなく、興味津々になってしまう。



「そんなにすごいものなの?」


「あそこまで酷いのはニャディぐらいだな。アイツは生まれつき魔力量がハンパねぇから」



 長老シスターからも聞いていたが、ケットシー自体そもそも魔力量が多い種族なので、その中でもすごいと言われるのだから相当のものだろう。



 エルフは精霊術を主軸として戦うため、魔法はあまり使わず、そのため魔力が退化して魔力量は少ない人が多い。

 そもそも魔法を使うことする殆どないので、エルフたちは自分がどれだけ魔力量があるのかすらも知らない人が多い。


 エルフの国では、まず学校で魔法の勉強はしない。そのせいでララも魔法についてはあまり詳しくなかった。

 一応基本的な魔法は独学で勉強したものの、戦闘や日常としての使用は殆どなく、ただ知識としてあるだけだ。



「あの状態で回復魔法なんて使おうものなら、暴走して赤ん坊まで若返らせちゃうかもな」



 回復魔法は魔力が強ければ若返りもできてしまうのか、とララはびっくりして、そして信じてしまう。


 因みに実際は、人を若返らせる魔法など存在しないため、村長が大袈裟に言ったジョークだったのだが、ララにはそれは通じなかった。



「それは大変ね。じゃあハツジョウ期が終わるまで、村で待たせてもらおうかしら」



 このまま呪いにかかったエイトを連れ回して別の凄腕回復術師を探すより、ここで待つ方がいいだろう。

 目の見えない彼を連れ回して怪我でもさせたら申し訳ない。



 しかし、レオは首を横に振って肩を竦めた。



「やめとけ、やめとけ。いつになるかわかんねぇぞ?ハツジョウ期は決まった周期で終わるもんじゃねぇから、早ければ1週間、遅ければ1年続くこともある」


「えっ!そんな長いの?」


「こればっかりはな。まあ、その欠点がケットシーを敗戦に導いた要因なのだが」



 村長はそう言って笑い飛ばすが、そのせいで没落してしまったのだから笑い事ではない。


 さすがのレオも苦笑いして話を変える。



「まあ、金払うんだったら好きなだけ村にいればいいんじゃねぇの?まあ、あの男は気に入らねぇが」



 宿屋でしばらく宿泊するぐらいのお金は持っている。

 村にあるギルドでギルド登録さえすれば、クエストを受けてお金を稼ぐこともできるし、急ぐ旅ではない。治るまで滞在してもいいだろう。



「またニャディに変なこと言わないか見張ってねぇと……」



 ブツブツと文句を言うレオをララはじっと見て、ふーんっと納得したように頷く。


 その表情に気づいたレオはムッと顔色を変える。



「なんだよ?」


「いや、彼女のことが大切なのね」


「あ!?別に……ちげぇよ!」



 レオが顔を真っ赤にして、言葉に詰まりながら否定すると、村長が今度はふーんっとわざとらしく頷く。



「ほう。違うのにうちの娘にニャンと言わせたいのか」


「っ……ち、がくねぇけど……、ほっとけよ。おっさんが娘の色恋に首突っ込むなよ!気持ち悪い」



 レオは慌てて訂正するが、そんなのする前から周知の沙汰である。

 因みにこの事実は村人全員知っていることだ。


 だが、それよりも相変わらず村長に対して口が悪いのが気になってしまう。

 昔からの知り合いであっても、この村の長だし、好きな子の親なのだから、もう少し気を遣ってもいいのじゃないか、と思ってしまう。


 まあララには無関係な話なのだが。



「その、ニャンってどう言う意味なんですか?」



 ララはさっきから気になっていたことを聞いてみる。


 最初はただの可愛い語尾みたいなものを想像していたが、話の内容的にそうではなく何か意味がありそうだ。



「ん?知らないのか?そうか、人間は使わないのか。……ニャンって言うのは、あなたのモノになりますって意味だ。昔はケットシーは男が女を守り、女が男に仕える風習があって、まあ今はそんな関係性はないのだが、言葉としてはちょっとだけ変化して残ってるんだよ。つまり、ニャンって言ってくださいがプロポーズで、ニャンがそれを受けるってことだ。付き合う前の男女なら結婚前提で付き合おうっていう意味でもあるな」



 なるほど、だからニャディはあんなに顔を真っ赤にして怒っていたのか。

 初対面でいきなりそんなこと言ってくる男、失礼極まりないからな。


 だがしかし、怒っていた娘とは対照的に、その父親は楽天的なもんだ。



「いやー、びっくりしたな。まさか客人が初対面でいきなり告白するなんて。我が娘ながら人を魅了する才能があるな」


「は!?何呑気なこと言ってんだよ!自分の娘が変な男に引っ掛けられそうになってんだぞ!?怒るなり慌てるなりしろよッ!」


「いや、娘の色恋に父親が首を突っ込むのは野暮ってもんだろ」



 村長は先程レオに言われた言葉をわざとそのまま繰り返し、レオも言い淀んでしまう。



「ニャディが選ぶなら何も言うまい。だからレオも自由にするといい。オレはどちらの贔屓もしない。決めるのはニャディだ」


「おかしいだろ!親友の息子で娘の幼馴染何だから贔屓しろよ!」


「娘が幸せになるなら何だっていい」



 ニャディはいい父親を持っているなあと、少し羨ましく感じる。


 娘の思うがままに、自由にしていい、なんてなかなか言えるものではない。

 それだけ信頼しあっている家族なのだろう。



 それに水を刺すようで悪いが、誤解されたままでは良くないと、ララは言い辛そうに切り出す。



「えっと、盛り上がってるところ悪いけど、多分エイト……彼、ニャンの意味知らないわ」



 ララも知らなかったのに、異世界からきたエイトが知ってるはずもない。

 何故ニャンという言葉が出たかは分からないが、きっと何かの勘違いなのだろう。



 それを聞いたレオは壁から背中を離し、前のめりになって怒りを露わにする。



「はあ!?アイツ知らずに誑かしたのか!?」


「面白いやつだな」



 村長は爆笑しているが、娘に間違って告白して、娘の恋心を踏み躙った男を面白いで済ませていいものだろうか。



 レオはため息をついてその場にしゃがみ込んだ。


「あー!…っんだよ。焦って損した。」



 どうやら怒っていたのは危機感を覚えていたのもあったらしい。


 しかし、それを隠すように慌てて言い加える。



「まっ、所詮あんなやつ敵でもねぇけど」



 レオはすぐ立ち上がって、扉のほうを親指で指差す。



「宿屋、泊まんだろ?案内するよ、女」


「ララよ!」



 そう言ってララとレオは家をあとにした。

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