第12章 言葉って書くのと言うのは違う


「すまん、すまん。うちの娘はなにぶん気性が荒くてなあ」



 村長は見た目とは反して穏やかな人で、娘が失礼なことを言われたのにも関わらず、豪快に笑っている。


 まあ確かに気性は荒いだろうが、あれはエイトが悪い。



「村長!アンタ娘が侮辱されたのに何笑ってんだッ!確かにニャディは勝ち気だが、悪いのはこの男だ!いきなりあんなっ……失礼にも程があるだろ!」



 レオの言う通りだ。


 しかし、彼はただの門番なのに村長に対して口の聞き方失礼すぎないか?と大きなお世話だが心配になってしまう。



 まあ確かに、いきなりニャンって言えよは失礼だよな。

 あっちの世界でも、3回回ってワンって言え!とか、相手を馬鹿にするのに使ったりする言葉だ。


 しかし、ニャンって言うのが可愛いっていう認識がこっちの世界でもあるのだろうか?レオは彼女に言わせたいようだったし。

 猫の可愛さは世界共通なのかな。



 だが、エイトも流石に反省して、ララから手を離す。



「あー、俺、謝ってくるよ」


「1人で大丈夫?」



 そんな子供じゃないんだから、と言いそうになったが、そうじゃなくて目の心配をしてるんだ。

 見えなくて歩くのが不安だから手を繋いでるという設定を忘れてた。この嘘がバレてしまったら今後の手繋ぎ旅が終了してしまう。



「えっ、ああ。目を凝らせば何とか行けるから!」


「じゃあその間に宿屋とか手続きしとくから、気をつけてね」



 エイトは軽く手を振ってララと離れ、村長の家を後にした。








「何よ、アイツ!」



 家を飛び出したニャディは、家の裏の森の中にある小さな畑に来て、子供の砂遊び用の小さなスコップを握り、しゃがみ込んで無心で土を突いていた。



 ここはニャディが小さい頃レオと一緒に家庭菜園をしていた場所で、今でも少しだが野菜を育てていた。


 因みにレオとニャディは同い年で幼馴染である。



「ニャンって言えなんて……ニャンなんて……………かっこいい」



 そして予想に反して、ニャディはエイトに言われたことにうっとりしていた。



「ドSなの?俺様なの?えー、なにそれそんなタイプの男今まで会ったことなかったし、みんなアタシが村長の娘だからって気使ってさ……はぁー、あんなのヤツ初めて」



 どうやら彼女はエイトのことを勘違いしているようだ。

 大切に親切に育てられたせいで、恋愛経験に乏しく、失礼なやつに初めての感覚を得てしまったようだ。



「全然平凡な顔だし耳も尻尾もないし、なのに初対面でいきなりあんなこと言われたら………忘れられなくなっちゃう」



 顔を真っ赤にしていたのも恥ずかしかったからではなく照れたからだ。



「でも、一緒にいた女と手繋いでたなあ……。しかもめっちゃ美人。付き合ってるのかな?付き合ってるよね……。じゃなきゃ手なんて繋がないよねー」



 やはり第一印象、手の繋いだ男女を見ればみんな思うことは同じだ。

 普通それ以外の理由で繋ぐことなんてないだろうし。



「しかも………呪い、かあ………」


「あ、えっと……何だっけ。ニャ……ニャ……ニャル子さん」



 そのとき、草の根を掻き分けてやってきたのはエイトだった。


 村長の家を出て、ニャディがどちらに向かったのかも分からず、とりあえず闇雲に村を探し迷子になって森まで来てしまったのだが、運良く見つけられるとは。

 

 探しに出たはずなのに顔も名前も朧げで、道中3人に声をかけてしまったが、やっと正解に辿り着いた。



「ニャディールよッ!」



 名前は外してしまったが。



「ニャル子でいいじゃん、分かりやすいし」



 エイトは間違えたと素直に謝ることができなくて、強引にそれを押し通す。


 そもそもエイトみたいな見栄で嘘を並べてしまうような人間が誰かに謝れるわけないのだ。


 しかしニャディはその強引なところもキュンとしてしまうのだ。



「ま、まあ…別にアンタがそうしたいなら、勝手にしなよ。……アタシはなんて呼んだらいいのさ?」


「俺?俺はエイト」



 ギャルみたいな見た目で、エイトは勝手に苦手意識をしていたが、ニャディ改めニャル子がエイトに好意を寄せてしまったせいで、少ししおらしくなっているので、意外と喋りやすいなあと安心する。



「エイト、ね。エイト……で、アタシに何のようよ」



 ニャル子はスコップの手を止め、しゃがんだまま身体をエイトに向ける。


 すると、透けるショートパンツが捲り上がり、グラデーションの薄い部分が移動したせいでパンツが見えそうになっており、思わずエイトは生唾を飲んで凝視してしまう。


 惜しい。あと少しで見えそうなのに。

 こんな時に視力が良ければ、もしかしたら見えていたのだろうか。



「ねぇ、聞いてる?どこ見て……――」



 ニャル子はそこまで言って、ハッとエイトの視線に気付き、慌てて立ち上がってショートパンツの裾を引っ張って隠す。



「ばかばかばか!どこ見てんのよ!」


「いや、違っ……見てない!つか見えてねぇよ!」



 エイトも慌てて誤魔化しきれていない誤魔化し、というか開き直りをして言い訳をする。



「だから、呪いにかかってて……目眩しの呪い。だから見たいと思っても殆ど何にも見えてないから、見ててもいいだろ!」



 暴論である。

 普通に変態だしもう一発ビンタを喰らってもおかしくはない。


 だがそれもニャル子は積極的と捉えられてしまい、ますますキュンキュンしてしまう。



「呪いって目眩しだったんだ。だけど、へー……見たかったんだ?ふーん?彼女いるのに?手、繋ぐくらいラ、ラブラブなのに?」



 しかしすぐにララのことを思い出し、拗ねたように頬を膨らませる。


 しかし、それとは対照的にエイトは勘違いされたことに嬉しくて、ニヤけるのを抑えて答える。



「彼女って……ララはそう言うのじゃない。ただ目が見えなくて危ないからって引っ張ってくれて…」


「え!?何それ?じゃあ呪いが解けたら……アタシのことも見てくれる?」



 ニャル子は勇気を出してそう言うと、上目遣いでエイトを見つめる。

 尻尾がモジモジと動き、緊張で耳が倒れる。


 ニャル子にとってそれは男の子に対して初めてて精一杯のアプローチだったのだが、リアルの恋愛経験が乏しいエイトには通じなず、勘違いしてしまう。



――見るってパンツを!?見てくれる?ってパンツを見てほしいってこと!?



 先程の見えそうで見えなかったパンツに意識がいきすぎて、とんだ勘違いをしてしまっていた。



――やっぱりギャルは積極的だなあ……。苦手だと思ってたけど、強気なギャルが少し自信なさげに見てくれる?って懇願してくるのは、ギャップっていうのかなあ……?堪らんなあ……。



「見るよ、すっごく!」



 興奮を抑えきれず、思わず大きい声で答えて、エイトは少し恥ずかしくなるが、ニャル子を見るとすごく嬉しそうに微笑んでいた。


 その表情に胸がキュッとなる。



――やばいやばい。俺の心はララ一筋なのに!だけど、女の子に求められたことなんて初めてだし、揺らいじゃうだろ、そんなの!



「じゃあちょっと呪い、見てみてもいいかな」



 ニャル子はそう言ってエイトに近づくと、さっと手をかざす。手のひらはライトグリーンに光り、教会のときと同じように全身を見られるような感覚で少し緊張する。


 しばらく全身を診ると、ニャル子は残念そうに手を離した。



「んー、今のアタシにはやっばりこの呪いはや解けないや」


「え?回復魔法じゃ無理なのか??」


「そんなことないと思うけど、今……ハツジョウ期で……」



 ハツジョウ期。

 それは動物、とくに哺乳類が子孫繁栄するために交尾が可能な状態になり、相手を求めて行動を起こす時期のこと。



「発情期!?待って、それは……そのー、なんていうか……抑えられなくなっちゃうやつか?」


「うん……自分ではコントロールできなくなって、魔力が高いほど気持ちが昂って暴走しちゃったりするの」



――なるほど?じゃあ魔力が強いケットシー族はみんなエッチだと!?



「大丈夫。そんなの俺が受け止めるから」



 エイトはキメ顔を作るとキリッとした声で応える。



 普通なら何だこいつ?と言ったところだが、ニャル子はかっこいいっと目を輝かせる。



「エイトはアタシの全開の魔力を注いだ魔法も受け止めれるほど強いんだ。すごいじゃん」


「うん、どんなプレイでも任せて……って、え?発情期だよね?」


「うん、発達過程魔力情緒変異期」


「なにそれ?」


「魔力量が多いケットシー特有の周期なんだけど、一定の間隔で魔力の情緒が乱れて制御したり扱うのが難しくなる時期のこと。長いからハツジョウ期って呼ばれてるのよ」



 うん、そんなギャルゲーみたいな美味しい展開あるわけないよな。

 ハツジョウ期違い。



「あ、そうっすか……」



 言葉って難しい。

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