第15章 ご褒美の代償かもしれない


 エイトは流れで、ニャル子の畑作業を手伝っていた。



「エイト!もっと腰入れて真っ直ぐ耕さないと」


「無理だって。大体引きこもりに農作業なんて過酷のこと出来るわけないって……」



 エイトは鍬を振り上げて、その重みで後ろにふらふらとよろけるが、なんとか踏ん張って前に振り下ろす。

 しかし力が弱いせいで土は全然掘り起こすことはできず、ただ地面に刺さるだけだ。



「もう、情けないわね!……け、結婚したら毎日やってもらわないといけないんだから……――」



 ニャル子が少し恥ずかしそうにモゴモゴと言うものだから、エイトの土を掘る音でかき消される



「えっ?聞こえない。なんてった?」


「なんもっ!」



 ニャル子は出会い頭にニャンと言って、と言われたことを受け入れて、既にその気になっていた。

 エイトがその意味を理解せずに使ったとは知らず。



「大体見にくい視界でこんな重労働無理ゲー過ぎる」


「何?ゲー?気持ち悪いの?」


「あー、そうそう吐きそうな気分」



 エイトは訂正するのも面倒で適当に答えて受け流す。


 しかし、どうやらニャル子もララと同じで冗談が通じないタイプなのか、慌てたように自分の鍬を投げ出して駆け寄ってきた。



「大丈夫!?情けないなあ。ちょっと横になりな、あたしの膝貸してあげるから」



 ニャル子はそう言って、倒れた木の丸太を利用して作られたベンチに腰を掛けると、エイトの腕を半ば強引に引っ張る。



「え、え?まじ?」



 エイトがニャル子の隣に戸惑いながら座わるのも、それもそのはず、今まさに人生で経験してきたことのない体験をしようとしているからだ。



 ニャル子は力任せにエイトの頭を押さえ込んで、自分の膝の上に横にさせる。



 そう、それは膝枕。

 男ならば誰もが一度は夢見たシチュエーション……――にしては首がめちゃくちゃ痛いが。

 ニャル子は馬鹿力なのか手荒過ぎて首がもげそうになった。


 しかし、その痛みを代償にしてもお釣りがくるほどの幸福感。


 柔らかいが程よく弾力があり、温もりを感じる。ショートパンツ から出る生足が直に頬に触れているため、その感触もダイレクトに伝わってくる。

 そして、香水とは違う自然の優しい匂い。草原に咲く野花のようなほのかな甘さと、フレッシュでスッキリした果実の誰からも愛されるようなそんな健康的な香り。



「あー、やばい……」



 こんな刺激的な誘惑、女の子初心者のエイトに耐えれるはずもなく、腰を気持ち引いてバレないように疼くまる。


 だがその行為が余計誤解を生んでしまい、ニャル子はパニックになってしまう。



「えっ、どうしよ。あー、えっと………」



 焦った挙句、右手をエイトの胸に勢いよく起き、というより平手で殴るぐらいの衝撃で、エイトは一瞬息が止まり、ガバッと本当に吐きそうになってしまう。


 だがニャル子はそんなこと気付かず、言葉を紡ぐ。



「躍動する大河の活力よ、大地に繁茂する深緑の鼓動よ、この世に宿る生命の息吹よ、私の身体に巡る熱き力と混ざりあい、彼の者を癒せ"ヒール"」



 彼女がそう唱えた瞬間、右手が優しいオレンジ色の光に包まれて、身体をじんわりと熱を帯びる。



――これが魔法の回復技か。暖かい。誰かに抱きしめられているような、心地よい温もり……。



 そう思ったのも束の間、オレンジ色の光は手のひらだけにとどまらず、エイトの全身を包み……――いや、どんどん光は大きくなりとどまることを知らない。



「あっ、しまった!アタシ、ハツジョウ期だったのに!」



 ニャル子が気づいた時にはもう既に遅く、魔力は暴走し、村全体に広がっていた。


 村を包み込んだ光はオレンジ色が徐々に変わっていき、紫になり天候まで変えていく。

 夕暮れ時の朱色の空は黒い雲が覆い隠し、チカチカと稲妻が渦巻く。辺りには薄ら霧がかかり、森の中から鳥系の生き物が恐れ慄いて飛び去っていく。


 次の瞬間、ピカッと空が光ったと思ったら、雷が複数村に落ち細い稲妻が走る。


 そしてその一本はエイトの身体に落ちる。



「うわあああああっ!?」



 思わず目をぎゅっと瞑り声を上げ、今度こそ死んだ!と思ったが走馬灯は過ぎらず、ジッと体を硬直させるが痛みはない。


 恐る恐る目を開けると、霧は引き、空を覆っていた雲はどこかへ消え、鮮やかな夕焼けが戻ってきていた。



「エイト、大丈夫!?」



 ぽかんと宙を見上げていると、ガバッとニャル子の顔が近づいてきた。

 

 耳を下げて心配そうに涙を浮かべた瞳が、エイトの瞳を覗き込み、流石にこの至近距離ならぼやけていてもよく見える。

 ニャル子の瞳が、まるで透けて夕焼けの空を見ているような綺麗な赤色で吸い込まれそうになる。



「エイ…ト……?」



 なかなか喋らないので不安になったニャル子に震える声で名前を呼ばれ、エイトはハッと我に返って慌てて答える。



「いや、なんとも……――」


「よかった…!」



 まだ全部言い切っていないのに、口を開いたのが分かった瞬間、ニャル子は膝の上に寝転がるエイトの頭に抱き付いた。


 いや、もうそれは抱き付くというより胸を押しつける行為だ。



 ビキニ型のチューブトップはこれまた肌面積が多いが、残念ながら当たるのは服の部分。だが、布一枚を隔てていてよかった、そう思うほどその威力は半端なかった。


 柔らかな2つの山がエイトの顔にのしかかる。息苦しいのはご愛嬌だ。

 先程よりも濃い彼女の匂いが鼻腔をくすぐり、下からも上からも柔らかいものに包まれていると、もうそれは無重力のような浮遊感。いや、心が躍り過ぎて浮いているような気になっているのか。



――浮かれているのは俺の心か?



 昨夜はララの柔らかいものを二の腕で感じたが、流石顔面はその威力を凌駕する。

 そして、こんなこと思うのは失礼かもしれないが、ニャル子の方が大きい。漫画のような特盛ではないし、これが大きい方か普通なのかは、普通がそもそも分からないから知りようがないのだが、ララとニャル子を比べればニャル子に軍配が上がるだろう。


 いや、胸の大きさで評価するような浅はかな人間ではないけど、大きいは正義だろう。ありがとうございます。



 エイトはもう少しこの感覚を堪能しようと、ジッとニャル子の激しい抱擁を受け入れていたのだが、なんだか下半身に違和感が沸き起こる。


 いや、下半身といってもあそこじゃなくてその上、下腹部だ。



「ゔっ」



 ぎゅるぎゅるっと嫌な音がお腹の中で鳴り、きゅーっと締め付けられるような痛みがお腹に走る。


 折角のご褒美タイムだったのにこれはヤバい。


 名残惜しいが冷や汗まで出てきてしまい、エイトは顔面蒼白でニャル子を押し退けるとお腹を押さえて立ち上がる。



「やばい……ッ。トイレどこ!?」


「えっ、ああ、うちに帰らないと近くには」


「まじで?そこまで持たな……ゔっ……」



 お腹の中がまるで先程見た空のように、グルグル回っている。これはもう冗談ではない。



 村長の家までは少し戻ったところだが、今の状態ではまあまあ距離がある。

 ここは村の裏にある森の中の畑で、トイレの設置なんてされていない。


 もう止むを得ない。








「ごめんね!アタシの魔力が暴走したせいで、魔法失敗しちゃったみたい。村まで広がっちゃったし、今頃大変なことになってるだろうなあ……あはは」


「笑い事じゃないって」



 エイトはズボンを直しながら茂みの中から戻って来ながら、ニャル子の言い訳に文句を言う。


 綺麗な水洗トイレが当たり前の現代人からすると、なんだか人の尊厳を捨てたような悲しさがある。



「大丈夫、大丈夫!冒険者とかはみんな旅のときはしてるし、別に恥ずかしいことじゃないよ」


「別に恥ずかしがってねぇよ」



 ニャル子の励ましが余計気持ちをブールにする。

 もう無かったことにして忘れてくれよ。


 なんだか胸の辺りがモヤモヤするというか、目の前がぐるぐるするというか…。



「畑の肥やしになるし、悪いことじゃないよ!」


「気にしてないって………言って……んじゃ…」



 そう答えていると、なんだか景色が一回転して、全身に力が入らず、気づいた時にはエイトは地面に倒れ込んでいた。



「エイト!?……エイトッ!しっかりして!エイト……――」



 最後に頭の奥でニャル子が名前を呼ぶ声が聞こえていたが、それも徐々に聞こえなくなって、そのままエイトは意識を失った。

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