第7章 エルフは恋のハンターなのか


 武器屋で手軽な剣やポーションを買い揃えて、と言ってもエイトは一文なしのため、全て買ったのはララなのだが。

 勇者様のお手伝いができるなら喜んで、とそれに事の発端は眼鏡を壊してしまった自分の責任だから、とララが言っていたが、なんだか完全にヒモ男の気分である。




 大きな門を潜って街を出ると、広大な芝生が広がる。転生した時に見た光景だが、何度見ても壮観である。

 リアルの世界では見られない大自然に、こんなに緑が多ければ確かに視力が悪い人なんていないんだろうな、と納得できてしまうほどだ。



 エノコロ村は北の方と言っていたが、街の北側は少し行くと森になっていて、どうやらそれを超えた先にあるらしい。


 広い高原にはかわいい小動物くらいしか見られなかったが、森の中には流石にモンスターなどいるだろう。きっと戦闘も避けられない。



 エイトは運動にはあまり自信がなかった。

 体育の授業なんかは平均的にそれなりにこなしていたが、なにかスポーツ経験があるわけではない。そしてなにより、最近はずっと家でゴロゴロしていたせいで運動不足できっと体力もない。

 こんな事なら、何か剣道とか空手とか、即戦力になりそうか技術を身につけておけばよかったと後悔する。アニメや漫画の主人公は引きこもりでもなんだかんだスポーツをやっていた経歴もあるし、せめて筋トレくらいやっておくべきだった。



 だが、まあ腐っても転生してきた勇者だ。何か特別なチート技が備わっているものだろ、セオリーとして。今のところド近眼の呪いというデバフしかないのだが。




「どわ……っ!」



 考え事をしていたせいで、地面から盛り上がる木の根っこに足を取られ、転びかけたところをララの腕に助けられる。



「エイト様、大丈夫?」


「ありがとう。いや、流石にこんな長時間裸眼のことなかったから、やっぱり不便だなあ。目を凝らさないと地面なのか木なのかも全く分かんねぇ」



 エイトはただの近眼だけではなく乱視も少し入っているため、物が二重に見えて距離感も掴みづらくなる。視界がぼやけると色の境界線もぼんやりして、土の色と木の根の色の差も分からない。


 これは戦闘どうこうではなく、行動すること自体かなりの制限が掛けられる。

 チートどころかド近眼のデバフ強すぎない?


 そして何より、女の子に助けてもらうのが情け無いし恥ずかしい。



 すると、そんなエイトを見兼ねたのか、ララがそっと手を握ってきた。



「気が付かなくてごめんね。街の中より外の方が大変だよね。呪いが解けるまで握ってていいから」



――呪いサイコーかよ!!!



「ララさんには本当助けられてばっか……――」



 エイトがそこまで言いかけたところで、ララの人差し指が唇に触れる。



「それ、ちょっとよそよそしくない?前も言ったけど、ララって呼び捨てでいいよ」



 そう言って、少し拗ねたように頬を膨らませてから、目を細めて笑う姿は眩しくて可愛すぎて、ああ、照れたり興奮すると鼻血が出るのってこういう原理か、と理解するほど一瞬で顔に熱が集中する。



「……反則だろ」


「え?」


「いや、こっちの話」



 思わず、小さく愚痴をこぼすと、瑛人はわざとらしく咳払いをしてキリッと顔を作る。



「じゃあ、らららララも…俺のこと、よ呼び捨てでいいから」



 折角顔を作ったのに、緊張し過ぎて歌でも歌ってるのかと思うほど噛んで裏声になって醜態を晒すだけ晒してしまった。


 しかしララはそんなエイトをバカにしたり揶揄ったりするわけでもなく、クスッと笑ってまるで全てを受け入れてくれるかのように微笑んだ。

 因みにこれはエイトの主観である。



「うん、エイト」



 彼女はハンターかな?


――俺のハートを一撃で仕留める恋のハンターだ。



 心の中で呟いて自分でも少しイタかったなと反省する。

 だが、本当に行動も言葉も全てがドストライクだ。どこぞの初恋の幼馴染とは比べものにならない。本当にあいつのどこに惚れたのか。と、フられ……てはないが、過去の女の悪口を言うのは見苦しいからもうやめておこう。





 ララに手を引かれ、森に入ると高原とは違う少しひんやりとした澄んだ空気にエイトは小さく深呼吸をする。


 リアルの世界の排気ガスが混じった空気とは違い、高原は新鮮な空気だなあと思ったが、森の中はまた格別で、空気が美味しいってこういうことか、と実感するほどだ。



 背の高い木々の木漏れ日光のカーテンみたいにひろがり、鳥の囀りのような音や葉っぱが擦れる音、森林ならではのBGMに心が癒される。

 こんなのリアルの世界では、もはや入眠用の曲でしか聞くことができないだろう。


 


「いいよなー、こういう自然豊かのとこ。俺のいた世界はジャングルと言ってもコンクリートジャングル。本当夢も希望もない冷たい世界だったなあー」



 エイトの呟きに、ララはまた初めて聞く言葉に首を傾げる。



「くぉんくり…と?」


「コンクリートだよ。そうだなあ……、セメントって言っても分かんないか。うーん、接着剤とか砂とか混ぜて人工的に作る石みたいやつ。俺のいた世界はそんなやつで作ったでっかい建物がいっぱいあって、こんな自然豊かな場所なんてほとんどないってこと」


「緑が少ないんだ……。それは少し寂しいね」



 確か、エイトが知る限り、エルフといえば緑を大切にする種族だった。この世界でもそうとは限らないが。


 そう考えると、ララのこともこの世界のこともエイトはまだよく知らない。




「ララの故郷どんなとこなんだ?ケットシーも村があるって言ってたし、エルフの村みたいなところなのか?」


「えっ、あれ?私がエルフだって言ったけ」



 エルフと言葉にした瞬間、ララは不自然にビクッと肩を震わせ、一瞬空気がピリついた気がした。



「いや、見た目でそう思っただけで……違うのか?」


「あ、ううん、エルフだよ。異世界から来たのにエイト詳しいのね。……エルフは村、というか国かな。この世界はほとんどの土地を人間の王様、プラム王国が統治してるんだけど、東の大地はエルフの国、ローズ王国が統治してるの。まあ、人間の次に多い種族がエルフだし、人間との交流の歴史も長いから権力もそれなりにあるみたい。今ではローズ王国を出てプラム王国に住む人も多いし、国同士の交流も盛んに行われてるわ」



 気のせいだったのか。ララの声はいつも通りで、丁寧に教えてくれる。

 転びそうなところを助けてくれたり色々と気にかけてくれたり、根がお姉さん気質なのだろう。世話焼きというか面倒見が良いというか。



「へー、やっぱりエルフは異世界ものでもメジャーだもんな。……エルフの国かあ。綺麗なんだろうなあ」



 エイトが昔見たアニメでは、エルフの国は大きな木そのものだった。木の枝が道になっていて、扉形に枝が削られ、その中が家になったいたり、枝の間に家が引っ掛けられたり。

 また、別のアニメでは西洋で宮殿みたいな国だったものもある。エルフは貴族でみんな金持ちだ、という設定だ。


 どちらにせよエルフは容姿端麗な種族だから、道ゆく人々皆綺麗な人ばかりで目の包容になるだろう。



「いつか行ってみたいなあ」


「あ………うん、そうね」



 エイトの呟きに、あまり気が気じゃないようなララの返事。何だか少し反応が悪かった気がした。



――もしかして気持ち悪がられた!?



 故郷に行きたいだなんて、なんかストーカーじみてただろうか。まだそんな親しくないのに家行きたいみたいな、ご両親への挨拶みたいな、付き合ってもないのに何言ってんだよって思われた?

 今のは特に下心があったわけじゃないけどそう思われても仕方がない。


 異世界に来たからってテンションが上がっていたが、基本陰キャの発言なんて気持ち悪いもんだ。



 なんて、一頻りオーバーに悲観したところで、エイトは得意の早口で話を変える。



「えっと、ララは冒険者みたいな感じ?防具屋にいたってことはやっぱり装備揃えてた感じだよな?けど、買ったばっかみたいだったしそこら辺にはあんまり詳しくないところをみると冒険者になりたてって感じかな?なんかギルドとかに入ったりしてるの?そういうのってクエスト受けて稼いだりするのかな?俺そういうのもちょっと興味あるなー。冒険者っていうと、世界中旅しながらその日必要な分の資金を稼いで気ままに過ごしたり、そんな感じなのかな?」


「えっと………んー、まあそんなところかな……」



 エイトのトーク量に対して、急に淡白になったララの返事にやっぱり引かれたんだっと、マイナスな感情だけは敏感に感じ取ってしまう。


 実のところエイトはガラスのハートなのである。

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