第17章 夢って目覚めると忘れてしまう


 エイトがいたのはエノコロ村の診療所のベッドの上だった。



「ごめん!ごめんね、エイト。あたしの魔法のせいでエイト3日も眠ってたんだよ」



 ニャル子は瞳だけではなく、瞼まで真っ赤にして、耳も尻尾を下げて泣きじゃくりながらことの経緯を説明する。



 どうやらエイトが気持ち悪いと言ったことで、ニャル子はそれを回復させてあげようと魔法を使ったみたいだ。

 しかし彼女は絶賛ハツジョウ期で、魔力をコントロール出来ず、魔法は失敗して村全体に被害を及ぼした。



「ふん、情けないやつ」



 病室の入り口にっていたレオはやっと目覚めたエイトに対して辛辣な言葉を投げるが、エイトの病室に来ているということは少しは心配してくれていたのだろう。



「被害は村民12人、内腹痛5名目眩が3名気を失ったのが4名、みんな既に目覚めて元気を取り戻してるけど……レオ、貴方も昨日まで気を失っていたじゃない」


「うるせっ」



 エイトを挟んで、ニャル子の反対側のに座っていたララが状況を説明してくれた。


 どうやら倒れた4人の中にレオもいたようだ。


 しかしそれよりも気になるのは、いつのまにララとレオは仲良くなったのだろうか。



――なんか親しげだし、てか呼び捨てだし……。



 エイトがモヤモヤした気持ちでララを見つめると、丁度目が合う。

 彼女もエイトが目覚めたことにほっとしたようで、何事もなくて良かった、と安心したように微笑んだ。



 その笑顔にキュンとして、同時に罪悪感が過ぎる。


 そういえばさっき、というか実際には3日前なのだが、エイトの感覚でいうと先程、ニャル子の胸と太腿に誘惑されてしまったところで、なんだか本命のララと顔が合わせ辛い。


 いや、きっとそのことを知ってもララはなんとも思わないのだろうが。



 エイトがなんとなく気まずくなって視線を逸らすと、不自然だったのかララが彼の異変に少し反応する。


 だが、何も言わずに、ニャル子に視線を移してキッと睨み付ける。



「ニャディさん!うっかりしてた、じゃ済まされない被害よ!」


「そうだぞ!お前この前も水やりでやらかしたばっかなのに、本当学習しねぇなあ」


「うー、ごめんなさい」



 レオにまで怒られて、さすがのニャル子も自分の不注意に反省するように耳を押さえて頭を勢いよく下げる。



 するとその時、部屋の外から陽気な笑い声が聞こえ、村長が部屋にやってきた。

 どうやら、外にも会話は聞こえていたらしい。



「まあ、みんな無事回復したからいいじゃないか!ケットシー一族はみんな経験するハツジョウ期だ。それがニャディはちょっとばかり激しいだけで、誰も責とらんよ」



 村長は自分の娘に甘いのか、それとも村全体がニャル子に甘いのか。

 まあそれもこれも、彼女の人望あってのことだ。



 ニャル子は潤んだ瞳の上目使いで、エイトの右手を両手でしっかり握る。馬鹿力で握力が強すぎて右手が少し痛い。



「エイト……怒ってる、よね?」



 恐る恐る問いかける彼女の声は震えていて、そんな女の子に怒ることができる男なんてこの世にいるだろうか。



「え?……ああ、大丈夫。もうなんともないし」


「エイト、優しい……」



 ニャル子はそう言って、顔を赤くしてエイトの右手を抱き締める。いや、実際には抱き締めているというより胸の谷間に埋めている。

 もうわざとじゃないのか、と思ってしまうが、まあどちらにせよ寧ろありがとうございます、て感じだ。右手が極上の柔らかさに挟まれて蕩けそうなほど幸せになっている。



 その感覚に酔いしれていたいのに、扉の方から舌打ちと痛いほどの鋭い視線を感じ、エイトはビクッと顔を向ける。


 レオだ。

 心配して来てくれてるのかと思ったが、どうやら厳しい見張りとして来ているようだ。


 今にも割り込んできて噛みついて来そうな顔をしているが、ニャル子からしたことだし、彼女が嬉しそうな顔をしているので、どうやらグッと堪えているようだ。



 ララは今回のことをまだ納得していないようで、ニャル子がエイトにべったりなのをどう思っているのか分からないが、小さく咳払いをしてエイトに投げかける。



「まあ、エイトがいいならいいけど、流石にビシッと言ったほうがいいんじゃないの?」



 ちょっとやきもち焼いてる?なんて、おこがましいか。



 まあ、確かに散々な目に遭ったけど、結果的にはラッキすけべ……――じゃなくて、結果オーライだ。


 やらかしてしまった分の謝罪というかご褒美をもらってしまってるし、本人も反省しているようだし、今さら文句を言うようなことではない。



「いやー……まあ、悪気があったわけじゃないし……。それより、ララは大丈夫だったのか?」


「えっ、私?私は精霊のご加護があるから、不意打ちの攻撃は効かないの」



 精霊のご加護って、それ最強防御じゃないか。自分が意識しなくても自動的に発動する防御なんて、ゲームでは強敵が持ってるスキルだ。


 薄々気付いていたが、もしかしてララはなかなか強いのかもしれない。



 そんな彼女に自分なんかが心配するなんて差し出がましいことしたかな、と少し思ったが、すぐにララが付け加える。



「けど、ありがとう。自分の方が大変だったのに、私のことまで心配してくれて嬉しい。そういうとこ、尊敬しちゃうなあ」



 ララはまさか自分の心配をされるとは思っていなかったようで、そう言って少し照れたように微笑んだ。

 そういう気持ちを素直に言葉にできる彼女の方が尊敬してしまう。



 エイトは照れ臭くなって、慌てて話を変える。



「いやー、まあ…反動で目が治ってたらと思ったけど、そんな都合よくいかないよなー」


「ごめんね。お詫びにアタシが直してあげれたら良かったんだけど、まだハツジョウ期が治まらなくて……」



 ニャル子がそう言ってエイトの手を離し、涙を拭きながらしょんぼりと言う。


 少し名残惜しいが、押しつけられたままではどうしていいのか分からないし、ララにそんな姿を見られているのが抵抗があったので丁度いいだろう。


 エイトはその感覚を大事にするように反対の手で手の甲をさすって忘れないように記憶付ける。

 オタクがアイドルと握手してもう手を洗わない!って言っている気持ちが少しだけ分かった。



 エイトはニャル子が気に病まなくていいように、明るい声で答える。



「いや、もうここ何年もこんな視力だし、今更別に焦ってないからいいよ。まあ、ハツジョウ期終わるまで気長に待つさ」



 すると、ララがそのことなんだけど、と両手を胸の前で合わせた。



「村でいい情報を手に入れたの!なんでもめがねを作ることができるかもしれない、魔法具の天才職人が近くのドワーフの街にいるらしくて。ここでニャディさんのハツジョウ期が終わるのを呪いのかかった瞳でジッと待ってるより、とりあえずめがねを作っておいた方が、待ってる間の生活もしやすいと思うの。だから、行ってみない?」



 ドワーフといえば、アニメや漫画でよく出てくるのは髭を蓄えたおじいちゃんみたいな小人の種族だ。手先が器用で鍛冶屋をしている描写が多いが、この世界でも職人ポジションのようだ。


 確かに眼鏡があれば生活は楽になるし今まで逃してきた最高なシュチュエーションをくっきりはっきり見ることができるが、ララとの手繋ぎ生活も捨てがたい。

 それにドワーフのおっさんに会いに行ってもテンションは上がらない。



「んー、どうしようかな……」


「待って!2人で行くつもり!?アタシも行くよ」



 エイトが悩んでいると、ニャル子が手を上げて参加を申し出てきて、流石にその発言にはその場にいた全員が驚いた。



「は!?なんでニャディが行くんだよ。関係ねぇだろ!?」


「そうよ、貴方は関係ないでしょ?」


「我が娘ながら破天荒だなあ」



 全員の疑問、といっても村長は笑っているだけだが、その疑問にニャル子は少しモジモジとしながら呟く。



「だって、アタシとエイトは………」



 しかしそこまで言いかけたところで口を紡ぎ、クルッとエイトに顔を向ける。



「エイト!」


「え、あ…はい?」



 突然のことで思わず敬語になると、ニャル子が分かりやすく緊張した様子で意を決したように口を開く。



「……………ニャン」


「え!?」


「はあ!?」



 その意味を知っているララとレオはびっくりして思わず声を上げるが、エイトはまだ知らないので相変わらず呑気に笑う。



「ああ、最初に言ったやつ。なに、今回のお詫びか?いいね、もう一回言ってよ」


「……ニャン」



 さっきまで笑っていた村長も恋愛は娘の自由だと吐かしていたが、実際目の当たりにすると流石に固まっている。


 ニャル子は照れを隠すように、いつも以上に大きな声ではっきりと宣言する。



「じゃ、そういうことだから!アタシも旅に同行する!ドワーフのミモザの街には行ったことあるし、案内できるから。なにより、アタシとエイトはもう離れられないから」



――離れられない?ああ、今回のお詫びにハツジョウ期が終わって呪いを解くまで、責任持って付き合ってくれるってことか。



 エイトは勝手に納得するが、レオはショックで立ち直れないようで、いつもの毒舌も忘れてそれ以上言葉が出ない。



「ニャディ……そんなあ……」


「えーと……、まあいいや」



 ララはエイトがその意味に気付いてないと分かっていたが、訂正したりするのも面倒になって知らん顔をする。



「ニャディさん、魔法が使えない状態でどうやって戦うつもり?旅はお遊びじゃないのよ?」


「大丈夫!アタシ体術にも自信があるから、ここら辺の雑魚モンスターなら余裕だよ」


「なら……止めはしないけど」



 ララはニャル子の同行にどう思っているのか、少なくとも手放しに賛成といった感じではなさそうだが、止める理由がないのでそれ以上何も言わなかった。



――両手に美女の旅……、なにそれ最高かよ。



 何も分かっていないエイトはそんな能天気なことを考えて、まるで主人公にでもなったような気分で、キリッと決める。



「よし、行こう!えーとミミズの街に!」


「ミモザね」


「エイトかわいいー」



 全く決まらなかったが、まあいいだろう。


 次の目的地はドワーフの街、ミモザの街だ。

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超絶ド近眼の俺が眼鏡を外したらそこは異世界だった syuuuuna. @syuuuuna

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