第33話 警鐘

「しばらく私の相手をしてもらおうか。——光の檻よ」

ユーリは自分とナギを囲うように結界を展開させた。


「ふふ、そんなに僕と二人で遊びたかったんだ?それなら期待に応えないとね」

完成した途端に壊されてしまう可能性もあったが、ユーリ自身も閉じ込めたことでナギの興味を引くことに成功したようだった。


(とはいえ、長時間閉じ込めておくことは不可能。狙いを当代聖女に定めたなら猶更だ)

聖力を浪費することは得策ではないが、ナギ相手にどこまで持ち堪えられるか。

「ほらユーリ、余所見しちゃ駄目だよ?」

「――ちっ!」


パチパチと音を立ててナギから放たれる魔力は小さいながらも、触れてはいけないと直感が働く。結界に触れれば激しい音を立て、結界自体は破られていないもののその部分の耐久度は著しく低下している。


代わりに剣で薙ぎ払えばダメージは少ないが、衝撃が剣伝いに伝わってユーリは思わず舌打ちをした。ナギにとっては遊びでもユーリにとっては一つ一つが気の抜けない攻撃に、防戦一方の状態だ。


「一生懸命なユーリは可愛いけど、ちょっと退屈だよね」

ナギが楽しそうな笑みを浮かべる時、いつもろくな目に遭わないことを承知している。攻撃を止めたナギに対してユーリは警戒を募らせた。


「彼女を引き渡してくれるなら、一旦見逃してあげてもいいよ。君たちだって時間が必要だろう?」

喧騒の中でもよく通る声はユーリの背後に向けて告げられていた。そこには祓魔士と兵士たちの一団が揃っていて、一様に険しい表情を浮かべている。


(さすがにこの人数を相手にするのはキツい)

対峙するには分が悪く、ナギの狙いからして撤退するのも難易度が高いだろう。魔王の存在を把握した今、必要なのは戦略を立てる時間と戦力。ユーリ一人の犠牲で時間が稼げるなら差し出すことに躊躇いなど覚えないはずだ。


結界を解除してどちらからもユーリが距離を取ったと同時に、一斉に攻撃のための祓魔術が展開されるが——それらは一直線にナギに向けて放たれていた。

爆発と同時に炎が巻き起こり、土埃で視界が霞む。


「なっ……!」

「我らは当代聖女様の命に従う。魔物の諫言などに惑わされぬわ!」

まさかの行動に絶句するユーリに対して、リーダーと思しき人物が朗々と宣言した。


「馬鹿か、お前ら!さっさと逃げろ!!」

ユーリの怒鳴り声と同時に怪訝そうな顔をした何人かの首が地面に落ちた。悲鳴を上げる間もなく、一瞬の出来事に周囲もただ唖然としている。


「光の檻よ!」

「ああ、それは邪魔だから要らないよ」

一瞬でかき消されたユーリの結界だが、その僅かな時間が数人の兵士たちの命を救うことになった。風が空気を切り裂く音の後に絶叫が響き渡る。

幸か不幸か直撃を免れたため絶命には至らなかったものの、身体を切り裂かれ、四肢の一部を欠損した者たちを目の当たりにしてようやく事態を把握したようだ。


「陣形を組め!」

「逃げろと言っているだろう!普通の攻撃じゃ魔王に通用しない」

ユーリの声をかき消すかのように暴風が襲い掛かる。視界が晴れてはっきりと浮かびあがったナギの表情は乏しく、氷のように冷え切っていた。


「せっかく機会を与えてあげたのに、愚かな選択をした者には相応の報いが必要だね」

ユーリの中で警鐘が鳴る。このままでは全滅してしまうのは明らかだ。


「スイ!!」

胸元のコインを握り締めてその名を呼んだのは、本能的なものだった。だがスイは現れずナギの眼差しに酷薄さが増し、ひりつくような魔力がユーリに向けられる。


「駄犬は来ないよ。君が頼るのもその目に映すのも僕じゃないといけないのに、悪い聖女さまだね?」

淡々と告げる言葉に感情はない。それが逆にナギの苛立ちを物語っているように思えてユーリは震えそうな自分を叱咤する。


(逃げちゃ駄目だ。当代聖女を巻き込んだのだから、私にはその責任がある。何より今魔王を殺さなければ次などない)


スイが呼び掛けに応えられない状態なのはナギの指示によるものだろう。だがナギなら確実にユーリの目の前でスイを殺すと確信があったため、まだ生きていることは間違いない。クラウドについては安否が不明だが今は気に掛ける余裕もなく、どうすればナギにダメージを与えられるか考えるのに精一杯だ。


(伝承どおりなら鍵になるのは聖女の浄化力だ)

攻撃力は祓魔士のほうが優れているにも関わらず魔王を滅ぼすことが出来るのは聖女であると伝えられているのだ。ならば魔王を倒すには聖女の浄化力が必要だと考えるのが自然だろう。ユーリも使えないわけではないが、魔王に対抗するには不足だと感じている。


だが今は得手不得手だと言っている場合ではない。少しでもナギを足止めして準備が整うまで時間を稼がなければならないのだ。


「浄化の——っあああああああ!!」

全身を襲う痛みに詠唱が途切れ、ユーリの喉から絶叫が上がっていた。為すすべもなく地面に崩れ落ちたユーリの頭上から、冷たい声が落ちる。


「遊びは終わりだよ。とりあえず要らないものから消していこうか」

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