第13話 ドラゴン退治

スイが炎を纏わせた刃でドラゴンに切り掛かるが、鱗に弾かれその身体に刺さらない。

だが魔力での攻撃は有効らしく炎に炙られた部分が変色し、ドラゴンが不快そうな唸り声を上げた。

頭を反らし喉の動きを見て、ユーリは反射的に防御壁を展開する。


「くっ…!!」

直撃したわけではないのに負荷が増す。何とか持ちこたえるが周囲の地面は霜が降りたように白く染まり、木々が凍り付いていく。

想像したとおりあの動作は息吹を吐くためのものだったのだ。


(氷、ということは水属性か。スイの炎とは相性が悪い)

力が互角かそれ以上であれば属性が優位に働くため、競り負けてしまうのはスイのほうだ。

同じ能力であれば複数人で重ね掛けをして威力を増すことは可能だが、元々の力が異なるため魔力と聖力では打ち消し合ってしまう。


スイが体勢を立て直したのを見て、ユーリは唱えた。

「光よ!」

目の動きから視力が良いと判断したユーリはまずは視界を封じる。直視したドラゴンが混乱した隙に切り掛かる予定だったが、ドラゴンは思いがけない行動に出た。


よほど不快だったのか、息吹を吐きながら周囲の一切を破壊せんとばかりに暴れまわったのだ。

これでは一向に近づけないと退きかけた時、頭上が不意に暗くなる。


弾き飛ばされた大木は不可避だったため防御壁を展開したが、横からの攻撃を見逃してしまった。重量のある物体が結界越しから伝わってきて、重ね掛けをする前に力ずくで破壊された。


「ユーリ!」

ドラゴンの尾が脇腹に直撃したと気づいた時には木の幹に叩きつけられていた。

その衝撃で呼吸が出来ず、すぐに身体を動かすことも叶わない。幸いドラゴンの視力はまだ戻っておらず追撃されることはなかった。


「くそっ……肋骨やられた」

痛みはあるが声が出ることに、毒づきながらもユーリは安堵する。駆け寄るスイに顔を顰めつつ、無理やり立ち上がると痛みが増す。


「ユーリ、あれは俺が何とかするから無理をするな。こんなところで命を落とすのは不本意だろう」

「攻撃が弾かれたくせに余裕だな。第一お前はあのドラゴンと相性が悪いはずだが?」


声が震えないよう意識してはっきりと告げれば、スイは僅かに顔を歪めた。図星を付かれた様子に溜飲を下げながらユーリはスイに伝える。


「あのドラゴンはまだ幼い気がする。知性が高いはずだが言葉を発することもないし、戦い方が直接的だ。二人で攻めれば勝算は十分にある」

あくまでも一緒に戦うことを強調すれば、スイは不満そうにため息をついたものの諦めたように告げた。


「……祓魔術で注意を逸らしてくれ」

「分かった」

以前は自分が守りでスイが攻撃担当だったから勝手は分かっている。口に出しはしないがスイにも何となく伝わっている気がして、ユーリは苦笑した。


(……昔も悪いことばかりではなかったんだよな)

僅かに灯った温もりで自分を奮い立たせるようにしてユーリは再びドラゴンへ向き合った。


二度も同じ手は通じないだろうと考えたユーリは、目眩ましではなく結界を使ってドラゴンの足元を固定させた。視力が戻りこちらに向かおうとしたドラゴンだが、結界に足を取られてバランスを崩し転倒する。


同時に放たれた氷の息吹を躱しスイはドラゴンの頭上に特大の炎を放つ。炎で視界を奪われたドラゴンにユーリは結界を重ね掛けしてドラゴンの手足を拘束すると、スイが喉元めがけて剣を薙ぎ払った。

絶叫が響き渡りドラゴンの巨体がゆっくりと地面に倒れ込んでいく。



離れた位置から様子を見ていたナギの口元には笑みが浮かんでいたが、その表情は冷え切っている。

「ああ、なるほど。前回と同じように見えるから気分が悪いのか。幼いとはいえドラゴン相手に苦戦するとは思っていたけれど想定外だな……」


ユーリがスイに対して距離を保っているのならば何の問題もなかった。

それなのに今のユーリはまるで前世と同じようにスイを信頼しているような行動を取っている。連携を取りながら敵を倒していく様がひどく不愉快だった。


「よそ見しちゃだめだよ、ユーリ。あんまり面白くないと壊してやりたくなる」

ナギは魔力を抑えたまま静かに詠唱を始めた。



「スイ?!」

衝撃で落ち葉が舞い上がり、視界が悪い中ユーリは無意識にスイの名前を呼んだ。呼びかけに返事がないことに胸が騒いだが、それも一瞬のこと。


「ユーリ、あまり動くな。お前は怪我をしているんだぞ」

叱るような口調で返ってきた言葉にユーリは安堵の息を吐いた。


「ドラゴンは?」

「ああ、問題な――っ!!」

思い切り突き飛ばされてユーリは草むらに勢いよく倒れ込んだ。


顔を上げる前にジュッと何かが焦げるような嫌な匂いが鼻をつく。ひりつく敵意と濃厚な魔の気配にすぐに体勢を整えるが、視界に映ったのは赤銅色の鱗。

瞬時にユーリはそれが何かを悟った。


(ああ、あれが幼体だったのなら親がいても不思議ではない)

情愛を持たぬ魔物であっても本能が子孫を残すもの、子は守るものだと知っている。我が子を失った親ドラゴンがその原因であるユーリたちをどのように認識するかは明白だった。


怒りの雄叫びを上げて襲い掛かってくるドラゴンは、先ほどのドラゴンとは比べ物にならないほど素早く力強い攻撃を放つ。スイと合流する合間に防御壁を展開するも、すぐに壊され防戦一方の状態だ。


「くっ、ユーリ、少し持たせられるか」

「もともと、物理的に弱い。もって10秒だ」

聖力を重ね掛けしてもそれぐらいしか持たない上に、ずっと力を使い続けているため消耗も激しい。


「十分だ、行くぞ」

自分の周りに防御壁を掛けつつ、スイの盾になるように防御壁を作る。周囲を覆ってしまえばスイも攻撃できないため、ドラゴンの攻撃が当たらないよう展開するため精度と強度の両方が求められる。


反応が遅れたのはそれに集中していたからだ。

ドラゴンの攻撃をスイが躱したように見えたが、実際に狙われていたのはユーリだった。鋭い爪が振り下ろされて防御壁があっさりと崩れ去り、鋭い痛みが全身を襲った。


それに気を取られたせいかスイの攻撃はドラゴンの急所に届かず、もう片方の手で薙ぎ払われるのが見えた。先に邪魔なユーリを始末しようというのか、ドラゴンが大きな口を開く。


(間に合わない!)

そう思いながらも防御壁を展開しようと赤く染まった手を前に出すが、ドラゴンとの間に小さな影が割りこんだ。


「僕の物をこれ以上傷つけるのは許さないよ」

静かな声にドラゴンが怯んだように動きを止める。

「……誰が、お前の物だっ」

「ふふっ、そんな状態でも強がるなんてユーリは本当にかわいいね。今回は特別に助けてあげるよ」


ナギの魔力に気づいたドラゴンは迷う素振りを見せる。怒りは収まっていないが、本能的に強者だと見抜いているようだ。

「さっさと失せれば命だけは見逃してやったのにね。邪魔だ」

ぞっとするように淡々とした冷たい口調を聞きながら、ユーリは意識を手放した。



一瞬でドラゴンを絶命させたナギは、元の姿に戻って気を失ったユーリを抱きかかえる。切り裂かれた傷口からは血が流れているが、防御壁で威力が軽減されたのか致命傷には至っていないようだ。見える部分の傷口に唇を当てて応急処置を行う。


「…これは癖になりそうだ」

甘くて苦い鮮血を舌で舐めとると滲んでいた出血が止まった。吸血系の魔族には劣るが、自己回復力の高い魔王の体液には止血に役立つ成分も含まれている。

気配を感じて無造作に左手を払えば、炎に包まれた刃が空中で弾かれた。


「手当の邪魔をするな、駄犬。待ても出来ないのか」

「っ!…ユーリに、触るな!!」

魔力で押さえつけられて地に伏した格好で、必死にもがきながらもスイは叫んだ。


「僕に命令?主を護れなかった駄犬に吠える権利があるとでも?」

唇を噛みしめて黙ったスイに、ナギは楽しそうに言った。

「従順な犬は好かれるよ。大人しくしているなら付いてきてもいい」

その言葉にスイは顔を上げた。


「ユーリをどこに連れて行くつもりだ」

「怪我の治療にここは不向きだよ。ミュスタに行く」

笑みを深めて告げられた地名にスイは眉を顰める。


ミュスタは王都に次ぐ第二の都市であり、前世でユーリが落命した場所でもあった。

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