第12話 頃合い

「ユーリ、おかえり」

小屋に着くとナギが駆け寄ってきて、じっくり全身を渡す。すっかり習慣となった行動にじっとしていると、ナギの視線が外れて不満の声が上がった。


「近頃は全然怪我をしなくなったね。手当てができなくてつまらないよ」

ユーリはそんなナギを取り合わずに腰を下ろして刀の手入れを行う。

以前は多少の怪我なら気にしなかったがナギから手当てを受けるようになってからは、いかに怪我をせずに魔物を倒すことができるかが重要になった。


「せっかく人間用にちゃんと調整できるようになったのに」

残念そうな声に最初に怪我を負った時のことを思い出す。


左腕を切り裂かれたものの出血も少なく大したことのない怪我だったが、小屋に戻るとナギが嬉々とした表情で自作したという軟膏を手にしていた。傷口に塗られた途端に激痛が走りユーリは気を失ってしまった。

目が覚めたときには半日経過していて、薬を付けた場所は腫れあがり毒を盛られたのかと疑ったほどだ。


『人間には強すぎたみたいだ、ごめんね?』

いつもの歪んだ笑みではなく首を傾げていた様子から、故意ではないと分かった。

しかしその後もナギが作る薬は確かに効能があるものの、高熱が出たり手足が痺れたりと副作用が強い。


全治1か月ほどの怪我が2週間経たないうちに完治した時には、逆に不安を覚えたものだ。それからユーリは攻撃や動作の一つ一つに気を配るようになり、無傷であることと効率的な聖力の使い方を意識するようになった。


小屋の扉が開き、ユーリから少し遅れてスイが入ってきた。その手には山菜や茸などを抱えていて、そのまま食事の準備をするため竈に直行する。

基本的には携帯食で済ませるが、数に限りがあり栄養も偏ると主張するスイは割と頻繁に料理を作っていた。最初は警戒心もあり突っぱねていたが、ここ1か月ほど随分慣れてしまったような気がする。


そんな光景に複雑な思いを抱えていると、ナギの声で現実に引き戻された。

「明日は僕も一緒に行くよ。仲間外れは寂しいからね」


(やはり監視されていたか)

あれだけ傍にいることを主張していたのだから、大人しく小屋にこもって薬ばかり作っているわけではないだろうとは予測していた。


一緒に戦う訓練をしようとスイから提案されたのは昨日のことだ。

「単独で鍛錬を積むのも良いが、いつか共闘するときに備えて訓練をしておいたほうがいい」


誰に対峙した時のことを想定しているのかは口にせずとも分かった。たとえ賭けに勝ったとしても、その後ナギがどういう行動に出るか分からない。さらにはナギがいる限り平穏な生活とは無縁であり、魔王を倒すには一人の力では敵わないということも自覚している。


だから本日ユーリはスイの提案を受けて一緒に魔物退治を行ったのだが、ナギはそれも気に食わないらしい。仲間外れが何を指しているのかは明白だった。


「好きにしろ」

断ったところでどうせ付いてくるに決まっている。そう思って告げると、拗ねたような表情から嬉しそうな表情に変わった。


「うん、ユーリは優しいね。もしもの時は僕が護ってあげるから頼りにしていいよ」

伸ばされた手が頬に触れそうになって、はねつけるがナギは笑みを浮かべたままだ。その笑みは無邪気な子供のようでもあり、何かを企んでいるようでもある。疑いだせば切りがないのは分かっているから、ユーリはナギの笑みが苦手だった。


(そろそろ潮時かもしれない)

このまま森に引きこもって1年間過ごすことも考えないわけではなかったが、魔物が活発化してきたのは恐らく魔王の復活が影響している。後見人であるクラウドへ手紙を書いたのは1ヶ月以上前のことで、そろそろ報告が必要な時期だった。

前世の記憶を打ち明けていないクラウドにどうやって説明するか悩んでいたが、結局は全てを打ち明けるしかないのだろう。


そう考えて手紙を送る算段をつけるユーリだったが、その決断が遅かったと後悔することになるとは思いもしなかった。



流石におかしいとユーリが気づいたのは小屋を出てから1時間近く経ってからだった。大型の魔物どころか小型の魔物一匹すら遭遇しないなど初めてだ。

「お前のせいで魔物が出てこないんじゃないか?」

「力を抑えているから感知されていないよ」

魔王の力を察して魔物が攻めてこないのではとユーリは考えたが、ナギはあっさりと否定した。


その言葉を鵜呑みにはしないが、魔王が原因でないのなら他の可能性も考えなくてはならない。魔物が身を潜める理由、彼らは何かを警戒しているのではないだろうか――。


「ユーリ、嫌な感じがする。これ以上進むのは止めたほうがいい。罠かもしれない」

スイの言葉にユーリは足を止めて考えた。もしこれが罠だとしたら相手は魔族か知能が高い魔物だろう。

いずれもまだ戦ったことがないが、それらに敵わないようでは魔王を傷付けることすら不可能だ。


(スイと私のレベルなら簡単に負けるとは思わないが、拙速に過ぎるか?)

どこまで通用するか試したい気持ちもあるが、ここで死んでは元も子もない。一旦引こうと判断してスイに声を掛ける前にナギが場違いなほど、明るい声で告げた。

「残念、少し遅かったみたいだ」


足元が揺れる感覚に地震かと錯覚しそうになったが、間をおかず地鳴りのような音と濃い魔力が森の奥から押し寄せる。

木々がなぎ倒されてその姿を目にした時、ナギの言葉に含められた意味を悟った。

か。確かにこれはスイと私で何とかできる相手ではないかもしれないな)


魔物の中では最上級ともいえるドラゴンと対峙して、そんなことを考える余裕があったのは、魔王の存在に慣れてしまったせいかもしれない。青藍色の鱗は濡れたように艶やかで美しいが、鋭利な爪や血走った瞳はしっかりと獲物であるユーリたちに向けられている。


(ドラゴンの鱗は刃を通さないほど頑丈、息吹を浴びれば恐らく即死、弱点は喉元の逆鱗と聞くが難関だな)

「スイ、狙いは逆鱗でいいか?」

「ああ、俺が引き付けよう」


ドラゴンから目を離さずに聞けば、ユーリの斜め前に立ったスイが短く答える。昨日は初めてにも関わらず、存外息があっていたのは前世の記憶のせいだろう。直接伝えてはいないが、スイのさりげないフォローのおかげで楽に戦うことができた。

それならばユーリは自分の最善を信じて戦えばいいだけだ。


「僕はどうしたらいい?君のためなら助けてあげるよ」

楽しそうなナギの声に構っている暇はない。頼めば対価をねだられるのは分かっているから、ユーリは黙ってスイに続くようにドラゴンへと向かっていった。


「まぁいいや。最初から僕に縋ってくるとは思っていないし、楽しみは取っておくものだよね」

呟く声は誰にも届かず、ナギは特等席で見物を決め込むことにした。

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