第4話 他人との距離
手紙を書き終えたユーリはそれを持って長の元へと向かった。集落はどこも似たような簡素な家だが、中心部にあるやや広めの建物に着くと、中年の女性に出迎えられて客間に向かう。そこには集落のまとめ役である老人が待っていた。
「ご苦労だった。話は一応聞いているが、状況を教えてくれ」
「生存者は子供が一人だけだった」
ユーリは事実だけを端的に伝えた。長が案内してきた女性に目配せをして席を外させると、補足するように言葉を重ねる。
「魔狼に襲われていた。4匹倒したけどそれ以上は分からない。生存者の保護を優先したから遺体は回収していない」
「幼い子供が犠牲にならなかったのがせめてもの救いだな。あの行商たちはもっと強く諫めておくべきだったが、今更というものだ」
街道から離れた集落まで荷を届けてくれる行商たちが、森にある貴重な薬草の存在を知ったらしい。森の奥まで行かなければ魔獣と遭遇する可能性は低いと踏んで、次の目的地へ迂回する形で森に向かった。長は危険だと忠告したものの、財政事情が芳しくないと言われてはそれ以上介入することが躊躇われた。それでも胸騒ぎがして修行のため集落に滞在しているユーリに声を掛けたのだ。
「いるはずのない魔物が森にいた。しばらくは単独で森に入らない方がいい」
森に入らなければ生活の糧を得ることは難しい。だがそうやって警告するほどの危険があるのだと伝えるユーリに長は重々しく頷いた。
女性でありながら祓魔士見習いというユーリは修行と称して魔獣退治を行っていた。当初は魔獣を刺激して集落が襲われたらという不安もあったが、幸いそんな状況に陥ることはなく、時折貴重な薬草や果実を採ってきてくれるため、それなりに良好な関係を築いている。もっとも人との関わりを苦手としているらしく、話し方もそっけなく最小限の接触しかない。
感情を見せないユーリは冷たい印象を受けるが、そうでないことは今では分かっていた。先ほども手伝いの女を怖がらせまいと余計な情報を口にしない気遣いを見せた。
古い知人からしばらく置いてくれと用件だけ告げられた手紙を受け取った時には、苦々しい思いを抱いたものだが、今や集落の人間と同じように大切な存在だと認識している。
不器用だが優しい少女に向ける長の目は優しい。
「これ、頼めるか」
「ああ、勿論だ」
ユーリが取り出した手紙を見て、長は表情を和らげて快諾する。長が飼っている鷹は元々クラウドが雛のころ一時保護していたらしい。生き物を育てるのが苦手だというので長が引き取ったが未だにクラウドには懐いているようで、伝書鳩のように手紙を託すことが可能だ。
もちろん近くの街に行けば少し時間はかかるが、配達スタッフが届けてくれるが確実にクラウドの手に届くようにするには最適な方法だと言える。
「ユーリ、ちょっと待って」
帰り道に声を掛けられて振り向くと、一人の女性が駆け寄ってきてユーリに包みを差し出した。
「行商の子供を助けてあげたって聞いたわ。そのお礼よ」
そういう女性は子供と血縁関係もない、少し顔見知りといった間柄のはずだ。礼を言うような義務はないのだから、ユーリが包みを受け取る理由もない。
そう言うと女性は困ったような笑みを見せた。
「じゃあ、これは魔獣を退治してくれたお礼よ。今日はこれを食べてゆっくり休んでね」
押し付けるように渡すと女性はさっさとユーリに背を向ける。
初めてのことではないので、ユーリは小さくお礼を言って小屋へと戻った。
武器の手入れと食事を済ませベッドに入ると、あっという間に意識が沈んでいく。
そしていつもの夢を見た。
魔王と呼ばれる存在に襲われ、信頼していた相手から殺される、幼い頃から繰り返し見る悪夢。
前世の記憶は曖昧になっている部分も多いが、自分の最期については夢のお陰で鮮明に覚えている。
どうしてと何度も思い、その怒りと苦しみをぶつける相手がいないことにやるせない気持ちばかりが募る。その痛みと苦しみから逃れるために過酷な訓練に耐え、日々鍛錬を続けているのかもしれない。
忘れればいい、そう思うこともあった。だけど記憶を手放せないように、ユーリはずっと抱えている予感を捨てることが出来なかった。
それは魔王が生きていて、いつか自分の前に現れること。
ユーリの中で決定事項となっていたが、前世の記憶と同様に誰にも話したことはない。頭がおかしいと思われるのが関の山だ。
だからユーリはただひたすらに力を求めた。二度とあんな風に命を落としたくはない。前世で覚えた聖女の力は今でも使えるが、それだけでは魔王に勝てないと断言できる。それならば攻撃に特化した祓魔術を身に付けようとユーリが考えたのは自然なことだった。
また周囲の目を気にせずに、力をつけることだけに専念することで、他人とは一定の距離を保つことにしていた。
目が覚めると心が締め付けられるような痛みは過去の物なのに、未だにユーリを捉えて離さない。
殺されることも裏切られることも二度とご免だった。
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