第3話 輪廻転生
気を失っている間にユーリは教会に隣接した孤児院に預けられることが決定していた。
(前世と同じ名前とは嫌な巡り合わせとしか思えないな)
運命を定められたかのような嫌な予感にユーリは意識を逸らす。
記憶の中の教会との違いを比較しつつ、状況を整理するために静かに過ごしていた。そんなユーリの元を訪れたのは神父のステファンだ。
穏やかで敬虔な女神の信徒であるステファンは、両親を亡くし無残な姿を目にしてしまった少女を哀れに思い、少しでも力になれればと面談を決めた。
ところが実際に会った少女、ユーリは怯えた様子はなく瞳には理性が宿り、大人びた雰囲気を醸し出している一方、どこか諦観した様子を見せている。
戸惑うステファンにユーリは更に困惑させることを言い出した。
「魔物と教会について教えてくれますか?」
子供の話し方ではないと思った。親を亡くしたばかりで取り乱さずに淡々と話すユーリの様子に違和感はあったが、その真剣な表情にステファンは少女の願いを叶えるべく語り始めた。
魔物との攻防が激化し最も過酷な時期と言われているのが、およそ60年前。実在が疑われていた魔王が姿を現し、多くの聖女や祓魔士が犠牲になったが、討伐には至らなかったという。ところがある時を境に魔物の侵攻が止まり、魔王も突如として姿を消した。
一説には魔王が不慮の事態により命を落としたのではないかと言われているが定かではない。もちろん魔物が完全にいなくなったわけではないので、教会も未だに慎重な対応を続けているが、聖女や祓魔士の育成は都市部の大きな教会のみで行われるようになった。
聖力保有者の出生率が低下したこと、効率化を優先したためだ。
ステファンが必要以上にユーリを子供扱いせず説明したことで、一旦信用することにしたユーリは自分についての情報を一部伝えることに決めた。
「神父様、私は聖力を持っています」
手を組んで心の裡で祈りを唱和すると、ふわりと柔らかい光が浮かぶ。
恐らくは前世と同程度の術を使えるのではないかと感じているが、ここで見せるのは余計な疑念と混乱を招く。そのため僅かな聖力を感知できるだけのものであったが、ステファンは驚きの表情を浮かべている。
「聖女の数は減少しておりますし、女神の思し召しでもあるのですが、魔物と遭遇する機会も増えるでしょう。しばらくはこのまま孤児院で暮らすこともできますが、ユーリはどうしたいですか?」
魔物に両親を殺されたユーリにとっては酷なことだと思ってくれたのだろう。ステファンの言動に好感を抱いたユーリは僅かに微笑んだ。
もう誰も守ってくれる人がいないと思っていたし、前世の裏切りはユーリの心に大きな傷跡を残していた。
「私は祓魔士になりたいです。聖女の守護する力よりも魔を滅ぼす祓魔術を、戦うための力が欲しいです」
ユーリの言葉にステファンは眉を下げて、分かりやすく困ったような表情に変わる。
「祓魔士は聖力だけでなく武力を鍛える必要があるんです。男女では生まれつき持っている筋力が異なりますから、努力だけでは難しいこともあるでしょう。それぞれの適正に合わせて役割が決められているのですよ」
諭すような言葉だが、ユーリは落ち着いた態度で返答した。
「それでも私は祓魔士を目指します。傭兵や兵士の訓練所などで下働きなどできないでしょうか?何でも構いません、何か伝手などありませんか?」
わずか5歳の子供がこんなに理路整然と話すことも、鍛錬を積むために仕事を望むことも異常だ。ステファンもユーリの態度にある疑念を抱いたが、それを口にだすことは憚られた。
輪廻転生、それは教会において認められない考え方だった。
『女神の恩寵により生まれ、死後は女神の国に迎えられる』という教典の一節がある。そのため「神の国に迎えられるために善行を積むべきだ」という考え方が、教会の見解であり、大衆にもそう認知されている。
だが別の考え方をする新教派と言われる勢力も存在し、彼らは「生まれ変わることで善行を積み、最終的に女神の元に召される」という主張を行っていた。
何故なら一度きりしかない人生では積める徳が限られている。また既に悪行を犯してしまった者には救いがなく、女神に許しを乞うことができない。それが慈悲深い女神も思し召しとは思えないと彼らは言うのだ。
死後の世界のことを確かめることは出来ず、議論は平行線をたどり両派の溝は深まるばかりだった。
もしもユーリが転生を果たした存在であったのならば、教会を根底から揺るがしかねない。ステファンの葛藤を見透かすように、ユーリは静かな声で言った。
「聖女では為しえないことを祓魔士としてやり遂げたいのです。神父様にご紹介いただけなくても明日にはここを去ろうと思っていますので、ご迷惑をお掛けいたしません」
淡々と話すユーリから強い決意が伝わってきて、ステファンも覚悟を決めた。どんな事情があるにせよ、目の前の少女の背負っているものの重さと覚悟は生半可なものではないと察したのだ。
「ユーリ、3日待ちなさい。貴女の意思は十分に分かりましたが、先方の都合もありますから」
琥珀色の瞳が懐疑的な色を帯びるが、ユーリは大人しく頷いた。
ユーリが退室してステファンは早速手紙を書くため、便箋に手を伸ばした。古い友人は変わり者と呼ばれているものの、あちこちに伝手があり彼に頼めばユーリの願いを叶えてあげることができるだろう。
友人にも教会にもユーリの過去については自分の胸に秘めておくことにする。教会に告げればユーリが危うい立場に立たされることは間違いない。聖女では成し遂げられないことが何なのかは分からないが、あの瞬間だけユーリは痛みをこらえるような表情に変わった。それがひどく痛々しくて手助けをしてやりたいと思った一番の理由だ。
達観したような態度と考え方から、ユーリが転生者であること、以前の記憶を持ち合わせていることを最早疑っていない。
それを話そうとしないのはステファンへの配慮だという気がした。祓魔士や聖女の役割を理解している様子から教会に縁があったことが窺えたし、聖女には出来ないと断言するあたり、彼女は元聖女だと考えて間違いない。
であればその考えが異端であり、歓迎されないことも熟知しているはずだ。
(思慮深くて、優しい子だ)
ステファンはユーリの先行きが少しでも明るいものとなるよう願わずにはいられなかった。
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