第7話 存在理由

「――で、何でいるんだ?」

聖力、体力ともに使い果たしたユーリがやっとの思いで小屋に戻ると、魔王とスイも当たり前のように付いてきた。


「賭けの期間、一緒にいないと結果が分からないでしょ?だから1年間、僕は君の傍にいるよ」

「誓約したんだから私が人を殺めれば分かるだろう」

何を馬鹿なことを、と一蹴するが強制的に追い払うには実力差があり過ぎる。

「そんなのつまらないし、君に興味が出てきたから一緒にいるよ」

にっこりと笑う魔王に、どうせ何か裏があると思っていたユーリはあっさりと諦めた。


「……で、お前は?」

スイに視線を向ければ、不貞腐れたような声でぼそりと呟く。

「俺はお前の下僕なんだろう?傍にいて守る義務がある」


「お前らどっちとも外だ。見ての通り小屋は狭い、邪魔だ」

疲れ果てて身体は休息を求めているのに、これでは休めない。苛立ちから雑な言葉づかいで外を指し示すが、魔王は予想外の行動を取った。首を傾げたかと思うと、一瞬で10歳前後の少年の姿に変わる。金色に輝く目も薄まってどちらかといえば琥珀のような淡い色合いへと変化した。

「これでいいでしょう。ユーリはもう休んでいいよ、人間は脆いからね」

子供らしい無邪気な笑みだが、どこか傲慢で残酷な響きを帯びている。


「――スイ、見張ってろ」

溜息をつきながらカーテンを引くと、ユーリは倒れ込むように寝床に潜り込んだ。

(寝首を掛かれたとしても、どうせもう体力の限界だ。一応誓約があるから問題ないはずだし、それにもいる……)

とっくに限界を超えていたユーリは横になると同時に眠りに落ちていった。



聞こえてきた寝息に安心しながらも、スイは目の前の魔王に対して警戒を緩めなかった。相手の実力が測れないほど無能ではないし、どれほど憎んでいたとしても敵わない相手に無策で挑むのは愚かな行為だ。だが万が一魔王がユーリの意に沿わない行動に出るのであれば、見過ごすわけにはいかない。


「鬱陶しいからあんまり見ないでくれる?手を出すなと言われたから見逃してあげているんだよ」

興味深そうに小屋の中を見回していた魔王が、面倒くさそうに言った。楽し気にユーリに話しかけていたものとは違い、抑揚がなく空虚ささえ感じる声だ。

唐突に提案された賭けの真意はどこにあるのか。ユーリの言葉に耳を傾け契約に組み込むほどの好条件も、怪しめば切りがないのも分かっている。

だからと言って目を離すわけにはいかない。


(今度こそ護り抜くと決めた)

『二度も殺されてたまるか』

その言葉でユーリが過去を覚えていることが分かったが、頭を殴られたような衝撃が走った。その際に受けた肩の傷から出血は止まっていたが、いまだに心臓からは見えない血が滴り落ちているような感覚がある。

最悪の事態を免れるために取った行動は感謝されるとまでは言わないが、許してもらえるものだと思い込んでいた。信頼していた相手に殺されたという事実は彼女にとって裏切りでしかなかったのだ。


魔王に魂を奪われれば永劫に苦しむことになる。躊躇ったのは一瞬で、彼女を守るためにはもうこれしかないのだと、苦しまないよう一息に心臓を貫いた。すぐに自分も後を追うつもりだったのに、魔王に阻まれてしまったのだ。

強制的に身体を変化させられる過程は激痛で指一本動かせず、自分の意思で身体を動かせるようになった時には人間ではなくなっていた。

女神が望まない存在になり果てたことで、死んでも女神の国へ向かうことは許されない。


絶望の中、スイを支えたのは邪道だと言われていた輪廻転生という考えだった。。転生に対して懐疑的ではあったが、それだけが生き延びる上での希望であり救いであった。

いつかユーリが生まれ変わるかもしれない。

そう信じる気になったのは、激痛に苛まれるスイの耳に届いた魔王の一言を思い出したからだ。

『彼女を手に入れるには少し時間がかかりそうだ』

既にスイに興味を失くしていた魔王は去り際にそう呟いていたのだ。


「それにしてもよく生きていたね。魔物に堕とされた人間は大抵狂うか死を選ぶのに」

感心したような口調の中に好奇心と悪意が感じられた。人間、魔物、どちらにも受け入れらず忌み嫌われる存在となっても正気を保った理由、生き恥を晒してでも生き延びた理由はどちらも同じだ。


「ユーリを護る、それが俺の存在理由だ」

二度と彼女を手に掛けるような真似はしたくない。ユーリを護り前世の分まで寿命を全うさせることが贖罪となる。たとえユーリにどれだけ憎まれていたとしても、それだけがスイにできる唯一の償いだ。

いつか彼女に会えるかもしれない、そう願って人から忌み嫌われながら心まで魔物に堕ちることなく、息をひそめて生きていた。

今度こそ守れるようにと護るための力を身に付け、ようやく巡り合えた大切な存在。



「ふうん、まあいいや。最低限の躾が出来ているみたいだしね。でも、僕のものに手を出したら消すよ?」

感情の混じらない瞳でさらりと告げられる内容に身構えるが、魔王はすぐに興味を失ったように手元の壜を弄んでいる。殺そうと思えばすぐに殺せる、そんな風に考えられていることが悔しくもあるが純然たる事実であった。


ユーリを護るためには力が足りない。監視を続けながらもスイが力を得るための方法を模索している中、夜は静かに更けていった。

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