第32話 祭り7
「ふむ……」
迷宮四百二十層。俺は今緊急事態のため部分的な身体強化を解禁して眼下に湧き出る大量のゴブリンを全てスルーしながら五百階層へと向かっている。
まあ解禁したとは言えこの狭い迷宮の中では本気で動くと壁にめり込むので強化倍率は二倍程度に抑えているが。
それでも壁や天井などを縦横無尽に足場にして駆けなければ壁に激突してしまうので仕方なくこのような方法を取っているが、中々に視点変更が凄まじいことになっている。
しかしこれが現時点で最も速く、そして速度を維持できる方法なため止めるわけにもいかない。全く、迷宮がこんなにも狭いとはな。
それにしても……
「あああああ!し、死ぬーー⁉うわああぁぁぁあ⁉殺されるぅぅうう!」
「やれやれ。少しは静かに出来ないものか」
「うるせぇ!こちとらさっきからお前のせいで死にかけまくってんだよ!一体どれだけ寿命が縮まったと思ってやがる!」
「ふむ、まだまだ元気が余っているじゃないか。もう少し早くしても大丈夫そうだな」
「すみません許してください調子に乗りましたこれ以上は勘弁してください」
「だが着くのは早ければ早い程いいはずだろう?」
「これ以上の風圧は俺の体が耐えられないんだよ‼幾ら魔道具で軽減しようとも限度ってもんがあるに決まってんだろ‼どんだけ速度を出してるんだよ⁉」
脇でギャアギャアと騒ぎ立てているソーマを横目に身につけられている指輪に目をやる。何やらあの爺さんがお守りといってソーマに渡していたが、どうやら風圧や移動の時にかかる重力などの負荷を軽減してくれる魔道具だったか。
俺としては久々に発動する身体強化だったためそこまでは考慮に入れていなかったが、結果として救われた形になったな。もしなかったら危うく人殺しになるところだったぞ。ソーマを見る限りあながち冗談で言っている訳でもないのは、何度か血反吐を吐き散らしていたのを見た事から確認出来る。恐らく移動の際による重力により内蔵にダメージを受けているんだろう。
まさか移動しただけでこうも負荷がかかっていたなどとは思っていなかったから、ここで気づけて良かった。
どれほどの軽減率なのかは流石にわからないが、素の二倍ほどの身体能力に匹敵している今の俺の出している速度から察するに、性能は相当に高いとは思うが………む?
「出発から十分でようやく半分まで来たか」
出発から都合五度ほどになるボス部屋と思しき広い部屋。迷宮異変によって何故か十階層事に立ち塞がる筈のボスが居なくなり、代わりに大量のゴブリンが現れる。
一般探索者ならばどちらが相手でもそれ相応の時間をかけねば倒しきることは出来ず、無駄に時間と労力をかけてしまうだろう。
しかし俺は強化した足で地を蹴り大きく跳躍することで、ゴブリンたちの頭上を通ってスルーすることができ、そのまま大部屋一つを丸々ショートカットしているためスムーズに進むことが出来ている。
当初は早くても三十分はかかると思っていたが、僅か十分ほどで半分まで着いた事から思いの外もう少し早く辿り着くことが出来るかもしれんな。
「十分で半分!?いやいや、いくら何でも早すぎるだろ!」
「このペースで行けばあと残り十分程で着くと思うから、そろそろ準備をしとくんだな」
「抱えられてる状態で準備もクソもあるか!というかやっぱり人が死ぬ程の速さで走ってるんじゃねぇか、クソったれ……」
「まあ、それについては申し訳なく思うが、何分緊急事態故、しばらく我慢するんだな」
「回復薬と俺の体が持つといいんだが……」
そう力なく言葉を零すソーマを尻目に、俺は森から出た時に念のためと取ってきてあった当初より分量の減ったエリクサーを見ながら、最悪死にそうになったら使ってやればいいと思い先を急ぐのだった。
◆sideウル
「おうおうおう、急げ急げ!早くいかねえと間に合わなくなっちまうぞ!」
「これでも…はぁ、急いでっ…るんだけどっ!魔力が減少して、気持ち悪いってのに!」
「少し遊び過ぎましたね。これを機に少しは長く迷宮に潜るときの場合を考えてみてはいかがでしょうか?まぁ、かくいう僕も少し倦怠感のようなものを感じているので余り強くは言えませんが」
「かあ~、お前らそんな体たらくでこの後の戦闘についてこれるのかよ?全く、足引っ張るのだけは止めてくれよ?」
「ん、同感」
「誰に物を言ってんのよあんたたち!これぐらいで舐めんじゃないわよ!」
迷宮五百五十層にて―――
私たちは五百層からの緊急時の知らせを受け、来た道を引き返し転移部屋へと一直線に向かって向かってくるゴブリンを極力無視しながら走っていた。
「いや~遂に姿を現しやがったんだな~。早く戦いたくて武者震いがとまらねぇぜ!」
「全く、これだから戦闘狂は……まだそうと決まったわけじゃないのよ?」
「そんなのありえねぇだろ。新人の深層探索者がいるとはいえ、他のベテラン共に手厚いカバーされてんだ。そうやすやすと危機的状況に陥ることなんてないし、そんな状況に陥ったってことは今回の迷宮異変の元凶しかいねえだろ。しかも見つけた時の連絡魔道具は別に持たされているとはいえ緊急用を使ったってことはつえぇってことだ」
「はいはい、油断しないでいきましょうね」
「ん、頑張る」
「いや、あんたに言ったわけじゃないわよ」
五百層を超え探索を続けていた私たちだが、手っ取り早く迷宮異変を終わらす意味合いもあったとはいえ十層づつの転移による捜索は穴があったのだろう。恐らく転移によってすれ違ってしまったと思われる。
戦士風の男が言うように、本来なら元凶を見つけ出したとき用の魔道具は別にある。それなのに緊急用の魔道具を使ったということはそれだけ元凶が強いということ。
ということは師匠が伝授してくれた技を思う存分試せるかもしれない。そして殺傷力が高すぎて使ってなかった私なりのアレンジした技も試せるかもしれない。
連絡をくれた人たちには申し訳なく思うがそんなワクワクとした気持ちを抑えきれず無意識に尻尾が揺れ、思わず私に向かって言われたわけじゃないのに返事をしてしまった。
「あ、そろそろ部屋が見えてきましたよ!」
「おおっ、やっとか!そんじゃあ安全に転移するためにも障壁頼むぜ」
「はいはいっと。」
「ん……」
ボス部屋と呼ばれるだだっ広い部屋の隅にある転移部屋へと駆け込み、入り口を障壁によって封鎖し背後から迫って来ていたゴブリンを入れなくさせる。
そうして安全を確保し、私たちは行きたい階層を五百階層に設定して壁に書かれている魔法陣を起動した。
すると私たちの足元の魔法陣が光り出し、ふいに体が浮遊感を訴え、気が付くと目の前の光景が先ほどまでのものとは別の光景へと瞬時に変わっていた。
あまり違いはないものの取り敢えず五百階層へと転移したことが分かったので、早速転移部屋を出る。
「「「なっ……⁉」」」
「……これは」
そこで私たちが見たものは恐らく先に到着したであろう大勢の探索者たちの地に倒れ伏した姿を背景に、全身を返り討ちにした者の血で染めたであろう赤黒い体表を持ち、新たにやってきた私たちに向けてニタニタと醜悪な笑顔を浮かべた巨大なゴブリンが居た。
その余りの光景に一同は呆然としながらもいち早く我に返った私は目の前の事態に対して適切な対処を下すため声を張り上げた。
「神官は周りの倒れている人たちを診てあげて!魔法使いはその人の護衛!戦士は私と一緒にあいつを足止め、ないしは仕留める!返事!」
「お、おう? 分かったぜ!」
「了解しました。というかウルさん僕たちの名前覚えてなかったんですね……」
「……取り敢えず言いたいことはあるけど分かったわ。今は言われたとおりに行動するわ」
一瞬戸惑いながらも私の指示通りに彼らは動く。神官と魔法使いは近くに居た未だに倒れている探索者に向かって走り、戦士は私の隣へと油断なく移動する。
その様子を相変わらずの醜悪な笑顔でニタニタとこちらを見ながらも一切動く気配を見せない。
その事を少し不気味に思い、顔を顰める。
「おい、何か作戦でもあるのかよ?アイツは見る限り相当な化け物だぞ。舐めてかかれる相手じゃ断じてないぜ」
「……確かに、ここまでのヤツが出てくるのは予想外。でも、四人揃えばまだ勝機はある。だから私たちは彼らが戻って来るまでに少しでも相手の引き出しを出させる」
「まあ、無難だな。分かった。それで、どう動く?」
「私が囮と牽制を同時に担うから、戦士はその隙に一撃叩き込んで。」
「了解。てかパーティ組む時に名前教えたろうが。まさか、もう忘れちまったのか?」
「……気にしたら負け。それじゃ、そろそろ行く」
「いや、それもう間接的に忘れたって言ってるもんじゃ……」
戦士が何か言っていたがそれを無視して私は目の前の巨大なゴブリンに空気弾を放った。
しかし――――、
「ガ?」
パンッと、
無造作に振り払った手で呆気なく私の空気弾はかき消されてしまった。
「……認識、してる?」
見た目は無色透明で酷く視認しずらい上に、まだ師匠程ではないにせよそれなりの速度で投げてるのに。それを、認識……?
「……魔力」
そういえばこの技には魔力を感知出来るやつには余り有効打にはならないって師匠は言ってたっけ。魔力の揺らぎを視認して対処してくるからって。
確かにこの技の弱点の一つではあるけど、師匠が感知しても避けれない速度かつノーモーションで投げるとかいう出鱈目な事を平然としていた事から、今の今まで忘れていた。
「ギィィイ?」
今のを防がれた事による私の間抜けな面を見たのか、「もう終わりか?」とでも言うように赤黒いゴブリンはこちらに向かって嘲笑した笑みを浮かべて来る。
(舐められてる)
明確に何か言葉を言われたわけじゃないけど、今の態度からみて明らかにこちらを舐めている。
”取るに足らない相手”
と、言外にそう思われている。
「……上等」
私は腰に差してある刀を抜き、正面に構える。それと同時に倍率を一・八倍に抑えた身体強化を発動し、斬りかかった。
「ガ」
すると赤黒いゴブリンは何かを発し、目の前に透明な障壁を出現させた。
「魔法!?」
杖も何も持ってないからてっきり近接主体だと思っていた事により、ガキンッと音を立てて斬撃は防がれてしまった。
「ガ」
そして今度はこちらを指さし、火属性の魔法と火と水の複合属性、氷属性の魔法で作った槍を放ってきた。
「甘い!」
それをとっさに身を捩ることで回避し、強化した身体で蹴りを叩き込んでから離脱する。当然の如く張られた障壁によって防がれてしまうものの、薄くだが罅が入ったのを確認した。
(硬い。けど破れない程じゃなさそう)
割と力を入れてやったけどそれでもまだ余力は残している。もう少し強化倍率を上げつつ、どれくらいの範囲までカバーできるのかも確かめるべきだろう。
そう思い、強化倍率を二・二倍まで引き上げ光魔法で更にバフをかけてから再度切りかかる。同時にゴブリンの頭上と左右にそれぞれ火・水・風と、各属性の上級の魔法を無詠唱で展開させる。
「⁉ガ!」
すると少し焦った様子で前方とそれぞれ迫り来る魔法に向けて障壁を展開させ、身を縮めてガードした。
「ッ!」
手数を多くして攻撃したものの、ガギンッッ!!と、さっきよりも障壁が硬くなっていることを示す鈍い音がなり、先程よりも強化してるのに元通りになっていた障壁に再度罅が入るだけでそれ以上は壊れそうな気配はない。
(……けど)
他三つの魔法が直撃したのか赤黒い体表に所々怪我を負っていた。そのことから推測するに、恐らく複数枚障壁は貼れるがどこか一転に力を集中させるとその分他の障壁は脆く壊れやすくなるのだろう。
もちろん壊れやすくなったとはいえ威力はしっかり減退されており、上級の魔法でも多少の傷しかつけられず、それすらも数秒後には障壁と一緒に元通りになってしまっていた。どうやら多少の傷なら再生する特性もあるようだ。
「グガッ!!」
私が障壁の弱点に気付いたからか今度は先程とは比べ物にならない量の属性槍を展開し、一切近寄らせないとばかりに一斉に放って来た。
「シッ!!」
それを私は避けながら再度攻撃を叩き込むべくゴブリンに近付いてく。どうしても避けきれない時は魔法で相殺したり刀で切り伏せながら凌ぐ。
そうして怒涛の攻撃をやり過ごし、私は三度目の接近を果たす。
「⁉」
私が魔法の嵐を掻い潜って己の懐に潜り込んだことに動揺したのか、こちらの姿を視認した瞬間に策も何もないかのように私に目掛けてすぐさま拳を叩き込んできた。
それは今の強化した私にも迫るほどの速度であったが、ただの力任せが通用する程私は甘はくない。
「りゃ!」
迫り来る拳を見極め直前にジャンプし、そのまま赤黒いゴブリンの腕に着地して一足で顔まで駆ける。
そして私はゴブリンの眼前にて光魔法を放ち、目を眩ませたその隙に頭上へと跳躍しながら刀を両手で握りしめ直し頭から一刀両断するように振り下ろした。
「ギイィ!」
しかし寸前でより強固となった障壁にて攻撃は阻まれ、ビキビキと罅を立てながらも耐えられてしまった。
まだ目が見えていないだろうに、気配と魔力感知による迅速な対応に眉を顰め思わず溜息が出そうになる。けれど―――—
「見せたね?……隙」
「ガアァァアアァ⁉」
ゴブリンが初めて悲鳴を上げる。
それを為したのは今までゴブリンの隙を伺って身を潜めていた戦士の男だった。
「っ、硬ってぇな⁉」
「ガアアァァア‼」
「おっと、あぶねぇあぶねぇ」
背後から強襲し背中に大きな裂傷後を刻んだものの、その命を絶つことは叶わなっかったらしい。そのままゴブリンは強襲された時に位置を正確に把握していたのか、迷いなく拳を振りぬいてきたため戦士の男は無難に回避する。
その間隙を突くようにそのまま私は追撃をしようとしたが、それに感づいたのかバックステップで距離を取られてしまった。
「どう? 手ごたえは」
「悪くはないが良くもない。ったく、完璧に隙をついたと思ったんだがな……。どうやら直前に気づかれたらしく、野郎咄嗟に障壁を貼りやがった。流石に強度はそれほどじゃなかったから切り裂くことは出来たが、威力は減退されたし、そもそも野郎自体が硬ぇ。一撃で仕留めきれなかった」
「そう。じゃあ今度は私がやる?」
「総合的には兎も角、攻撃力に関しちゃ俺と同等だろお前。大して変わんねぇよ。それよか、野郎もどうやら復活したみたいだぞ」
どうやら話している最中に相手は回復したようだ。意図して時間を作りこちらの情報交換と相手の回復経過を観察していたけど、様子を見るに勝機はありそうだ。
「かーー、アレ食らってもまだ傷を負っただけとかタフすぎんだろ」
と、戦士の男は身の丈程の巨大な斧を肩に担ぎながら面倒くさそうに言い捨てる。
確かに彼が放ったアレ、つまり彼の固有スキルである”怪力”を使用した状態で身体強化をし、背後から強襲して攻撃スキルを叩き付けるという脳筋戦法。シンプルだがその過剰なまでの超火力でもって大概の相手を文字通りミンチにする程の威力を誇る。
それでもなお仕留めきれず背中に大きな傷を負っただけで生きていた上に、今やその傷跡すら回復したのか背中から流れ出て足元にぽたぽたと垂れていた血が止まっていることから、あの赤黒いゴブリンは恐ろしい程の耐久力と言えるだろう。
「けどダメージは通ってるから何度もやったら倒せそうだし、意外と彼女たちが帰ってくるまでに終わらせれるかも。」
「そりゃそうだろうが、そう何度も野郎は喰らってくれそうもねぇぞ?」
「……ガァ」
先ほどの不意打ちによる思わぬ負傷に警戒したのか、舐めた態度からは一転してこちらを油断なく見るようになっていた。
その様子からこのゴブリンは高い知性を持ち合わせているのが伺える。さっきのような不意打ちはもう通用しないと見て良いだろう。
頑丈な障壁を瞬時に展開してこちらの攻撃を防ぎ、様々な属性を操る魔法の才能に物を言わせて障壁内からの一方的な物量押し。かと言って近接も不得手というわけでもなく、それに加えて耐久力や反射速度もこちらが想定していたものよりもずっと高い。その上不利になったら一旦下がって態勢を整えるといった知性の高さも持ち合わせている。先程はこちらを舐めていたこともあって一撃を与えることが出来ていたが、そのアドバンテージもなくなってしまっていた。状況は最初より悪化している。
厄介だ。
実に厄介極まりない相手である。
だが、
「……フフッ」
そんな事態に陥ってもなお、私は笑っていた。いや、思わず笑みがこぼれ出てしまったと言う方が正しいか。
さっきまで私に向けていた舐めた態度を翻して、今は何処か怯えて見えるほどのこちらへの警戒ぶりを晒している。そのことに対して「一矢報いてやった」と、無邪気な子供の様に内心の嬉しさがにじみ出てしまっていた。
その私の笑みに隣にいる戦士の男と相対している赤黒いゴブリンが訝し気にこちらを見て来る。
「……何だ?何かいいことでも思いついたか?」
「んーん、何でもない。ただ……」
正面を見据え、改めてゴブリンの方へと顔を向ける。その不愉快気な表情を確認し私は笑みを強めるも、まだまだ物足りなさを感じていた。
足りない。ならばやるしかない。
そう、心構えをもつ
一度やると決めたらとことん私はやり通すのだ。それがどれだけ達成が困難なことでも。
「少し、楽しくなってきただけ」
私の執念深さを見せつけてやる。
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