第38話 別の側面
「……まさか久しぶりに疲れたと思う事になるとは」
迷宮から産出した新しい刀の試し切りをした後に、ウルの余計な言葉のせいで何故か俺まで模擬戦をする羽目になった。
そこまでは良かったのだが、如何せん二人とも負けず嫌いだったために、何度も再戦を申し込まれた。というか強制された。
しかしこれも良い対人経験になると割り切り仕方無く付き合っていると、途中から他の護衛の訓練をしていた人達が集まり、ウル達と一緒に模擬戦に参加して来た為ちょっとしたお祭り騒ぎになってしまった。
仕舞いには騒ぎを聞き付けた領主によって集まりは解散したものの、お小言を貰う羽目になった。
精々一、二回やったら終わりかと思っていた二日前の俺を爆散させたい。お陰で肉体的には疲れてないのに精神的に疲れて一日中何も行動を起こす気になれなかった。
「今の俺ならばもう二度と味わう事は無いと思ってたんだがな。お陰で暫くは模擬戦はお腹いっぱいだ……」
そんな思いと共に今朝に精神が復活した俺は今日の金銭のために組合にて依頼を物色していると、とある雑談が耳に入ってきた。
「そう言えば聞いたか?前に手っ取り早く強くなる為に身の丈に合わない階層に頻繁に潜ってたやつのことを」
「ん?ああ、あいつか。そう言えばココ最近見掛けてないな。もしかして迷宮に呑まれちまったか?」
「ああ、どうやらそうらしい。少し前に迷宮内で成れの果てを見かけた奴が居たらしくて、そのまま介錯してやったんだとよ」
「全く、嘆かわしいなぁ。地道に攻略して行けばそんな事にはならないって、結構前に証明されてるってのに」
「それでも未だに跡が絶たないってんだから何かしら急を要する理由があったんだろうさ。まあ、実際適応出来れば短期間で強くはなれるらしいけどよ」
「リスクがデカすぎるだろ。失敗したらそのまま迷宮に呑まれるんだからよ」
「だな。あー、もっとリスクなく強くなれる方法無いかなぁ」
「あったら皆やってるだろ。ほら、丁度他の奴らが来たんだから諦めてさっさと地道に迷宮潜るぞ」
「ままならねぇなぁ……」
気になる雑談を話していた男達はそのまま新たに来たパーティと思しき人達と一緒にその場から去っていった。
迷宮に呑まれる?強くなれる?一体何のことを指しているのだろうか。言わんとしていることは分からないでもないが……。
「気にはなるが……まぁ、今は別にどうでもいいか」
その内気が向いたらガイにでも直接聞けばいいだろう。もっとも、探索者を鍛える件で暫くは会いに行こうとは思わないし、あっちもあっちで忙しいから会う機会はそうそう訪れないだろう。仮に訪れてもその時まで覚えているかは分からないがな。
「さて、行くか」
そう思って俺もめぼしい依頼を見付けて受付を済ませた後、昨日の分を取り返すために迷宮へと潜った。
◆
「……そう思ってた時期が俺にもあったな」
「急にどうした?」
「いや、何でもない」
まさか昨日の今日でここに呼び出されるとは思いもしなかった。いくら何でも早すぎやしないか?俺が勝手に忙しいと想像してただけで組合のマスターは案外暇なのか?
それともアレか、これが俗に言うフラグ回収と言う奴か?それとも即落ち二コマと呼ばれる奴か?
……どっちにしろロクでも無い事には変わらなかったがな。体験してみてそれがよく分かった。
「変な奴だな……。それで、話を戻すが一昨日話した件についてなんだが予定を繰り上げして一週間後に行う予定だ。本来ならもう少し教える側の方を増やしたかったんだがな」
「繰り上げとは何かあったのか?」
「ああ。最近迷宮に呑まれちまった奴が出ちまったもんでな。昔に比べたら総数は減ってるんだが、それでも毎年数多くの探索者が呑まれちまってるんだ」
「昨日も組合内で耳にしたが、その『迷宮に呑まれる』ってどういう事だ?」
「ん、知らないか?まあ文字通りの事なんだが、そうさな……」
そしてガイは詳細を話してくれた。
曰く、迷宮に潜ると中に充満している魔力によって何もしていなくても、無意識に迷宮の魔力を吸収し、それに伴い自身の魔力総量が上がって強くなれると。
勿論、普通の魔物を倒す時も位階と共に上がるが、迷宮内では更に吸収率が上がるらしい。そしてそれは魔物の強さや階層の深さによって変わる為、強敵であればあるほど、また深ければ深いほど迷宮内に漂う魔力の濃度は濃くなり、より強くなれるんだとか。
しかしそれに伴うデメリットとして自身の許容限界量を超過して迷宮内に居続けたり、深い階層に潜ったりなんかしたら迷宮内に漂っている魔力によって徐々に正気を失い、終いには身体が過剰な魔力によって変異した化け物に成り果てるらしい。
その事を探索者達の間では隠喩として迷宮に呑まれたと言われ、その元探索者の事を成れの果てと呼称している。
一度そうなってしまったらもう元に戻す
昔はそんな事は分からなかったためとんでもない数の被害者が出たらしいが、今ではこうして原因が解明され、組合でも定期的に注意喚起しているため滅多に被害は出なくなったみたいだが。
「まあ、滅多に出なくなっただけで今も一定数は身の丈を考えずに無茶をやらかして、結局は成れ果てる奴らも居るんだがな。お前も来た当初は要警戒対象だったんだぞ?一気に百階層まで踏破するんだからな。当人が全く変貌する様子が無かったからそんな話は無くなったが」
「初耳だな。しかし、そうか。そんな危険が迷宮にあったとは。俺には特になんともなかったんだがな……」
「そりゃ、お前さんが化け物地味た強さを持ってるからだろうが。探索者登録して一日で百階層まで踏破し、容易く三百階層を一人で攻略して速攻で深層の探索者になり、更には聞いた話じゃ他の奴らが太刀打ち出来なかった最近の迷宮異変の元凶を一人でボコボコにしたそうじゃないか。そんな奴が百階層や三百階層程度の迷宮の魔力にやられる訳がねぇだろ」
「そんなものか」
「そんなもんだ。っと、話は逸れたがそういう訳でこれ以上また被害者が出る前に予定が繰上げされたって事だ。詳しくは一週間後にここの組合で集合した時に話されるから、サボらず来てくれよ」
「未だに納得していないが、そういうことなら仕方ない。その代わり報酬は弾んでくれ」
「当たり前だ。貴重な深層の探索者を扱き使うんだからな。きちんと用意させとくさ。それと教える側は早めの集合だから遅れるなよ?それじゃ、また一週間後会おうぜ」
「分かった」
人に物を教えれる様な立場でも技術も無いが、まあ自分なりに精一杯やるとするか。
そうして俺はその場を後にし、迫る一週間後に向けて何を教えるのかを考えるのだった。
◆
あれから早くも一週間が経ち、集合時間に送れないように早めに起床し、軽く身支度を済ませてから宿を出て深層の組合へと足を運ぶ。
「む」
「あ、来た」
着いて早々、いの一番に俺の元へと駆け付けてきたのは自称弟子のウルだった。どうやらサボらずにきちんと来ていたらしい。
「今日は楽しみにしてるから」
「自分の担当分を終わらせてからだからな?早く終わらせようとして手を抜くなよ」
「心外。私はそんなことしない。ついていけなかった奴らが悪いから無実になるはず」
「そんなわけあるか…」
ムフー、と何故か自信満々で自分は間違ってないかのような振る舞いに、俺は呆れ果てた。
相変わらず自分勝手な奴だな………。
そうしてため息をついた後、他の知り合いが居ないものかとウルと一緒に少し散策していたら横から声を掛けられた。
「おう真斗や、それにウル坊も久しぶりじゃのう」
「お久しぶりです、お二人共」
「ドールにロム、お前達も来ていたのか」
そこに居たのはドワーフのドールと<旅立ちの朝>のメンバーの一人、ロム・シレタの二人であった。
「坊呼びするな」
「そうカッカするでないウル坊。それにしても風の噂で以前よりも丸くなったと聞いておったが、存外、まだまだ尖っておるのぉ」
「これでも丸くなりましたよ。以前ならばそもそもこんな催し物にも参加なんてしなかったでしょうし」
「なるほど、確かにそう考えると少しはマシになったのかのう。これも師匠である真斗のお陰じゃな。この調子で真珠のようにどんどん丸まって欲しいところじゃわい」
「ですね」
そうして二人してしみじみと頷いている様子から見るに、俺と会う前は今よりももっと酷い有様だったのだろうか。
今も二人のことを黙らせる為にノックアウトしようとするウルのことを、腕を掴んで動きを止めさせながらそんな風に俺は思った。
それに対し不満そうにウルから唸り声を上げて睨み付けられるが、そんなものは俺の知ったこっちゃない。
「厶〜〜」
「ここで暴れようとするんじゃない、暴れ狐が……。そういえば、ロム以外の奴らは来ていないのか?周りを見ても姿が見えないんだが……」
「ああ、今は僕以外のパーティーメンバーは全員ちょっと用事で別の所に居るので、良ければ後で挨拶してもらえたら幸いです。きっとアイツらも喜びますよ」
「そうか。後で会ったらそうするとしよう。ところで、今回の迷宮異変には参加しなかったみたいだな?てっきりお前たちは参加するものと思っていたぞ」
「あー、その事ですか。それなんですが、残念ながらそもそも迷宮異変の祭りにすら参加できなかったんですよね。何分、レギィの奴が近々迷宮異変があるってことを忘れてたみたいでちょっと遠くの方までの護衛を依頼で受けてたらしく、その尻拭いをしなければならなかったんですよ。そして帰ってきたのもほんの二日前でして、そこからまた今日の事で色々有りまして……はぁ」
そう溜息をついて肩を落ち込ませどんよりとした空気を醸し出し始めた。どうやら彼も彼で色々あったみたいだ。
「それは、ご愁傷さまだな……」
「ほぉ~そんな事情があったとは」
「どんまい」
「あはは……まあ、僕たちの事は良いとして。道影さんもここに居るってことは指導者側って事で良いんですよね?」
「そうだな。しかしある程度の内容は考えてきたものの、それが他の探索者達のためになるかどうかは正直言って分からん。未だに俺自身、誰かに物を教えることが向いているとは思えないからな」
「そうですか?その割にはウルさん、前よりかなり強くなってると思うんですが……」
「そうじゃのう。少し見ない間に明らかに強くなっていたわい。倒せはしなかったものの、ジェノサイドゴブリンと一対一で戦えていたしのう。前々から他の探索者と比べて頭一つ抜けていると思っとったが、更に拍車がかかっている気がするわい」
「いや、コイツはどう考えても例外だろう?比較にならん」
「そう、私が凄いだけ。直にお前達のことも置き去りにする予定。精々その時を怯え震えて待つがいい」
「ガッハッハッ!相変わらず酷い言い草じゃのう!是非ともその時が来るのを楽しみにしておるぞ。じゃが、早々に抜かされる程儂は耄碌はしとらんからな?」
「僕は個人ではなくパーティでここまで来たので何とも言えないんですが………っと、そろそろ始まるみたいですよ」
「む」
どうやら随分と話し込んでしまっていたのか、組合のマスターであるガイが姿を現した。そして俺たち含めた他の探索者達に集合するよう呼び掛けがかかった。
そして俺たち含め他の探索者達もゾロゾロとガイの元へと集まり、ざっと見て大体三十人位集まった所でこの後の事を話し始めた。
「今日は俺の頼みの為に忙しい中集まってくれたことに感謝する。それで早速だがお前達には今日から一ヶ月~最長で二ヶ月の間、一人あたり大体三十人くらいの訓練希望者の指導を担当して貰いたい。既に人員の振り分けはこちらで終わらせてあるので、後で名前を呼ばれたものから指定の場所に向かってもらう」
一ヶ月、または最長で二ヶ月か……。
精々一週間かそこらで終わるものかと思っていたが、予想以上に期間が長いな。
まあ今思えば人を鍛えるとなった以上、そんな短い期間の間で成長出来るとは到底思えなかったからな。妥当な長さと言えよう。
「次に報酬についてだが、一人あたり最低でも三千万レナーが支払われる。お前たち深層の探索者の拘束期間に対して少ない額だと思うかもしれないが、これはあくまでも一ヶ月の指導に対する報酬だ。まあ、拘束とは名ばかりの割と自由な立場に指導者側を位置づけてるからこその報酬の低さだがな。勿論、最長の二ヶ月までやってくれるなら報酬は更に上がるし、最終的に訓練生の成長に繋がるのならば迷宮探索もしてそこで普段通り稼いでもいい。どう教えるのかは指導者側にある程度任せている上に迷宮内での指導も特に縛ることは無い」
成程、報酬の低さに見合った指導者側の自由度を確保することである程度の不満を絶ち、期間を長くすることで報酬も更に増やせると。
しかも訓練生の成長が出来るならば指導目的に普段通り迷宮に潜って稼いでも良いと来た。
最初は向いてない上に面倒くさいと思っていたが、この条件ならば最長の二ヶ月まで勤めても良いかもしれないな。特に急いで迷宮を攻略する必要性もないし、ここらで一休みでもするか。
「そして今回の事はこの迷宮都市の領主であるロナード様も手を貸して下さっている。場所の提供も報酬の支払いもあちらで既に用意されているから特に心配する必要は無い。……以上が今回の条件だ。何か質問がある奴は居るか?無ければ早速始めたいと思うが………」
「あー、ちょっといいか?」
「ん?何だ?」
「指導者側にある程度の自由が確保されているのは理解した。けどこんな催し物をやる以上は何かしら目標みたいなものがあると思うんだが、具体的な内容があるなら教えてくれねぇか?後は何かしらの決まり事もあるんならそっちも教えてくれ」
「あー、そうだな。伝え忘れていたがこちらの目標としては最低でも一人で百層の迷宮攻略が出来る実力の確保に、出来ることなら登竜門とされる三百層の自力踏破まで行って欲しいところだな。決まり事としては当たり前だが訓練生を死なせない事だ。今後のために鍛えようってのに、それじゃ意味ないからな。ああ、勝手に抜けていくだけならばこちらからは何も言わんから安心していい。勿論、わざと抜けさせるように仕向けて人数を減らして楽しようとしたらペナルティが与えられる。具体的にはきちんと一ヶ月務めてもらった上での、報酬金無しのただ働きとか……な?」
「……」
などと、誰かさんに対して言い含めるようにわざわざ目線でも念押しされたら、流石のコイツも妙な事は考えないだろう。まあ、目に見えて不満そうな顔はしているが。
「他には何か質問のあるやつは居るか?………特に居ないみたいだな。それじゃあ早速始めるぞ。先ずはお前は────」
こうして俺は少しの間迷宮攻略を休み、訓練生の指導という名の束の間の休暇を堪能するのだった。
「───次、真斗。お前は迷宮の三百階層に行け」
「……は?」
まだ見ぬ景色を見るために。 ミルク屋の流星 @djgact50mv94tp
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