第37話 キレ味の良さ
領主の護衛の人、ミラというエルフの女性に案内されて向かった先は小さな体育館並の広さを持った修練場だった。
どうやらここで領主の護衛を鍛える為か、あちこちから教官らしき人達の怒声が飛び交っている。
よほど厳しい訓練なのか、端っこの方にある試し切り用の場所に着くまでにそこらじゅうに人が呻き声を上げながら倒れ伏していた。
「すみませんね、お客人に無様な姿をお見せしてしまって。どうも鍛錬が足りていないようです。これはまた一から腑抜けた指導をしている者も含めて全員地獄を見せて鍛え直しですかね……」
どうやらこの惨状が護衛の人は気に入らないのか何やら物騒な事を言っており、それが聞こえたのか回りの鍛練していた人たちが震え上がっていた。
チラリと目を向けてみるとさっきまで怒鳴っていた教官らしき人を含めて一様に顔を青ざめさせている。中には泡を吐いて気絶した者も居た。一体どんな鍛練をしているのか気になるところだが、一先ずは目先の事を済ませてしまおう。
「さて、こちらの丸太が試し切り用の物です。大森林近くの木から伐採したものでして、その硬度は申し分の無いものとなっております。因みに試し斬りされた木は冬に使う薪にも使用されますので、どうぞ遠慮なくお斬りください。」
ふむ、大森林の近くに生えた木か。今の言い方ではさも強度があるように聞こえるが、見た感じ全くそうは見えないんだが。
それとも俺が大森林で暮らしていたせいで目が肥えてしまったのか。……まあ、ものは試しだ。早速やってみるとするか。
そうして俺はスタスタと丸太の近くに行き、軽く丸太をコンコンと叩き、何度化頷く。
「……あの?」
軽く呼吸を整え構えをとり―――そして右手で貫手を放った。
「フッ!」
瞬間、ズゴッッ!!と音を立て、俺の貫手は見事に丸太に風穴を開けることに成功した。
「は?」
「おー」
腕を引き抜き掌を何度か開閉して今の感覚を確かめる。
その感覚を忘れない内に同じ様な丸太を探して、今度は手刀を放つ。すると先程感じたものと同じ感覚を知覚する。
…………やはり。
「……柔いな」
「え、今度は何したのこの人?全く見えなかったんだけど?」
「ん、私も見えなかった。けど多分、素手で木を斬ったと思われる」
「え、素手で?確かに最初のやつも普通は丸太から鳴らないような音と共に、何時の間にか貫手?で風穴が開けられてたけど」
「丸太を押してみれば、多分分かる」
「いやいや、達人が偶に魅せる斬られてることに気づいてない現象が、まさか素手で起きてるわけが………うわ、マジだ。え、キモッ。素手でやってるはずなのに切り口が一切見当たらないんだけど、物理的にどうなってんのこれ。最早キモイを通り越して怖いんだけど」
「さっきから失礼な奴だなアンタ。さっきまでの丁寧な対応はどこに行ったんだ?それとこの丸太じゃ、見立て通り柔らかすぎて試し切り用としては不適格だ。もっと硬いやつはないのか?」
「あっ……まあ、ウルのお師匠のあんたならもういいか。というか、それうちの者達でも容易には切れない奴なんだけど?それを柔らかいって……いや、まあ確かに試し切り専用としてそれよりもっと硬いやつはあるけども」
「随分と早く化けの皮が剥がれたな。まあいい、ではそれを頼む」
「はいよー。あと化けの皮言うな」
もっと硬いやつに変えて貰えるように頼んでから暫くしてミラが戻ってくる。
何やら台車で運んできたらしく、若干黒く染った太い丸太が出て来た。
「これは大森林の中で取った丸太だよ。まあ、浅めも浅めの場所からだけど、それでも多く魔力を含んでいるからさっきのよりは遥かに硬くなってるよ」
「これは……」
確か俺がここに来る途中に通った時に、そこら中に生えていた少し黒ずんでいた樹木ではなかったか?迷宮都市を目指して進んでいると元居た場所から徐々に色が変わっていったから印象に残っている。
因みに俺が閉じ込められていた最深部の方では、本当にこれが同じ木かどうかを疑う様なくらいに異質なものであった。何故ならその表面はもちろん、中身や葉の部分なんかもどす黒く染まり、最早漆黒といっても差支えが無い程の色合いをしていたからだ。
その上やたらとデカく、上を見渡しても黒い樹木で覆われているため天気が確認しずらく、慣れないと昼夜の概念が曖昧になる。最初は俺もよく経験したものだ。幸いと言っていいかは分からんが、あんなに黒く染まっている癖に光の吸収率がそこまで高くないお陰で普通に生きて幾分には問題なかったな。いや、まあ普通は生きてすらいけない場所だけれども。
そこから徐々に外へと進むたびに最深部にあった黒く馬鹿でかい樹木から、少しサイズダウンした暗黒色の樹木に色が変わり、外に出る間際には更にそれよりもサイズダウンした樹木になり、色も今見ている通りの《しこく》紫黒色になる。
硬さもそれぞれ異なっており、上から漆黒、暗黒色、紫黒色となる。例の赤黒いゴブリン、通称ジェノサイドゴブリンと戦った時に自身の体でもって体験した硬さの格である。具体的には数本もの樹木をなぎ倒しながら吹っ飛ぶことが出来る程度のものから、ぶつかったら逆にこちらの体が文字通り爆発四散する程の硬さを有している。
紫黒色の樹木は都市に来る時に少しだけ軽く叩いて試したが、樹木の全身にヒビが入る程度には硬い。昔の弱かった頃なら兎も角、今の強くなったであろう俺の拳になまじ耐えている事からその硬さには信用出来る。少なくとも大森林の手前の方に生えていたとされる、何も色が変わってない多少魔力を含んだ程度の樹木よりかは。
「どうよ?流石にこれなら硬さに文句無いでしょ?正真正銘、魔境の一つである大森林から苦労して直接取ってきたやつなんだから!その証拠にさっきと違って色が変わってるしね」
「うむ。確かにこれなら多少は持つであろうよ。感謝するぞ。そら、ウル。これで試し斬りしてみるといい」
「分かった」
試し斬り様に調整された丸太をヒビが入らない程度に注意しながら軽くコンコンと叩いたあと、ウルに促して俺は端に寄る。
「……」
ウルは腰に差していた妙なオーラを放つ赤黒い刀をヌルりと抜き放ち、深呼吸を数度して集中力を高めた後に一気に振り下ろした。
「ヤアッ!」
ズバンッ!!と音が鳴ると、紫黒色の丸太は斜めに両断されて倒れた。
ふむ、結構切れ味が良いではないか。あの硬さですんなりと刃を通すとは。切り口もしっかりと綺麗でバリが見当たらない。
「ワー……あの馬鹿硬い丸太が容易く両断されてるー。すっごい切れ味だねー……」
「これが、私の新しい相棒の力!」
「間違ってもそれはこの後の模擬戦で使わないでね……?」
「…………」
「無言は辞めて!?怖いから!振りじゃなくてガチだから!」
「えー」
「えー、じゃない!」
二人が仲良くじゃれ合ってる間、俺は一刀両断された丸太を薪にしやすいように細かく素手でメキメキと音を立てながら割いた後、持ってこられた台車の上に置いて置く。
丁度いいサイズに割いたから使い易いはずだ。燃やすのも運ぶのも簡単になったはず。あと片付けはしっかりしないとな。
「これで良し」
「「……」」
「さて、この後はお前達の模擬戦だったか。早速場所を案内してくれないか?」
「え、ええ。任せて頂戴。……ねぇ、ウル。貴方のお師匠ちょっと頭おかしいんじゃないかしら?下手な武器なら傷一つなく弾く位には硬い丸太を素手で引き裂いてバラバラにしてるんだけど。さっきの貫手といい、手刀での切り落としといい、一体全体どうなってんのよ?」
「ん、師匠だから?」
「流石にその一言で片付けていい出来事じゃないと思うんだけど!?」
「聞こえてるぞ、お前達」
全く、早く案内して欲しいものだ。
◆
ウルの新しい刀、”赫虐”の試し斬りを終えて、ウルとミラの模擬戦の為と次に案内されたのは四角く囲まれた闘技場みたいな場所だった。
広さもかなりのもので、学校の体育館並にはある。幸い今は誰も使ってなかったみたいで俺たち三人の貸切状態である。
「運が良いわね。それじゃあ早速準備するからちょっと待っててね」
そう言ってミラは何やら台の上にあった機械を弄り始めた。
「いきなり機械を弄ったりなんかして、一体何をしてるんだ?」
「ん?あ、これ?これは五大魔境の一つ、古代遺跡から出土した『戦闘訓練用安全装置』て言って、限定的な別次元の空間を作って外界から隔絶して、周りの被害を気にせず模擬戦出来る何かスゴい機械。しかも作った空間内で仮に死んでも解除したら文字通り全てが無かったことにされて、作る前の状態に元通りになるから遠慮は必要ない。そして都合のいい事に記憶は引き継がれるから戦闘訓練の復習も出来る」
「なんだその都合の良すぎる機械は……」
流石は異世界と言うべきか、明らかに世界の理から逸脱しているであろう道具が存在しているとは。
作り出した空間内限定とはいえ、擬似的な死者蘇生も可能なうえ戦闘経験も積めるとは……これを作り出した人物は神か何かか?
確かに……あの巫山戯た神ならばその様な都合のいい道具を作っていても不思議では無いが。
五大魔境の一つ、古代遺跡……か。
迷宮を攻略したら次に行ってみたい場所ではあるな。この様な理外の道具を手に入れられるかもしれないと言うのは、中々ロマンがあるではないか。
それに、もしかしたら大森林の時とはまた別な光景があるかもしれんしな。迷宮を攻略した暁にはそれも分かるはずだ。
「さて、設定終わりっと。それじゃ、模擬戦用の武器を持って来るから各自準備しててね」
ミラの言う通りにウルが軽くストレッチしていると、ものの数分で戻ってきたため俺はなるべく邪魔にならない様に端っこの方に移動する。
「流石に刀は無いから木刀にしたけど、貴方なら問題ないでしょ」
「ん、問題ない。そっちこそ、そんなので大丈夫?」
「そんなのって、一応これ魔造武具なんだけどね。まあ位は確かに下の方だけど、唯の木刀よりかは遥かに優れた武器だからね。もちろん、卑怯とは言うまいね?」
「たかが下位の魔造武具如きで、私とミラの実力差は縮まったりしないから遠慮は要らない。さっさとかかって来る」
「相変わらず減らず口を……。今日こそその舐め腐った態度、改めさせてやる……!!」
どうやらこの模擬戦ではウルの武器は唯の木刀であり、それに対してミラの武器は”赫虐”と同じく魔造武具であるという。それもどうやら大剣型の。
確かに”赫虐”と比べると威圧感のようなものは感じないため武器の位は下位であるようだが、それでも唯の木刀に対して下位の大剣型魔造武具とでは性能差が有りすぎる。
お互いの実力差を考慮してのハンデだとは思うが、それにしたって露骨過ぎる。もうちょっと何かあったろうに、そこまでしてウルの事を叩き潰したいのか。
……まあ本人にとってはさしたる問題ではないようで、それどころか終始煽り倒す始末ではあるからその気持ちも分からんでもないが。
「あ………とっ、その前にお師匠さんの安全を守るためにもうちょっと離れててくれませんか?一応既に自動でお師匠さんに攻撃がいかない様に、透明なバリアが周りに瞬時に展開されるよう設定しましたけど、念の為にもう少しだけ」
「む、それは失礼した。………ここらへんでいいか?」
「はい。大体そこらへんで大丈夫だと思います。それじゃあ—―――始めるわよ」
「ん」
言われた通りに俺は先ほどいた位置よりも更に離れた後、開始の合図がなされ戦いの火蓋が切られた。
「ぜえぇあぁぁ!」
「!」
最初に動いたのはミラだった。どうやら武器の大きさと性能に物を言わせてウルの事を真っ二つにしようと、上段から風切り音を立てながら斬りかかったみたいだ。
「甘い」
しかしそんな大振りがウルに当たる訳もなく、するりと横に体をずらして難なく攻撃を躱す。すると躱された大剣はそのまま地面を斬りつけ、轟音を立てながら直線状に地割れを作る。
うむ。流石は魔造武具だけあってか、その切れ味は例え下位であっても折り紙付きのようである。常識的に考えれば剣で地面が斬れるわけないが、これも異世界の醍醐味の一つだな。
「っ、まぁだまだぁ‼」
「む、ほっ、やっ」
「避けんなぁっ!」
「やなこった!」
そのまま地面に地割れを作ったことなど気にも留めずに、ミラはウルに向かって連撃を放つ。まあ、悉く躱されて至る所に地割れを作っているが。
しかし、大剣をああも軽々にブンブンと振り回せているのは本人の技術故か、はたまた何かからくりがあるのか。個人的に気になるところだな。唯の力任せではそう易々と振れる訳でもあるまいし。
「ほらほら、避けてばっかじゃ何時まで経っても終わんないわよ!そろそろ打ち合ってきたらどうなの⁉」
「普通に考えてそれは無理があるでしょ。っと」
流石に性能差が有り過ぎるため、ウルは真っ向からの打ち合いには参加せずに、ひたすらに攻撃を避け続け隙を伺っているようだ。
しかし相手は一向に隙を見せず、それどころか何かのスキルを使用しているのか、攻撃の速度は更に加速して休む間もなく追撃を繰り出してくる。
「むぅ」
「もう少しでその避ける速度にも追いつくわ。その時があなたの敗北よ!嗚呼、楽しみね!」
「……」
ミラの言う通り段々とウルは速度差を縮められており、何度か攻撃が掠って体の至る所に切り傷を作り出していた。
確かにこのまま時間を掛ければもしかするとミラが勝つかもしれんな。勿論このままいけば、だが。
………当然、そう都合よく事が運ぶはずもなく事態は急展開する。
「……空気弾」
「きゃっ!」
「急所突き」
「ぐっ、うう!」
「せいっ!」
「がぺっ⁉」
そのままウルは無数に作られた地割れに落ちないように気を付けながら避け続け、連撃の合間に少し前に作り出していた空気弾をミラの目の目で放ち、一瞬の隙を作り出した後にすかさず急所突きを右肩に当て武器を振れなくさせる。
最後にはどちゃっと頭部を木刀で陥没させてトドメを刺した後、どうやら今ので死亡判定になったのかミラの体が何やら光の粒子になって空間に溶けるように消えていった。
………何だこの現象は、これは大丈夫なのか?今のでちゃんとミラは生き返るのだろうか?
などと俺が一人で静かに混乱していると、いきなり空中に亀裂が走り、音を立ててガラスの様に仮初に作られたこの空間が崩れ去っていく。
「あー!また負けたー!こんちくしょー!」
「む」
すると何時の間にそこにいたのか、叫び声を上げながらミラが復活していた。ついでに何故か俺も移動する前の場所に戻されていたから少し驚いた。
全く、一体どんな原理でこんな不可思議な現象が起きているのか。さっぱり分からんな。
「何よあの突然の衝撃は⁉あんなの食らったらいくら何でも強制的に隙を晒さざるを得ないでしょ!」
「今回も私の勝ち」
「貴方、一体どんなズルを使ったのよ!前はあんなの使ってなかったでしょ!?少なくとも前に戦った時はこんなにあっさりと負けてなかったわよ!」
「これも師匠の教えの賜物」
「どんな教えを受けたらあんな意味不明な技を使える様になるのよ……。まあ、前よりも強くなってるみたいだし、貴方の為にはなってるんでしょうけど」
「ぶい」
「相変わらずムカつく勝利宣言をするわね。はぁー、完敗よ完敗。けど次に戦う時は負けないからね。覚えときなさいよ」
「どうせ次も私が勝つ」
「言ったわね?じゃあ今からもう一戦するわよ。準備しなさい」
「流石に連戦は面倒。そんなに戦いたかったら師匠とやれば?」
「ん?俺か?」
何やらいきなり俺と模擬戦をやる話が出て来たな。どこと無く自分がやる代わりの生贄として擦り付けられた感がある気がするが……。
「へぇ、貴方のお師匠さんとねぇ……」
「俺は別に構わないぞ。この後何か用事がある訳でもないからな」
「それじゃあ是非ともお願いしようかしら?その後にウルと二対一でもやらせてもらうわね」
「ん、それなら良い。けど私も一体一で戦いたいからその後になるけど」
「構わないわよ?それじゃあ決まりね」
一戦だけやるつもりが、何時の間にか三回も模擬戦する事になってしまった。そこまで了承した覚えは無いんだが……。
「さーて、やるわよー!」
「おー」
「……まあ、いいか」
その後、俺は二人と共に模擬戦をする事になったが、まさかこの時の俺は安易に了承した事を後悔する羽目になるとはつゆとも思わなかったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます