第33話 祭り8
状況は想定よりも悪いが、光明が見えないわけでもない。実際にはダメージは与えられているし、倒し方もさっきので目途が付いた。それが分かってからはすぐに交代で囮をして一撃が重い技を繰り出し徐々に削るような作戦に移行していた。
だというのに――—
「はぁ!」
「グッ、ガアァ!」
「ッ、このッ!」
”全身を赤黒く染め体長が目算で二十メートルを越しているような巨体を持つ異様なゴブリン”
今回の迷宮異変の元凶であろうこの赤黒いゴブリンの攻略法は分かっているのに何時まで経っても殺しきれない。もう何度も大技を放っているのに未だにコイツは倒れ伏さないのだ。
「むぅ……」
「お前の考えてることは何となく分かるが、こればかりはどうしようもねぇだろ。俺たちだけじゃどう足掻いても無理だ」
「ゴブリンのくせに……」
「同感だが、大人しく追加の人員が来ることを待つしかねぇよ」
二人で連携して何度も大ダメージを与えているが、その度に傷が凄まじい速度で再生するので仕留めそこなっている。上手いこと二人同時に攻撃を当てたこともあったが、それでもなお削り切れずにしぶとく生き残られた。
「ギイイィ……」
「また治ってく……」
「全く、迷宮の特性が仇になったな。嫌になるぜ……」
そう、ゴブリン倒せない原因は二人では圧倒的に手数が足りていないのと火力不足のせいであった。
彼らの攻撃は並みの魔物ならミンチになるほどの過剰なまでの火力だが、ことこの赤黒いゴブリンの再生力の前ではあと少しという所で決め手に欠ける。しかも本来ならその驚異的な再生能力も多量の魔力を消費するため消耗があるはずだが、迷宮産の魔物だけあって一向に魔力が尽きる様子はない。
「……ふぅ」
少し疲れが出てきたのを感じた。静かに吐き出した息でそれを自覚する。まだ余裕はあるけれど、自分よりも格上の相手との死闘はやはり体力的にも精神的にもキツイものだ。
恐らく戦い始めてから十分程しか経っていないだろうが、それでもその十分は常に濃い死の気配が纏わりついており、下手したら一撃でこちらを葬り去る威力の攻撃をしてくるので一時たりとも油断などできるわけなくゴリゴリと体力共に精神が削られていくのが分かる。
そしてそれは私だけでなく隣にいる戦士の男もそうだった。お互いに軽口を叩いているが私は疲れを感じ、戦士の男は固有スキルを使っていることから私よりも酷く、既に肩で息をするようにぜぇぜぇと荒い息を吐いていた。
「そろそろあの二人が戻って来てもらわないとキツくなってきたんだが」
「私はまだいけるから少し休んでれば?」
「ハッ、バカ言え。それを野郎が許してくれるわけねぇだろ?まあ、追加の人員がまだいるんなら早く来てほしいとは思っているがな」
「他の所は知らないけど、師匠たちのパーティーは見る限りいないっぽいからあと少ししたら来ると思う」
「あー、そういやあそこにはドールとジェイの奴が居たな。あいつらが来てくれたら大分楽になるはずだ。師匠さんはともかくもう一人の方は首に何か良く分からん看板かけてて頼りなく見えたが……まあ、今の状況よりかはマシだろ」
そんな事を言っていたからだろうか、私たちの背後にあった転移部屋から誰かが転移してきた気配を感じた。
「お〜、ちょい時間がかかってしもうたがどうやら間に合ったようじゃのぉ」
「流石にアイツと言えどもまだ着いちゃいねぇか……。居たら居たで普通に怖いんだがな」
噂をすればと言う奴だろうか。前方に居るゴブリンから注意を離さず後ろを振り返ると、転移部屋から出て来たのは何やら派手な格好をしているドワーフとそれに対比して地味目な感じの人間、ドールとジェイがこちらに向かって歩いてきた。
しかしそれ以上の人は出て来ず、残る二人、つまり師匠とアレが居なかったことに疑問に感じて思わずキョロキョロと周りを見回してしまった。
その私の様子に気が付いたのか地味目の男がこちらを見て苦笑しながら話す。
「アイツらはこの迷宮の転移魔法陣による制約で後から来る予定だ。後二十分位で着くんじゃねぇか?ハハッ。何だ、俺らじゃ不満ってか?」
「不満」
「お、おう。そこまでドストレートで言われるとは思わなかったぜ……」
「相変わらずツンツンしとるの《雷姫》は。まぁええわい。そら、手伝いにやってきたぞい」
しかし言葉とは裏腹に実際は人手が来たことに大いに助かったという気持ちはある。それもベテランと二つ名持ちだ。戦力に期待が出来る。
もちろんそんな事は何か癪なので絶対に言わないし、師匠が来て欲しかったのは事実なので不満である事は隠さない。
「まあそうツンケンするでない。お主にとっても耳寄りな情報を持って来ておるんじゃから」
「そうそう、聞いといて損は無いぜぇ〜」
聞くところによるとあの赤黒いゴブリンは師匠が昔戦った相手と同種らしく、特徴として巨大な体に高い再生能力と身体能力を有しているという。
性格は残虐で相手の手が届かない所から多種多様な魔法を放って嬲り殺す趣味を持ち、逆に追いつめられると体を縮めて力を圧縮し、跳ね上がった身体能力に物を言わせて相手をミンチにするため肉弾戦を仕掛けて来ると。
前半の部分は何となく戦ってて思ったが、やはりそうであったようだ。随分と悪趣味なものである。しかし後半は………。
「見る限りじゃ善戦はしてるようだが、まだまだ向こうは余裕そうだなぁ」
「何とか二人でやってるんだが、如何せん仕留めきれるだけの火力が無くてな。このままじゃジリ貧だったところだ。ドール、ジェイ、あんたら二人が来てくれて助かったぜ」
「ふむ、そうか。そういうことなら試しにドでかいもんをぶっこんでみるかのう」
そう言うとドールは懐から何かを取り出すと、「そいやっ!」と掛け声と共にゴブリンに向かって投げつけた。山なりに投げられたそれは放物線を描きながら向かっていくが、あっけなくゴブリンに叩き落され地面に落ちた。
「……」
「……」
「何アレ」
よく分からないものがよく分からない顛末を迎えたことに私は思わず呆れ交じりの声を出す。皆も同じことを思ったのかドールに向かってジト目を向ける。
「まあ、もう少し見ておれ。すぐにわかるぞい」
「……ん」
その宣言通り不発に終わったかに思えたそれは少しすると小刻みに揺れ始め浮遊しだした。そして何やらピコピコと音が鳴り出し、次の瞬間凄まじい速さでゴブリンに向かって突進し始めた。
しかし再度それを叩き落とされまたしても地面に転がってしまった。そのことに私も思わずジト目を向けてしまう。
「何アレ?」
「ここからじゃよ、ここから」
どうやらまだ続きがあるらしく、その通りにまたしても小刻みに揺れ浮遊すると、先ほどよりも早くゴブリンに向かって突進する。しかし同様に叩き落され地面に転がる。
「……」
「まだまだじゃよ」
そしてまた揺れてから浮遊して突進するが撃ち落とされ、また浮遊して突進して撃ち落とされる。それを何度も繰り返していくうちに徐々にゴブリンは苛立ちはじめ、ついには声を上げながらその謎の物体を叩き壊そうと思い切り腕を振り上げた。
「お、そろそろか。ほれ、プロテクシールド展開」
ドールがこちらを守る様に展開した向こう側が透けて見えるほどの薄い膜のようなが盾が前方に広がった直後、凄まじい爆発音が聞こえてきた。
余程威力があったのだろう。前方に展開していた透明な盾が土煙によって空間にひび割れるような黒い跡が見て取れた。
「なんて威力の奴を出しやがるんだよこのジジイ!危うくこっちが死にかけたじゃねえか!」
「ほっほっほ……想像より威力が高くなっててびっくりしたわい。シールドにひびが入る程とは……危うくこちらも被害がでかねんとこであったわい。もう少し耐久力を上げんといかんのう」
「このっ、他人事みたいに……!」
「それより、あのゴブリンはどうなった……?」
「ん、確かに気になる」
「そうじゃのう。んー、どれどれ……?」
あれだけの大爆発だ。死んでいないにしてもそれなりのダメージを受けているはず。そう思って私たちは段々と土煙が晴れるのをじっと見据える。
そうして見ているとそこには片腕を失ってる上にもう片方の腕も半分ちぎれかかり、片目が潰れたのか血を流しながら右目を瞑っている。
身体には至る所に裂傷を負っており爆風によってか所々焦げ付いているのが見て取れる。普通なら瀕死も瀕死、死の一歩手前の大怪我を負っていた。
「ふむ、この火力で死なんのか」
「頑丈過ぎやしねぇか……?」
「けどこれで────」
畳かければ行ける。そう言おうとした瞬間、目の前の瀕死に見える赤黒いゴブリンがこちらを見てニタリと笑った。
「グ、ガガ、ガァ!」
「ッ!」
そして急激に魔力を高めたかと思いきや、それを自身のもつ再生能力に焦点を当てたのか、みるみると怪我を治していった。
もがれた片腕や右眼は復元され、ちぎれかかったもう片方の腕の傷も塞がれてしまっている。見た所身体中にあった焦げ跡すらなくなっている。
あれだけの怪我を負っていたのにも関わらず一瞬で治されてしまった。流石にこんなに早く回復するとは思っておらず、私たちは追撃の機会を失ったことで唖然とするしかなかった。
その私たちの様子を見て気を良くしたのか、先程と同じくこちらを挑発するようにニタリと笑みを浮かべて来た。
「おいおい、マジかよ」
「ふーむ、こりゃあちと厄介じゃな」
「これでも倒れないのか。タフにも程があるぜ」
全く、恐ろしいほどの耐久力だ。あれだけの怪我でも死なないどころか持ち前の再生能力で回復されてしまう。
しかし流石にあれだけの怪我を一瞬で治すのは無理なようで、一気に再生する為の魔力を貯める時間が必要な様だ。
一気に削りきる方針が間違って無さそうなのは朗報だが、どうやらもう簡単には攻撃させてくれ無さそうだ。その証拠に油断なくこちらを見据えている。
「ガ、ガガァ……!」
先程の攻撃で危機感を持ったのか、何やらまたしても魔力を高めたと思ったら巨大な身体を一気に縮めさせて通常のゴブリンサイズへと変化した。
「こ、れは……」
「おいおい、これってもしかしてよぉ………」
「ん、ちょっとヤバいかも」
「……もしかして儂、やらかしたかの?」
全員が感じた異様な気配。それに先ほどとは比べ物にならない程の圧力を感じる。全身に鳥肌が立ち、今にも体が押しつぶされてしまいそうなほどの。これがさっき聞いた情報の…………
「ッ!」
「ガァ」
目を離したわけでもないのにいつの間にか懐に潜り込まれており、その赤黒いゴブリンは視認するのも難しい程の速度で殴り掛かってきた。
「ぐっ、重…い……これ、無理……‼」
何とか咄嗟に武器でガードしたけれど、拮抗は一瞬。余りにも膂力が違い過ぎて私は武器ごとダンジョンの壁まで殴り飛ばされてしまった。
「なっ、何時の間に⁉」
「真斗が言ってた形態変化か!考えうる限りの最悪の展開じゃねえか⁉」
「ほっほっ………火力が高すぎるのも考え物じゃなぁ………」
「アァ、畜生!現実逃避してないでさっさと戻ってこい!ったく、来て早々こんなことになるなんて、全くついてねえなぁ!」
余りにも強い衝撃によって一瞬意識が飛びかけたが、すぐに覚醒し壁にめり込んでいた体を起き上がらせる。
(ここまで強化されているなんて)
先ほどの一撃で理解した。アレは私たちじゃ手に負えない化け物。先程までの巨体時だったならばまだ勝機はあっただろうが、今の強化された状態ではとても敵いそうにない。
恐らく深層のマスターであるガイか、師匠ならばあるいは………
「……仕方ない」
自力で倒したかったけれど、そうも言ってられない。意地を張って死んでしまっては元も子もないのだ。
そう思った私は倒すことから師匠が来るまでの時間稼ぎへと思考を切り替える。どうすればあの化け物相手に時間を稼げるのかを。私一人ならば無理だったかもしれないが、今ならば私に近い実力を持つものが複数いる。きっと大丈夫だろう。
「けど」
だからといって諦めるつもりはない。まだ私はあの化け物相手に一矢報いただけで、まだまだやり足りないのだ。二矢でも三矢でも報いてやる。今はピンチではあるけど、チャンスでもあるのだ。やらない手はない。
そうして額から流れ出た血を雑に拭いながら、私は三人相手にして暴れている赤黒いゴブリンへと駆け出して行った。
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