第23話 三百層・前編
「ガッ、ガガァ……。」
「……ふむ、今日はこんなものでいいか。」
迷宮二百九十階層。真斗は十階層ごとに鎮座しているボスと呼ばれる魔物を一撃で倒し、ドロップ品を回収して隣にある転移部屋へと行き地上に戻る。
そのまま歩いて上層の組合まで行き今日の収穫であるボスのドロップ品を売り払い、階層更新も忘れずに済ます。そのあとは軽く休憩するために組合内の酒場に行き幾つか飯を頼みながら気長に待った。
「そういえば今日も早かったな。やはりあいつはいないほうが良いのかもしれん。」
いつもは深層の組合所属のウルがいたため何か強制的に手伝わせるなどズルをしていないかと疑われもっと長い時間拘束をくらっていた。しかし今は迷宮の異変調査に駆り出されたことにより不在なため、特に疑われることもなくなり受付で拘束される時間も減った。
最初はいつもより早く終わったことに驚いていたが何度も同じことが起こるとそれも無くなり、今では気にもしなくなっていた。後日真斗が聞いた話によればそもそもそんなに長く拘束されることは普通はないらしく、真斗たちがおかしいだけだったという。
ともかく、そんな益体もないことを考えていてもしょうがないと一人で突っ込みを入れながらも、予め頼んでいた飯が来たので食べ始めることにした。
(ふむ、中々美味いな。余り食に興味のない俺でも思わず感心する程だ。それはそうと次の予定はどうするべきか。そろそろ深層である三百層近くまで来ていることだし、何か情報が欲しいところだが……。)
食べている間はいつもと違い無言であったが内心で次は何をしようかと予定を立てていた。そんな風に一人黙々と食べ進めていた真斗であったが、それを邪魔するかのように何処かで見たような男が話しかけてきた。
「よう、久しぶりだなぁ、クソガキ。」
「む?お前は……。」
そこにはいつか見た無骨な大剣を背負った全身を鎧で包んでいる男であった。
「よくもこの前は俺をコケにしてくれたな。ずっと訓練場で待ってたってのによぉ。まさか忘れてたとか言わないよなぁ?」
「ふむ……。」
「丁度ウルさんもいないみたいだし、いっちょ訓練場まで面貸せや。今度こそぶちのめしてやるからよ。」
「……。」
「おい、聞いてんのか?何とかいったらどうだ?」
「お前、誰だ?どこかで会ったことあるか?」
「は?」
真斗の発言に男は一瞬意味が分からず困惑したが、すぐに言われたことに対しての怒りが込み上げてきた。しかしここで怒りを露わにしたら奴の思うつぼだと思い、数回深呼吸して怒りを抑え込みながら質問する。
「お、お前、覚えてないのか。」
「すまんな。別に物覚えが悪いわけではないんだが…。」
「ぐッ……まあいい、どちらにしろ俺のやることは変わらんからな。良いか、改めて言うぞ?今からお前に決闘を申し込むから訓練場まで付き合え。分かったか?」
「面倒だ。断る。大体今は見ての通り食事中だ。」
男の物騒な発言に真斗は真っ向から拒否する。しかし男は引き下がらずどうにかして真斗を訓練場まで連れて行こうと何度も誘うが真斗は一向に拒否し続けた。だがそのことで男は何かを確信したのか、笑みを浮かべながら再度話し出す。
「こんなにも断り続けるなんて、やはりウルさんの腰巾着だったか。道理で俺と勝負したがらないわけだな。」
「む、それは聞き捨てならないな。そこまで言うのなら条件次第で戦ってやってもいいぞ。ついでに俺の不名誉な噂も取り消すことにもなるしな。」
「いや、なんでお前が条件を付けるんだよ。」
「こちらにメリットがあまりないからな。それとも自分が不利になるかもとビビっているのか?」
「そんなわけねえだろ。良いぜ、条件を飲もうじゃねえか。ほら、さっさと言えよ。」
男は真斗の提案に憤りを見せたが先輩探索者としてのプライドからそれを飲むことにした。そしてその返事に真斗は一つ頷くと条件として自分が勝ったら三百層の情報を知りたい、負けたら好きなだけ俺を殴っても良いと言った。
それを男は快く承諾した。まるで自分は絶対に負けるはずはないと言わんばかりの自信たっぷりな様子で。それから真斗が食事を終えると二人は訓練場へと移動した。その様子を見ていた周りの野次馬を引き付けながら―――
突然だが自己紹介をしよう。俺は後輩、ギン先輩の後輩だ。そして上層の組合に所属している割と中堅の探索者でもある。そんな俺は何時も仕事終わりに組合内で酒を飲んでいるんだが、その日は何やら怒鳴り声が聞こえてきたんだ。
誰かがまた騒いでいると思って見てみるとどうやらギン先輩が噂の新人に絡んでいるのが見て取れた。気になって少し聞き耳を立てているとどうやらギン先輩は新人に対して決闘という名の私刑をやろうとしているらしい。
最初は新人も断っていたが、何を言われたのか乗り気になって訓練場の方へと行ってしまった。興味が湧いた俺は同じように聞き耳を立ててたやつらを誘って見に行ったんだ。
道中で誘ったやつがどっちが勝つか話しかけてきたが当然俺はギン先輩の方を選んだ。俺は先輩の後輩だからな。
「いや、それ答えになってねえよ。」
「いいんだよそれで。ほら、そろそろ始まるぞ。」
そんなことを言っているうちに俺と同じような野次馬に囲まれている二人が話し始めた。
「そういえば名前を言ってなかったな。俺はギン、今からお前をぶちのめすものだ。よく覚えておけ。」
「そうか。俺は道影真斗、これからお前に情報をもらうものだ。覚えてなくても良いぞ。」
「舐めやがって…!」
お互いに遅い自己紹介をして戦闘の構えを取る。ギン先輩は正面に大剣を構えて、奴はは何かを掴むように手の形を作りながら。そして開始の合図もなく始まり、先に動いたのはギン先輩の方だった。
流石先輩、激高しながらも剣の冴えは変わっちゃいねぇ。こりゃ案外一瞬で終わっちまうんじゃねえか?あいつ。もっと激しいバトルを観たかったもんなんだが。と、その時はそんなことを思っていたんだが次の瞬間には目を疑う様な光景を見ることになるとはな。
「目に物見せてやぼぁあぁああ⁉」
「「「…は?」」」
先に攻撃を仕掛けたはずのギン先輩が何故か勢いよく訓練場の端まで吹っ飛ばされてその衝撃で伸びてしまっていた。そのことに俺を含めて周りで観戦していた奴らも何が起きたのか理解出来ず呆けた声を出してしまっていた。
いや、本当に意味が分からなかった。先輩が一瞬で終わらそうと思い切り剣を振りかざしたと思ったら何故か先輩が吹き飛んで逆に一瞬で終わらせられちまうなんて。誰が予想できるってんだこんなの。
「む、少し強すぎたか。これではすぐには聞けないではないか、面倒な。」
そして先輩を気絶させた張本人はこともなげにそう言い放つ。そのことに俺は戦慄したよ。先輩はこの上層の組合に所属はしていても迷宮三百層を踏破した一流の人なんだぞ?それを先手を許した状態で一瞬で戦闘不能にさせるなんて。
「あ、あんた…一体何をしたんだ?全く動きが見えなかったんだが。何をしたらギンの奴をあんな一瞬で戦闘不能にさせれるんだよ……。」
隣でそう言ったのは先ほど俺にどちらが勝つか聞いてきた男だ。よくギン先輩を一瞬でのした奴に物怖じせずに聞けるなと思ったが、確かに俺も一体何をやったか気になっていた。そしてその疑問はどうやら俺だけじゃなく周りの奴らも同じな様で、事を為した張本人に目を向けていた。
「ん?さっきのやつか?あれはただ圧縮させた空気を魔力で包んで投げただけだぞ。少し調節をミスってしまったようだがな。」
「は?何を言ってるんだ?」
「分からんか?つまり、大気中に漂っている空気を魔力の膜で包み、それを握力で圧縮させて固めて投げるんだ。分かったか?」
「更に意味が分からなくなったわ。魔法か何かかそれ?」
「いや、魔法ではない。」
「もうわけわからんわ。」
同感である。何だ、空気を固めて投げるって。一瞬魔法かと思ったがそれも違うようだし、一応魔法が使える俺から言わせれば例え魔法で同じようなことをしようとしてもあんな意味分からん技出来るとは思えないがな。
じゃあ何だ、あの意味分からん技を全て物理で行ってるてことか?いや、逆に意味分からんな。よしんばそこまでのプロセスが出来たとしてあんな威力が出る勢いで投げれるのか?
傍目からは投げる動作すら見えなかったことから実はもっと別の方法を用いて投げているんじゃないのか?こう、何か不思議な能力とか専用の固有スキルだとか。いや、そんな固有スキルあってたまるか、何だ、固めた空気を投げるスキルとか。意味分からん。
ダメだ、もう自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。心なしか頭も痛くなってきた。もう考えるのは止めよう。うん、そうした方がいい。
「ふむ、取り敢えず奴が起きて来るまで待つとするか。」
俺たちが呆気に取られている間に、よっこいせと腰を下ろしそのままそいつは座り込んだ。まるで今起こしたことが何でもないことかのように、気にもしないで。
そして俺は思ったわけよ。吹っ飛ばされて気絶したまま身動き一つ取らない先輩をただ座って待っている白髪の男、を大勢の人が囲みながらたたずんでいるというその異様な光景を見てさ。「あ、こいつにだけは喧嘩を売るのは止めとこう。」って。
先輩生きてるといいなぁ~。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます