第22話 情報は大事

 あの後直ぐに組合に行き彼らの事や先ほどの事を報告すると、何やら受付の人が真っ青な顔をして奥に引っ込だと思ったらこの組合のマスターらしき人を連れてきて、何やら事の詳細を聞きたいと彼の執務室に案内された。


 俺たちは言われるがままについていき、ソファらしきものに座るよう促され、そこで先程の受付の人によって出された茶を飲み一息ついた。するとここに来るまで思案気な顔をしていたこの組合のマスターらしき男は軽く息を吐くと、こちらを向き話し始めた。


「いきなり来てもらってすまなかったね。迷宮帰りで疲れているだろうに。だが何分、事が事だからどうしても直接聞いておきたかったものでね。ああ、それと恐らく察しているだろうけど一応軽く自己紹介をしよう。私はこの組合のマスターを務めているカフというものだ、よろしく。」


「俺は道影真斗だ。こちらこそよろしく頼む。」


「ん、ウル・アシュレット。よろしく。」


「最近噂の道影君にあの有名なウルさんだね。それで、君たちは……。」


「俺たちは<道行く者>というパーティーで、俺はリーダーをやっているゴウだ。んで、こっちが…。」


「キリです。パーティー内では主に斥候の役割をしています。」


「リリよ。役割は後衛として魔法で敵を蹴散らすことね。」


「あ、えと。私はミナって言います。役割は皆さんの怪我などを癒す回復ですね。」


 折れた剣を背負っている男、ゴウがそう名乗ると彼のパーティーメンバーはそれぞれ自己紹介をして軽くお辞儀した。


「そうか。わざわざすまないね。それじゃあ早速で悪いけど詳細を聞かせてくれるかな?」


 カフは全員の名前を聞いた後、すぐにでも本題に入るために話を切り替えた。そのことに少しだけ違和感を覚えながらも、彼らは迷宮内の出来事について大まかではあるが説明した。


 探索中に偶然にもゴブリンと何度も遭遇したこと、<道行く者>のパーティーが手も足も出ない謎の魔物が出た事。そして瀕死であった彼らをウルが助け、真斗が軽々と一人で倒したことなど。


 カフは情報の取捨選択をしながら内容を把握し、そしてある疑問を持った。


「にわかには信じがたいことばかりですが、しかし君たちの格好を見る限りだととても作り話とは思えませんね。ですが一つ気になる点が。」


「む、何かあったか?」


「ええ。今の話を聞いていて思ったのですが、どうしてわざわざ彼らを助けにいったんですか?通りすがりならまだしも、攻略した階層を逆走してまで。どのような方法で気づいたかは知りませんが、迷宮内では基本的に何が起きても自己責任。貴方たちが彼らを助ける義務なんかはありませんよ。勿論、その行為自体はとても素晴らしいものですが。」


「そうだな……。」


 真斗は何故彼らを助けたのかをかいつまんで話した。そしてカフは最初、真斗の能力の高さに感心しながらも徐々に顔を険しくさせていき<道行く者>のメンバーに向かって鋭い目を向けた。


「成程、ご説明いただきありがとうございます。しかし、同時に新たな問題が浮き彫りになってきました。何故、<道行く者>の人たちが彼らを尾行していたのか、という点です。事と次第によっては然るべき処置を取らせて頂きますよ?」


「そ、それはあれだ。彼女らを心配して危なそうなら助けようと……。」


「その割には逆に助けられていますし、それに助ける?彼女はあのウル・ァシュレットですよ?まさか探索者をやっていて知らないとは言いませんよね?」


「えと、それは……。」


 カフが疑いの眼差しをしながら詰問するように問い詰め、それに対してしどろもどろになるゴウ。その様子をパーティーメンバー達はハラハラしながら見守っていたが、その空気に耐えられなかったのかミナが突然謝り出した。


「ごめんなさい!つい魔が差しちゃって!」


「な⁉おいミナ!」


「ふむ、何か謝るようなことでもしたのかい?」


「えと、実は……。」


「ちょっと、ミナ!」


 仲間が必死に止めようとするもそれをカフが手をかざして黙らせて、それからミナは尾行の理由を話し出した。パーティーの資金が尽きかけて迷宮に潜ったところ、偶然彼らがゴブリンのドロップ品を放置したのを目撃し、バレない様に拾ったこと。


 最初は出来心でやったものの、彼らはその後もドロップ品を放置し続けた為そこから味を占めて彼らが放置していったドロップ品を次々と拾い、自分たちのものにしようと企てたこと。


 そうして楽して稼ごうと尾行していたが、ウルばかりに戦わせて真斗は一切何もせず迷宮を進んで行ってることから、真斗が何かしらの秘密によって脅しているのではないかと思い、証拠を掴もうとした矢先に謎の魔物が現れパーティーが壊滅したことと、一連の流れをつらつらと語った。


「ふむ、そうでしたか。ならば相応の処置を取らねばなりませんね。後で覚悟しておいて下さい。」


 カフは一通りの話を聞いて納得したかのようにそう呟く。そして<道行く者>の彼らは顔を青くさせながら床にへたり込んだ。ミナも同じような顔をしているものの、覚悟していたのかしっかりと立っていた。


「何だ、そこまでそれは悪いことなのか?」


「道影君、彼らがしたことは探索者にとっての明確なルール違反なのです。いくら放置していたからと言って無断で拾うのは盗人と何ら変わらない。最悪この界隈から追放でしょうね。」


「いくら何でもそれは重すぎないか?たかがゴブリンのドロップ品だぞ。高価なものなら分かるが、たいした価値は無いであろうに。」


「物の良し悪しではないんですよ。倒した本人の許可なしに取ったことが問題なのです。治安を悪くさせますからね。それに厳しく取り締まることによって必然的に犯罪率も低くなるんです。まあ、それでも後を絶たないのですがね……。」


「ふむ、そうか。それならば許可があれば良いのだな?」


「え?まあ、ルールに照らし合わせればそうなりますが……。」


「ウル。」


「好きにすれば?」


「だ、そうだ。これで彼らは罰されないだろう?折角命を拾ったんだ。たかがゴブリンのドロップ品で無職になるなどあんまりだからな。」


 真斗の発言にウル以外の一同は唖然とした。その中でもいち早く復帰したカフは焦った様子で真斗に忠告した。本当にいいのかと。


「構わん。それに彼らはここまで潜れる程の腕なのだろう?減らしてしまっては勿体ないのではないのか?」


「確かに貴重ではありますが……いえ、本人がそういうのでしたらこれ以上は何も言いません。彼らを厳重注意程度で済ませるとしましょう。」


 そのことにゴウたちは青白くさせていた顔を一転させて、互いに喜び合った。真斗も満足げに頷く。


「ただし、次は無いですからね?肝に銘じておいてください。」


「「「「は、はい!」」」」


 浮かれている彼らを戒めるようにそう警告するカフ。それに対し再度顔を青くさせながら返事をし、その答えに満足げに頷いた。それでもう用はなくなったのかそのまま彼らを帰らせる。


 そして彼らが退出したのを見届けるとカフは真剣な表情を作り真斗たちに向き直ると、先ほどの迷宮について話し出した。


「さて、大分話がそれてしまいましたが今一度戻すとしましょう。先程聞いた話を元に考えると今回出現した魔物は恐らく”迷宮異変”が関係しているでしょうね。」


「やっぱり。薄々そう思ってた。」


「む?なんだ、その”迷宮異変”とは。」


「読んで字のごとく迷宮内で起こる異変ですね。何らかの原因によって特定の魔物が活性化したり新種の魔物が出たりします。中には今回の様に強力な魔物も出現することもあるので深層の探索者に依頼して事の鎮静化を図る訳です。」


「成程。」


「というわけでウルさん。貴方に此度の”迷宮異変”の調査を依頼します。」


「え~めんどくさいんだけど。他の人に頼んで。」


「そうですか。所で貴方は最近彼とずっと一緒に迷宮に潜ってばかりでろくに階層更新をしていませんよね?これはガイさんに相談するべきですかねぇ……。」


「む、それは良くない。わかった、やる。」


「ありがとうございます。」


ここぞとばかりにウルの数少ない弱点である恩人のガイを引き合いに出して説得するカフ。現深層の探索者の中でもトップに立つその実力の持ち主に依頼を出せたことに内心安堵していた。


「じゃあ早速明日から師匠と行く。」


「その事なのですが、今回はウルさんお一人で調査してくださいね。三百層以上の階層も調査対象に入っていますので、まだ攻略していない彼は除いて下さい。」


「師匠は私より強い。だから実力不足なんてことはないはず。」


「それは戦闘の心得が無い私の口では何とも言えませんが、そもそも物理的に攻略していない階層への転移は不可能なので諦めて下さい。」


「む~~~。」


 (勝手に)師匠(と仰いでいる)である真斗と一緒に行けないことに顔をむくれさせ、見るからに不満ですといった風にそう口を零すウル。そのことに真斗は苦笑いしながらもウルを宥める。


「ははっ、そう膨れっ面になるな。久しぶりに俺も一人で行動したかったし、丁度いいではないか。それに何時までもお前の付き添いがあるから攻略出来ている、という風潮を野放しにするのもどうかと思い始めてな。この機会に払拭させるとしよう。」


「師匠がそういうなら……。」


「うむ。それにこれから色々と話を詰めるだろうし、俺はここで帰らせてもらうとしよう。またな。」


 そう言って満面の笑みを浮かべながらその場を足早に退出した真斗。そして彼がいなくなってから彼らは依頼のことについて話し合い、諸々の事を決めてから解散するのだった。






「~♪~~♪」


 あの話し合いのによってすっかり日が落ち、薄暗くなった都市。所々で活気はあるものの、それでも人通りは少なかったお陰で鼻歌交じりで楽し気に歩きながら組合から宿へと帰宅する真斗の姿は、市民から奇異の目で見られることはなかった。


 何故こうも彼は普段は見せないような満面の笑みで楽し気にしているのか。それにはある理由があった。


「フフフ。久しぶりに一人になることが出来たぞ。これを機に他の探索者の事や俺にかかっている疑惑を取り消し、より充実した異世界生活を満喫しようではないか!最近はずっと一緒であったからな、じっくりと一人の時間を堪能するとしよう。」


 そう、真斗は一人になりたかったのである。探索者になってから今日までずっとウルと潜っていたことにより中々一人になる時間がなく、碌な情報収集が出来なかった。


 そんな背景があった為、一時的とはいえそれらから解放されたことにより真斗は妙に晴れやかな気持ちになっていた。するとそんな風に浮かれていた真斗に誰かが話しかけて来た。


「あれ、道影さんじゃないですか。久しぶりですね。」


「む?ロムではないか。久しいな、息災であったか。」


 それは<旅立ちの朝>というパーティーに所属している魔法使いの男、ロム・シレタであった。そして偶然の再会にお互い喜び合いながら世間話を弾ませる。そうすること数分、何かに気づいたのかムロ辺りをキョロキョロし始めた。


「あれ?そういえばいつも一緒にいるウルさんはどうしましたか?」


「ああ、あいつは何やら迷宮異変の調査とかで別行動をとることになったんだ。」


「迷宮異変ですか……それはここ最近よく出現するようになったゴブリンのことについてですか?」


「ふむ、相変わらずの情報通だな。そうだ、今日も今日とて迷宮に潜っていたんだが、何やら道中大量にゴブリンと出くわしてな。当然苦戦することもなく倒し今日の分の目標を達成した。だが色々あってな、更に冠を被った巨大なゴブリンらしき魔物まで出現する始末。幸いにも相手が弱かった為被害はそこまでだったがウルも知らないような魔物らしく、流石におかしいと思い組合に報告したら迷宮異変だった訳だ。」


「成程、それなら深層の探索者であるウルさんに依頼が寄せられたのもわかりました。とはいえ、そうなると今回はちょっとした祭りになるかもしれませんね。」


「ん?どういうことだ?」


「ゴブリンですよ。彼らが落とすドロップ品は探索者にとっていいおこづかい稼ぎになるんです。低層のものはそこまでですが、三百層近くまで来ると質が大幅に良くなり高値で買い取ってくれるんですよ。いやぁ、楽しみですね。」


「………。」


「ん?どうしたんですか?」


「あぁ。実は俺たちドロップ品をとあるパーティに譲ったんだ。何やら俺たちが放置したドロップ品を無断で拾ったとかで罰則を受けそうになったのでな。そうか、道理で……。」


「あ、それは……なんと言うか、ご愁傷さまです。」


「まあ、うむ……。過ぎたことはどうしようもあるまい。改めて情報の大事さを痛感したな。はぁ……。」


 善意でやったはいいものの、自分たちがどれ程勿体ないことをしたのか。やはり情報というものは大事であると、真斗は深く認識したのであった。

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