第5話 再生、再生、再生。
「はあ、はあ、はあ、はあ。」
俺は今、全力で逃げていた。
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
迫り来るあのおぞましき虫型の魔物から。
「はあ、はあ、はあ、ッくそ!」
必死に、捕まらないように。
捕まったら死ぬ。
本能でそう感じた。だから逃げ続ける。
「はあ、はあ、ッ。…よし、腕が治ってきた。【再生】があってよかった、じゃなきゃ今頃死んでたな…。」
幸いにも持ち前の固有スキル【再生】で腕が治ったことにより全速力で走れたことと、虫型の魔物の脚が遅いお陰で予断を許さない状況ではあるものの真斗は未だに捕まらずにすんでいた。しかし、
「はあ、はあ、このままじゃ埒が明かない。何とかして打破しないと……。っ!おわぁッ!?」
走り続けた疲れにより周りが見えてなかったからか、足元の注意を疎かにしてしまった真斗は木の根に足を取られ盛大に転んでしまった。
虫たちはそれを好機と捉えたのか、一気に加速して追いつこうとしていた。
「ッヤバい……足が…!クソッ何かないか、何か………あ。」
極度の疲労のせいか、足がいうことを聞いてくれなかった。絶望が迫る中、それでも必死で何かできることはないかと周りを見回すと地面に握り拳くらいの石ころがあった。
「はあ、はあ、畜生ッこれでも食らいやがれ!」
生き残るための希望を乗せた決死の投擲。せめて一匹でも倒せば奴らも引いてくれるのではないか、そんな思いが込められた一撃だったが―――
カンッ
まるで鉄同士がぶつかり合ったかのような甲高い音を立てて、その一撃は虫の外殻によってはじかれた。
「あ。」
まるで何も起こってないかのように虫達は進行する。
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
「やめろ……来るな…。」
震える体で必死に後ずさる。
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
しかし、虫達はもう目の前に。
「嫌だ、死にたくない!」
まだ生きていたいと懇願する。
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
けれど遂に距離はゼロに。
「誰か!誰か助けてくれ!」
そう助けを読んでも誰も来なかった。
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
虫達が足に這い上がってくるのを感じる。
「あ、あぁぁぁぁ、ァァァ…。」
余りにも無情な現実に心が冷えていく。
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
体が虫に覆われ始め、自由が効かなくなってきた。
「アアアアアアアアアアアアアア!!!」
唐突に足に激痛が走った。さっき溶かされた腕と似たような感じ方から察するに、足もまた溶かされているのだろう。
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
「痛い、痛い!!嫌だ、転生早々食われて死ぬなんて嫌だ!」
必死に手足をばたつかせ抵抗しようとするが、全く体が動かない。四肢が溶かされ食いちぎられて行くからだろうか、それとも麻痺毒を流し込まれたか。どちらにせよ死に近づいていくのは変わりは無い。このまま死ぬのか。そう思ってたが、
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
「……あ?」
ふと気付くと自分の手足があるのが分かる。溶かされ、食われて、とうに無くなりこのまま死ぬと思っていたが未だに食われ続けていた。そして消えた箇所から肉が盛り上がるかのように自らの肉体が治っていくのを見た。
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
「………【再……生……】……。」
食われた傍から体が再生いていく。再生した傍からまた食われていく。そしてまた再生し食われを繰り返しと、そこには最悪な永久機関が完成していた。死なないが、痛みはある。流れ出る血の量は致死量を優に超えて、体もなくなり続けているが、一向に死ぬ様子は無く痛みだけがその身を襲う。死ぬような目にあっても死なない、死んでもおかしくないほどの痛みなのに死ねない。何故なら固有スキル【再生】を持っているから。
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
「痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!」
終わらない痛み。溶かされ、食われ続ける苦しみ。
自らを構成しているものを失っていく喪失感と、永遠に続く激痛に、抵抗しようにも動かない体。まさに生き地獄を体現していた。
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
「嫌だ!痛い!誰か!助けて!死にたくたい!アアアアアア!!痛い!痛い!」
どれだけ
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
「あ………………。」
そして不意に自分の体に群がった虫と目が合って───
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
俺はそこで意識を失った。
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あれからどれくらいの時間がたったのか。目の前で起きている自分が生きたまま食われている状態に恐怖し気絶しては、食われ、溶かされ続ける痛みにより強制的にたたき起こされるのを繰り返し過ぎて記憶が曖昧になっている。心のどこかでこのまま永遠に食われ続ける人生なのかと、そう思い始めた時―――――
「う……?」
一瞬痛みが和らいだ気がした。それは更なる痛みによってすぐにかき消されてしまったが、永遠とも思えるこの時間の中で確かに起きた変化だった。そんな思考すら出来なくなるほど貪り続けられること数時間。
「あ……?」
痛みが消えた。
それにあれ程まとまらなかった思考が、今では氷が解けたかのようにクリアになり普通に物事を考えられる。
既に狂っていた精神は正常に戻っているし、あれ程恐怖を感じていた虫たちにも何とも思わなくなっていた。
「あんあおえ、あ。」
(そうだった、絶賛全身貪られ中だからまともに声が出せないんだ。ていうか、なんだこれ。いきなり痛みは感じなくなったし、平常に考えることもできる。どうなってんだこりゃ?普通にまだ食われてるのに、痛くないし苦しくもない。不思議な感覚だな。)
未だ食われている最中にも関わらず、こうして今の状態を冷静に分析し呑気にも眺め続けていた。
(よくよく感じたらもう体溶かされてなくね?それにいい加減に食われるの鬱陶しくなってきたし。四肢が再生すりゃこいつらを殺せるのに……。)
虫たちは目の前の餌が溶けなくなったことに気が付いたのか、食うのに苦戦しているようだった。そこで何らかの異変を感じ取ったのだろう、一旦動きが止まった。しかしそのせいで食い続けることによって【再生】と拮抗していた真斗の体は、一部ではあるが完全に再生していた。当然彼はその千載一遇のチャンスを見逃すはずがなく、
(お?動きが止まったな。今なら右腕が治ったしいけそうだ。確か外は堅かったからな、内側から攻撃するか。)
昔動画サイトにて興味本位で見た空手の抜き手を、見よう見まねで己の手が壊れるのを顧みずに虫の腹に打ち込んだ。
ドスッ
「ピギャー⁉」
突然の餌からの反撃によって己の弱点である腹を貫かれ、虫はたまらず悲鳴を上げた。
(お、通った。でもまだ死んでねえな。もう何発か撃ち込むか。)
一撃では仕留めきれないと感じた真斗は続けて虫の腹目掛けて抜き手を打ち込み続けた。
「ピ…ギィ……。」
流石に身体が持たなかったのだろう、虫はそのまま息絶えた。
「「「ピギッ!」」」
仲間の一匹が殺られ危機を感じたからだろうか、体を覆っていた虫達は一斉に俺から離れていった。そして先程一匹殺したからか、身体の中心が熱を持ったかのように熱くなったと思ったらどこからか力が湧いてくる感じがした。
「おおっ、これが神様がいってた魂の位階が上がるってやつか。正確にはちょっと違った気がするけど、細かい事は気にしないようにしよう、うん。」
新たに再生した両手で開いたり閉じたりと力の入り方の違いを確認しつつそう呟やきながら立ち上がり、虫達の方向に向いた。
「さて………。」
「「「ピギ……。」」」
虫達は先程まで餌と認識していたものの変わり様に困惑しながらも、仲間が殺された事により今度は敵として真斗を見据えた。
「さっきはよくも俺の事を食い散らかしてくれたな、お陰で足元が大量殺人が起きたのかってくらい俺の血で溢れてるよ。」
「「「……。」」」
虫達は静かに構え始めた。目の前の食っても溶かしても死なない存在を倒す為に。
「【再生】によってなんとか死なずに済んだけど、痛いの苦しいので散々な目に遭ったな。いやぁ、辛かった辛かった。もう二度と体験したくねえよあんな事。心の底からそう思う。ああ、そうさ。その通りだ。だからよぉ…。」
「ッ……。」
何を言ってるのか虫達には理解出来ないが、それでも分かったことがある。
「お前達を根こそぎ殺し尽くしてやる。」
コレは生存競争をかけた殺し合いだということを。
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