第35話 祭り10

「全く、酷い目にあったぜ………」


「おー、よく生きていたもんだなぁ。いや、ほんとに」


「むぅ、念の為に渡していた魔道具がこうまで消耗しているとは、どれほどの勢いで動いていたのか。全く、想像したくもないわい」


 高度からの落下による衝撃を俺の腕の中でモロに受け、あわや瀕死になっていたソーマを降ろしてからこっそりとエリクサーで治し、それからは邪魔にならないところに避難してもらった。


 忘れていた俺が悪いのだが、回復させた後に随分とグチグチと言われてしまった。何とか許して貰ったが、その条件として飯を奢る事になってしまったのはここだけの話だ。


 そして結界内に居た者達もソーマと一緒に何時の間にか端の方へと移動していたようで、既に目の前の赤黒いゴブリンから遠ざかっていた。ソーマと合流した後、一緒に転移魔法陣がある部屋へと入り、そこに壁を作るかのように再度結界を張って閉じこもった。


 初めは転移魔法陣を使って退避するつもりなのかと思っていたが、どうやら万が一俺が負けた時の対応や恐らく先に着いてこのゴブリンに負けたであろう大勢の負傷者達を匿い、いざと言う時は逃げ出す為の時間稼ぎ兼戦闘の余波を防ぐ為のものであったらしい。


 無数の魔力反応をここに着いた時に確認してあった為、恐らく間違いでは無いだろう。


 突然天井から落下して乱入して来た俺を見て場は相当混乱して居ただろうに、迅速に行動し的確な判断を下し臨機応変に対応出来るようにとすぐ持ち直すとは。しかもちゃっかりと結界越しから観戦している始末である。


 流石は深層の探索者である。


「……」


 勿論、その間ゴブリンが彼らを攻撃していても不思議では無かったのだが、何故か俺が落ちて来てからはこちらを警戒する様に一切動くことは無かった。


 まあ、そのお陰でこちらも余計な心配をしなくても済むように戦える様になったから有難いが。


「……で、お前は一緒に退避しなくても良いのか?」


「ん、師匠が戦う所を見たいから」


「それなら結界内からでも見れるだろう」


「それにまだやり返し足りないし」


「そっちが本音か……」


 何故か隣に居る、鼻息を荒くして仕返す気満々のウル。話を聞く限りどうやらあのゴブリンに因縁があるらしい。まぁ、一方的だと思うが。


 そして隣に居るウルを今見つけたのか、何やら結界内が慌ただしくなっているのを感じる。位階値を上げ続けた俺の地獄耳には「戻ってこい」だの「何やってんだあのバカ」だの、色々聞こえてくる。


 残念ながら本人には一切戻る気が無いためにどうすることも出来ないのだが。


 ある意味こいつも深層の探索者だな……あちらと比べるべくもないが。


「まぁ、見学するのは良いが巻き込まれない様に下がっておいた方がいいぞ」


「ん……じゃあこれくらい」


 そうしてウルは十歩程離れた所で急に立ち止まり、勢い良くこちらを振り向きながら目を見開いていた。


「ししょ――――」


 ウルが何かを言う前に俺は後ろから来ていたゴブリンの腕を掴み、こちらに引っ張るようにして反対の肘をガラ空きの腹に叩き込む。


 ブチブチと何かが千切れる音を立てながら背後から襲いかかって来たゴブリンは、轟音と共に迷宮の壁へと沈んだ。


「――う危ない!………………え?」


「全く、いきなり背後から攻撃して来るとは礼儀がなってないな。所詮は魔物ということか。あぁ、もう少し離れた方がいいぞ。そこじゃ危ないからな」


「あ、う、うん」


 手に何らかの魔法を発動しようとしていたウルを充分な距離まで下がらせてから、俺は右手で握り潰していたゴブリンの赤黒い腕を無造作に地面へと放り投げ、衰えた様子の無い魔力反応の方へと体を向け直す。


「この程度でくたばる程お前は弱くは無いだろう?さっさと出て来い」


「グゥ………」


 案の定吹き飛ばしたゴブリンは瓦礫を退かして壁から這い出てきた。


 そして先程負わせた傷であろう肩まで引きちぎられた腕と風穴が空いた腹を一瞬にして治し、咆哮を上げながら再びこちらに向かって殴り掛かって来る。


「ガァァアアアッッ!!!!」


「ふむ」


 それを俺は冷静にいなし、カウンターとして裏拳を顔面に叩き込む。


 パアァンッ!!と頭部を破壊させた音を聞き流しながらすかさず俺はいなした手でゴブリンの心臓部を貫手で突き破る。


「身体強化はかけていないはずなんだが、案外脆いな。いや、前に戦った時は俺もまだ弱かったからのだからそもそも比べるべきでは無いか」


 腕を振るい地面へとゴブリンを放り捨て、戦闘が終わった事を知らせる為にウルの所へ戻ろうとする。


 が、


「……中々にタフだな」


 振り返り、ボコボコと頭部と胸から不自然な音を立てて起き上がって来る赤黒いゴブリンに目を細める。


 どうやらあの状態からでも再生出来る上に、些かも魔力反応が衰えていない様子。


 幾ら迷宮産の魔物が通常種よりも頑丈であるとはいえ、頭部と心臓を破壊されて尚生きて居るとは驚きだ。


 確かに赤黒いゴブリンは例外なくどいつもこいつも異常な再生能力を持ってはいたが、流石にどちらも潰されて生きれる程のものでは無かった筈だ。


「グギュるるる」


 そうして唸り声のようなもの上げて、ボコボコと奇妙な音を立てて頭部と左胸を再生しながら再びこちらに対峙するゴブリン。


 しかし、流石に治し切るのは無理だったのか、顔半分が溶けているかの様に無くなっており、左胸は再生した心臓が飛び出す様にボッコりと膨らんでいるという、歪な姿へと変わってしまっているが。


 恐らく通常は再生出来ずに死ぬ所、膨大な魔力でもって自身の再生力を強引に引き上げ無理やりに治したことによる弊害だとは思うのだが………。


「ふーむ、どうしたものか」


 普通はあれだけの致命傷から完全とはいえずとも再生したのならば、かなりの魔力を消費しているはずだ。


 しかしゴブリンを見ても魔力を一切消費していないように見えることから、同じ事を繰り返しても殺し切れるかは不明。


 頭部と心臓を破壊されても死なずに再生し続けるのならば、その再生が追いつかない速度で死ぬまで破壊し続けるか、もしくは全身を粉々に砕け散るまで殴り続けるか。


 そうやってあのタフなゴブリンをどのようにして倒すのかと思案していると、後ろからウルがおずおずと話しかけてきた。


「師匠、多分アイツは一撃で全身を消し炭にしないと死なないと思う」


「消し炭か」


「そう。普通なら今ので再生の為の魔力残量上は殺れてただろうけど、アレは迷宮産の魔物だから魔力が尽きることはない。だから一撃で再生しようとする身体ごと消すの」


「なるほど」


 そう言えば俺が昔戦った奴は迷宮の外だったからな。すっかり迷宮産の魔物ということを忘れていた。


 基本的に俺は大抵の魔物は一撃で倒してしまうためにあまり実感は無かったが、どういう原理か迷宮産の魔物は魔力が尽きないらしい。


 曰く、迷宮が魔物に魔力を与え続けているから実質的に無限の魔力を持っているとかなんとか。


 本当かどうかは分からないが。


「それにしても随分と面倒臭い個体になったものだ」


 森のゴブリンの方が場所が場所な為に強さは上だが、再生力に限ってはこちらの迷宮産のゴブリンの方が優れているみたいだな。


 通常種と同様の身体能力、魔法、欠損程度ならば直ぐに治す程の再生力を持ち、追い詰められれば身体能力を極限まで高めた形態変化に加え、どうやら迷宮産のものにもなると先程の様に普通は死ぬはずの怪我を負っても尽きぬ魔力にて強引に再生して復活して来ると。


 もしこのまま存在を知られずに成長していたならば、森のゴブリンよりも遥かに強く厄介な奴になっていたかもしれんな。


「それで、引き続きこのまま俺がやるか?それともウルがトドメを刺すか?どちらでも構わんぞ」


「え?でも………」


「やり返し足りないのだろう?ならばやり返すがいい。何やら試して見たい事が有りそうだしな」


「……ん、わかった。じゃあやる」


「そうか。それじゃあ少し待っていろ」


 そう言って俺は歪な姿に変貌した赤黒いゴブリンへと歩を進める。


 するとこちらに向かってくる姿に気づいたのか、奇声を上げながら今度は正面から襲いかかって来た。


「ァアアアァァイイィィィィイイ!!!!!!」


「喧しい」


 先程と比べ余りにも杜撰な攻撃をしてきた為、初手で再度頭部を破壊する。パァン!!と音が鳴り響くのを気にせず、俺はゴブリンの動きを止めるために四肢を手刀で根元から切断する。


 そして再度頭部が生えて来ないようにあえて頭があった部分を掴んでウルの前に持って行き、地面に強制的に寝かし付けた。


 この間、僅か十秒である。


 無力化するよりも歩いて戻ってくる時間の方が長かったな。まあ良しとするか。


「ほら、弱点の心臓部を残して無力化させたぞ。やるなら今だ」


「あ、うん。そ、そうだね」


 素早く頭がない達磨状態にして無力化した後にウルの前に持って来たが、何やら顔が引き攣っている。


 少し向こうの結界内からはドン引きされている気配を感じるがきっと気の所為だろう。


 少しの間隙が空いたが直ぐに切り替えたウルが深呼吸をし始め、指先に魔力を集中させていく。


 次第にバチバチと音が鳴り始め右手の人差し指が青白く光り輝く。


「急所突き・《いかづち》雷」


 そして盛り上がった心臓部に向かって一突きした後、ゴブリンの全身に一瞬にて青白い雷が駆け巡った。


 すると、ビクンッ!!とゴブリンの身体が一度強く跳ねた後、切断された四肢の末端から炭化していき、先に切り離した手足も含めボロボロと塵と化して最後には何も残らなかった。






「さて、取り敢えず今回の迷宮異変はこれで終息したわけだが……………終息したんだよな?」


「ん、原因は取り除いたからもう大丈夫だと思う」


「そうか、ならいい。それで……これはどうしたらいいんだ?」


 赤黒いゴブリンが跡形もなく塵となったあと、何時の間にか出現していたダイヤモンドの様に光り輝いている宝箱を見て質問する。


 因みに既に結界内に避難して居た先ほどの者達も出てきており、宝箱の前に全員(結界内の負傷者除く)集合済みである。


 話には聞いていたが、どうやら迷宮の特徴の一つとして、階層主を倒す他に今回のような迷宮異変の元凶を倒すとその場に宝箱が出現する仕様になっているみたいだ。


 そして中身を取り出すとたちまち宝箱は消えるらしい。


 どうやってこんなゲームみたいな現象を起こしているかは全くもって謎に包まれているが、もうそういうものだと受け入れている。


 そして宝箱だが、基本的にはトドメを刺したものが権利を主張する事が出来るルールとなっている。


 パーティだと共有財産として扱われ、武具だと最も適している者に渡される事もあるが、今回の様な例外では貢献度によって決まる。


 何故なら元凶討伐のため合同で迷宮探索をしている関係上、トドメを刺したものが総取りでは揉めるからだ。まだルールが定まっていなかった過去ではそれが原因で死傷者を出したケースもある。


 なので勝手な事はせずに俺は誰が権利を主張出来るかの話し合いの場を設けることにした。


「どうもこうも、今回の立役者はどう考えてもあんただ。気にせず開けるといいぜ」


「ふむ、しかしトドメを刺したのは俺ではなくウルだぞ?それ以前にあんたらもアイツと戦っていたんじゃないのか?」


「ほっほ、確かに儂らも戦り合いはしたんじゃが流石に倒しきるには火力不足が過ぎた。お主が来るまで耐えきったもののそれが精一杯で、後は結界内に閉じこもっておっただけじゃしなぁ」


「そうそう。いくら俺たちが頑張ってもありゃあ倒すのは無理だ。だから別に権利を放棄したわけじゃなくて元々ないんだよ。それにドールの言うように最後は真斗の戦い……いや、ありゃ蹂躙だな。その蹂躙劇を安全な所から観戦してただけだしなぁ」


「そうですね………見ていて思わずあの赤黒いゴブリンが可哀そうに思うほどには圧巻でしたね」


「そうね。私たちどころか他の深層の探索者が悉く返り討ちになっているようなあんな化け物よりも、上を行くどころか子供扱いして何でもなさげに処理してたあなたはちょっと非常識過ぎじゃないかしら」


「アイツ、あんなに強かったのかよ………」


「ん、だから言った。師匠は強いって。あとトドメを刺したのは私だから私は堂々と権利を主張する」


「確かに強かったが流石に一人で、それも素手であの化け物をあんな首無し達磨にするような埒外の奴とは普通に考えて思わないからな?通りでお前がしきりに師匠が居れば勝てるって言うわけだ。てかあれだけお膳立てしてもらっておいてお前、図々しすぎんだろ………」


 どうやらウル以外はこの宝箱の権利を放棄しているらしく、ウルを除く全員が俺に権利があると主張する。


 確かにゴブリンを叩きのめして無力化したのは俺ではあるが、トドメを刺したのはウルで、俺が来るまでに持ち堪えたことも十分以上に貢献しているため全然権利を主張しても良いと思うのだが………


 しかし、その事を吐露すると何だか顰蹙を買いそうな気がするため余計な事は言わないでおこう。


「流石にトドメを刺すだけじゃ貢献度としては足りないと思うわよ。大人しく諦めなさい」


「そりゃ、真斗と比べたら余りにも足りないわな」

 

「ほら、さっさと諦めろよ。深層の探索者としてみっともないぞ」


「む〜〜〜…………………分かった」


「あはは……」


 本気で貰えるとは流石に考えてなかったのか、どうやら他の仲間たちに説得されて渋々といった感じで諦めたようだ。俺としては別にウルでも良かったのだが………まあ良いか。


「それじゃあ俺が開けるって事でいいんだな?」

 

「おう、それでええぞい」


「まぁ、元よりウルの奴以外権利を主張してなかったしな」


「お前以外に誰が居るんだよ………」


「アンタが受け取ってくれ」


「良いわよー」


「お願いします」


「む〜〜〜」


 若干1名不満そうにしているが、敢えてそれは無視して俺は未だに鬱陶しく光り輝いている宝箱の前に立ち、パカッと開けた。


「む、これは」


 するとそこに入っていたのは先程のゴブリンの体表と同じ色に刀身が鈍く光り輝いている一本の刀だった。


 ………どことなく呪われそうに感じるな。


「ふむ、特に異常はなかったか。見た目からして呪われそうなものだったんだがな」


 手に取っても特に何らかの状態異常にかかった感覚は無かった。どうやら杞憂であったらしい。まあ俺は状態異常無効のスキルを持ってるから仮に食らっても何も問題は無いのだが。


「しかし、本当に何だこれは?明らかに呪われそうなオーラを発しているクセして特に何も感じ取れんのだが」


「……それは、もしかして”魔造武具”と言うやつじゃないか?」


「魔造武具?」


「あぁ。俺も聞いたことがあるだけで実際には見たことは無いが、魔造武具は存在自体が希少な上に総じて強大な力を秘めているらしい。現にその刀からは尋常じゃない程の存在感を感じる」


 そういって冷や汗を垂らしながら心当たりを言うジェイ。確かに言われて見ればさっきのゴブリンと同じ存在感を感じるな。しかし、なんと言うか、こう……より強くなった感じで、同一のものでは決して無いが。


「存在感か。それにしては特に何か力があるようには感じられないのだが」


「いや、恐らくジェイの言う通り魔造武具で合っているじゃろうな」


「そうなのか?」


「詳しくは組合で鑑定して貰えるまでは分からんが、儂は昔に魔造武具と呼ばれる物を見た事がある。それと比べると遥かに存在感が上の時点でまず間違いないじゃろうな」


 どうやらこの刀は俺が思ったよりも凄そうな武器であるらしい。使えるかどうかは別として。


「まぁ、何はともあれ今回の迷宮異変は解決した事だし、そろそろ地上へと戻るとしよう」


「そうだなぁ。マスターに連絡もしていることだし、早いとこ負傷者も連れて行ってやらないとなぁ」


「そうですね。幸いにも死者は居なかったものの、僕が治療して居なかったら危ない方も沢山いらしたので、早いとこ帰りましょうか」


 既に刀は取り出してあるので宝箱は消失済みであり、他にやり残したことは無いかを確認してから全員で負傷者を匿っている転移部屋へと移動し始める。


「お前らだいじょっ…………!て、なんじゃこりゃ〜〜〜!?」


「お、噂をすれば」


 どうやら大量の負傷者を転移部屋にて見つけたみたいで、ガイの焦った声が木霊してくる。


 その叫び声が何だか滑稽に感じて、俺たちは苦笑しながらも本格的に迷宮異変の終わりを感じたのだった。

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