第30話 祭り 5
◆ sideウル
真斗達一行が恒例の実力テストをしている一方で、ウルが率いるパーティーもお互いの連携のため一通り実力を確認したあと迷宮異変を解決するべく三百層から始め、十階層ずつ転移しながら眼前に迫り来る多種多様なゴブリンを切り捨てながら元凶を探し歩いていた。
(何で私がこんな事を。)
ガイに話してたように確かに真斗も一緒に参加する旨を伝えていた事から、てっきり一緒のパーティーで探索する事になる思っていた。
しかし実際は全く別の班にそれぞれ配属された上に、探索階層や潜る時間すら別々という徹底ぶりを受ける。
そして更に憎らしい事に自分たちに絡んで来ていたソーマとかいう無名の探索者に自分がいた筈の席すら奪われて、内心不満爆発である。
「んー、中々見つからないですね。元凶のゴブリン。」
「そうだなぁ。まぁ、まだ時間はあるし気長に行こうぜ。焦ったって仕方ねぇしな。」
「一体何処にいるのかしら。早く見つけたいものねぇ。そろそろ五百階層に辿り着いちゃうわよ?全く、迷宮に潜ると汚れて仕方ないわ。はぁ、ヤダヤダ。」
「それは仕方無いですよ。どうしたって動くと汗はかくし、長時間も潜っていると汚れも蓄積します。外と比べて魔物の返り血が付かないだけでもマシってもんですよ。」
「それはそうだけど……。」
今も襲いかかってくる通常のハイゴブリンよりも迷宮内に満たされた魔力によって二段階程強さが底上げされた強化ハイゴブリンの集団を、会話しながらもあっさり蹂躙していく魔法使いの女。
迷宮という限定された空間の中で轟々と燃え盛る火の玉を辺り一面に絨毯爆撃の如く放ち、なすすべもなく強化されたハイゴブリン達は焼け焦がされていく。
その片手間に魔法の余波である熱波がこちらに来ないようにと前方に水の膜を貼り、パーティーの安全も確保する。
大量のドロップ品を残し焼け野原となった場所に冷たい風を送りながら上昇した温度を下げ、新鮮な空気でその場を満たした後戦闘が終わった事を示す様に水の膜を解除した。
「派手にいきますね~。」
「ちょっとは残しとけよ、つまんねぇじゃねえか。」
「嫌よ、めんどくさい。それに仮に残ってても貴方じゃ先を越されちゃうでしょ。言うだけ無駄よ。」
「あー、ウルさん機嫌悪いですしね。あんなやられ方で八つ当たりにされた魔物たちが可哀そうに見えましたよ。」
どこか神官っぽい服を着ている回復役の男は未だに口をへの字にして不機嫌そうにそのモフモフな尻尾をバサバサと乱雑に振っているウルを見ながらそう言った。
「いい加減に機嫌を直してくださいよ。もうどうしようもないですし、運が悪かったと思って諦めてください。」
「確かウルちゃんの師匠?と一緒になれなかったことに不満なんだっけ?私はその人をまだ見ていないからどんな人か知らないけど……そんなに凄いの?」
「さあな。俺は実際に見た事はあるが、特に強そうには見えなかったぞ?ウルの奴がそう言ってるだけで本当かどうかは知らん。色々な噂も出回ってることだしな。」
「む、師匠の悪口は聞き逃せない。本当に師匠は私よりも強いし凄い。嘘じゃない。」
「どうだかなぁ~?」
どれだけ説明してもウルの言う師匠強い説は今のところ一部を除き殆どの人には信じられていない。現に自分の背程の巨大な斧を背負った戦士風な男はウルの話を疑うように目を胡乱気にさせながら話している。
その話の荒唐無稽さ故に信憑性が今一であることも原因の一つではあるが、主な要因は《雷姫》と二つ名で呼ばれ単独で五百階層を踏破するほどのイカレた強さの持ち主が誰かに師事するとは思われなかったからである。
例えそう呼び慕っている様子を見せたとしても周囲からは冗談でそう呼んでいるだけ、もしくは呼ばれている者の本名なのではないかと思われている。
もちろんどちらも不正解でありウルの言葉通り真斗の方が強いというのが真実なのだが。
「実際信じられないのも無理はないですって。あの《雷姫》より強い人なんて、それこそカムンドマスターくらいしか僕は知りませんよ。それと同等、もしくはそれ以上に強いなんて想像できませんって。」
「そうよねぇ。ウルちゃんが嘘を言ってるとは思わないけど、それにしたって多少は誇張が入ってるんじゃないかしら?」
「む~、そんなに言うなら師匠から教わった凄い技を見せてやる。それで師匠がどれだけ凄いか分かるはず!」
そう言って丁度良く現れた強化ハイゴブリンの集団に向かってウルは勢いよく駆け出し、真斗から教えてもらった指に魔力を圧縮させて相手を貫く技、道影流の一つ"急所突き"を放つ。
ウルの"急所突き"は未だ未完成なれど強化されたハイゴブリン程度であるならば頭部に穴を開けることなど造作もない。
そうして次々と額に一つの穴が開いた死体を量産していき、最後の一体に至るまで丁寧に強化ハイゴブリンはなすすべもなく頭部を貫かれた。
「ふふん、どうだ。」
「いや、どうだと言われてもですね……。」
「うーん……。」
「……ただ余りある腕力に物を言わせただけの刺突じゃねぇか?しかも地味だし。お前騙されてんじゃね?」
鼻を鳴らしどことなく自慢げに結果を見せつけるが、三者三様微妙な表情をしながら想像していたものより地味なその技に困惑する。
その微妙すぎる反応にウルはこの技の凄さが伝わっていないと思い顔をしかめるも、やれやれとでも言いたげに首を左右に振りため息を吐く。
「この技の凄さを理解出来ないなんて可哀そうに。」
「あ”?喧嘩売ってんのか?買ってやるぞ?」
「まあまあ、現に僕たちはその凄さが分からないわけですし。仲裁するのめんどくさいので買わないでください。」
「そうねぇ……私は日常的に魔法を使っているからウルちゃんの指先に凄い密度の魔力が込められているのは分かったけど、そんな一か所に魔力を込めたら暴走する危険があるわ。それにわざわざ指先に込める意味も分からない。見た限り得られる効果だって精々物を貫通させるくらいだと思うし、その量の魔力をコントロールできるのは凄いことだけどそんなことをするくらいなら派手に魔法を使った方がいいし…。」
「むぅ、ロマンがあるのに……。」
確かに皆が言う様にこの技は多量の魔力を食う割に地味なうえ威力も規模も小さい。そして指摘通り一か所に魔力を集中させるため暴走する危険性もある。訓練中その制御に失敗して何度指を吹き飛ばしたことか。
そんな思いがあるからかそれ以上反論することはなく、更に言いくるめられたことに対する若干の不甲斐なさから気落ちしてしまう。
「あー、他の教えてもらった技は何かないでしょうか?」
「……一応もう一つある。」
「せっかくなのでそちらも見せて頂けないでしょうか?その、一つだけで判断するのは早計でしょうし。次の魔物もお任せしていいですか?」
「分かった。」
その様子に流石にいたたまれなくなったのか神官風な男は他にも何かないかとウルに問いかけ、俯きながらも答えてくれたことで素早くフォローに回る。
そしてしばらく歩き今度は赤いゴブリンの集団と接敵したことで今度は魔法使いの女が顔を顰める。
「レッドゴブリンじゃない……また面倒な。」
「また出番なしかよ。」
「流石にあれだけの数の火魔法を打たれたら僕たちでも危険でしょうし、ここは彼女の魔法で一掃した方がいいでしょう。すみません、ウルさん。機会はまた後でお願いできますか?」
体表を赤く染めたゴブリン、通称レッドゴブリン。通常のゴブリンと比べやや力強い上に火属性魔法を使ってくる変異種。迷宮内では偶に遭遇する厄介な存在程度だが外では殆ど発見されていない為、どのように変化しているのか等の詳細は不明。他にも様々な属性に沿って体表が変化している個体が複数確認され、その色ごとに名称も分かれている。
通常種と強さは余り大差ないが、魔法による被害の高さによりその脅威度は三段階上とされる。単体であるならばそこまで脅威ではないが、そこはしっかりゴブリンの特性を引き継いでいるので基本的には集団で襲ってくる。
そして今は迷宮異変の真っ只中、集団の数は激増し迷宮の特性により強さも更に二段階底上げされている。それらがウル達の眼前で今にもこちらに向かって魔法を一斉掃射しようとしてひしめき合っていた。
「ん、私に任せる。」
「ウルさん⁉」
こちらに向かってくるであろう火属性魔法に対抗するため、既に魔法使いの女の手によって先ほどよりも厚めに作られた水の壁を通り抜けてレッドゴブリンの前に立つ。
その行動に神官風の男は制止の声を上げたが今から向こう側に出るのは危険なためパーティーメンバーと目でコンタクトを取る。一瞬の逡巡のあと最悪は自分たちがカバーすればいいと思い直し、ウルの事を見守った。
ウルは数歩ほど歩き肩を回して調子を確認したあと掌に魔力を集め、球体上に形を変化させる。無色透明であるため遠目からでは突然掌を上に向けて静止しているだけにしか見えず、神官風な男と戦士風な男は首を傾げ魔法使いの女は唖然としていた。
レッドゴブリンとウル、両者共に臨戦態勢。じりじりとお互いが衝突する時間が過ぎていく。いつその均衡が崩れてもおかしくない中、先に動いたのはレッドゴブリンの方だった。
「「「ギャ!」」」
「!」
複数のレッドゴブリンによる火属性魔法の行使。飛んできた火の玉は実に三十は下らない。その全てをウルは持ち前の身体能力で次々と躱していき、その合間を縫って手に生成した物をお返しとばかりに相手に向かって投げつける。
一人で五百階層を踏破する化け物染みた実力の持ち主によって放たれたそれは、ただでさえ無色透明で見えないのに更に視認することすら難しいほどの速度でレッドゴブリンへと向かっていき―――——。
「ギ?」
その体を爆散させた。
「「「⁉」」」
「ん、命中。」
突如起こった仲間の爆散。その理不尽な光景にさしものレッドゴブリンたちも動きを止めてしまった。
「そこ。」
もちろんその隙を見逃すほど彼女は甘くなく、動きが止まった的に対して次々と投げていく。その度にレッドゴブリンたちは爆散され数を着実に減らしていく。
「ギィ⁉」
たちどころに起こる仲間の爆散、飛び散るドロップ品、視認することが出来ない恐怖。ここでも迷宮の理を覆す程の理不尽はまき散らされた。
たちまち逃げ回るレッドゴブリン。その背後に投げつけ爆散させていくウル。最早戦いとは到底言えず、ただただ蹂躙していくのみ。
「ギイィ‼」
「む。」
そんな地獄の中でも勇敢に立ち向かい、得意の火属性の魔法をウル目掛けて放つレッドゴブリン。
決死の覚悟をもって放たれたその火の玉は―――。
「ん。」
手に纏わせた魔力によって簡単に打ち払われてしまっていた。
「⁉」
「ほい。」
その非常識な出来事に思わず体を硬直させてしまい、その隙をついたウルによってあえなく爆散。
「ふふっ。」
逃げられず、さりとてこちらの攻撃は一切通じない。その上相手の攻撃を避けようにも一切視認する事すら出来ず。
最早どうあがいても爆散される運命にあるレッドゴブリン。爆散される恐怖に抗うすべを失った彼らが最後に見た光景は、次々と仲間を無慈悲に爆散させながらこちらに向かって笑顔を浮かべる悪魔の姿だった。
◆
「どう?前に教わった技の一つなんだけど。」
「「「……。」」」
大量のドロップ品を背後に何処かスッキリした顔を見せながら教わった技についての感想を聞いてくる。
「?」
何も言ってくれないことにウルは疑問符を浮かべるも、それも当然と言えよう。彼らは一様に何が起きたのかを一切把握出来ずに一方的に蹂躙されていく非現実的な光景を見たのだから。
勿論彼らも歴戦の深層の探索者としていくら大量の強化されたレッドゴブリンが居ようとも一人で殲滅出来るほどの実力を有している。それは自他ともに認識しているし、その中でもウルは隔絶した力を持っていたためその勝手な行動を咎めはしたものの実際は余り心配していなかった。
しかし彼らが知るウルの実力はここまで圧倒的にレッドゴブリンを蹂躙する程ではなかったし、余り遠距離の攻撃を得意とはしていなかった。
「……いやはや、これは凄まじいですね。確かウルさんは遠距離の攻撃手段は余り持ち合わせていなかったと記憶していたんですが、何時の間にこれほどまでの威力を持つ魔法を教えてもらっていたんですね。流石はウルさんの師匠と言ったところでしょうか。」
「良く見えなかったが、何かを投げていたよな?レッドゴブリンに向かって。確かに腕が凄まじい勢いで振り切られていたが視認出来ないほどじゃなかった。こう、見えにくい様な攻撃じゃなくてマジで何も見えないような。言ってて意味分かんなくなってきたな……。」
「あれは多分魔力に包まれたただの空気よ。確かにこの目で視たわ。何かを包み込むように丸い形に変形する魔力を。どうやってやっているのか全く分からないし、そもそも魔力そのものを変形させるなんて聞いたことも見たこともないわ。というかあれは魔法なの……?」
それぞれ先ほどの感想を言い合うも、まだ混乱が抜けきっていないのか一部は自問自答している。
その様子にウルは今見せた師匠の技が評価されたことが素直に嬉しかったが、最初に見せた自分が気に入っている技よりも絶賛されているの見て複雑になる。
「そういやその技の名前はなんて言うんだ?こんなわけわからんものでも教わったからには聞いてるんだろ?ああ、それとさっき見せてもらった奴もついでに教えてくれ。」
「ついでじゃなくて本命なんだけど…まあいいや。最初の奴は”急所突き”という技で文字通り突く場所が全て急所になる技。その分魔力を食う。そして今のが”空気弾”という技。推察通り空気を魔力の膜で覆ってそれを相手に投げつける遠距離対応の技。コスパ的にはこっちの方が遥かに安い。」
「技は聞く限り中々理不尽な性能をしてるがネーミングセンスは壊滅的だな。」
「ついでに言うとどっちも魔法じゃないから才能関係なく実質誰でも習得できるよ」
「魔法じゃないの⁉」
「え、じゃあ俺も師事すりゃ覚えられるのか?」
「ふむ、これは護身用として覚えるのはありかもしれませんね……。」
「頼んでみれば?まあ無理だと思うけど。」
当初予想していた反応とは違ったものの結果的には師匠である真斗の実力を認識させることに成功したウルは、ふふんと何処か挑発するように鼻を鳴らしながら弟子としての優越感を醸し出し背後にある大量のドロップ品を拾いに行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます