第11話 また、大いに語り合おうではありませんか。

トントントン


 園長室の扉がノックされた。

 入ってきたのは、当時25歳になったばかりの大槻和男児童指導員だった。

「園長先生、児童相談所の所長からお電話です」

 この園長室には、内線電話はない。


「どういったご用件じゃ?」


 大槻指導員は、先方の用件を伝えた。幸い、こちらから電話まで出向いて話すほどの案件でもない。

 老園長は、後継者含みで新卒で就職させた若者に告げた。

「それで進めてくださるよう、伝えてください」

「はい、わかりました」


 ドアを閉めて出ていこうとする若い男性職員を、老園長は呼び止めた。

「それから大槻先生、所長さんからの用件を回答し終えたら、直ちに園長室に来てください」

「わかりました」

 大槻指導員は、ドアを丁寧に閉めて園長室を去った。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


「それでは、東先生、今日は、お付合いいただいてありがとう。また近々、例の本の感想をお話したいから、ぜひ、H町のわしの自宅でお付合い下さらんかな」

「喜んで参ります。それでは園長、失礼いたします」

 東副園長は、去り際に湯飲みを2つ回収し、給湯室を経由して事務所へと戻った。


 東氏がよつ葉園に赴任してこの方、森川園長は日頃の話し相手として、よく彼を誘っては自宅で、あるいは酒の席で、さまざまなことを話していた。

 森川氏は読書家であった。

 読んだ本の感想などを、彼は面白おかしく、時には熱っぽく、東氏に語っていた。

 ただ、教育の問題、特に「日本精神」がどうこうといった話になると、その語調は急速に熱を帯び、いささか収拾をつけかねるところまでヒートアップすることも、ときにはあったという。それは、森川氏が園長を退任して後、1978年の年明けに88歳で死去するまで、続いた。

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