第6話 この場で、即答は致しかねます。
森川園長の「演説」は、時間が経つにつれ熱を帯びてきた。
その一方、東副園長は、はて、どうしたものかと悩みつつ、約20歳弱年上の老園長の弁を聞きながら、その弁の当否をどうとらえ、相手にどう回答するべきか、考えあぐねている。
東氏は、かつて小学校の教頭や校長だった頃のことを思い出した。
戦後教育もすっかり定着し、教職員組合の本部はもとより、そこに属する組合員の教師らは、自らの職場で、自らの主張を正面切って述べてくる。
それらをうまくかわしつつ、非組合員やいわゆる「右寄り」と言われる信条に近い考えの持主さえも納得させる範囲に、その学校で起きている物事を落ち着かせ、学校内部の、といっても教職員間のというのが正直なところではあるが、程よいところに落としどころを見つけ、多数決なり、ことと次第では校長案件として処理して、上手く自らの勤める小学校の長としての役割を果たしていたものである。
しかし、ここは養護施設である。
そのような手法は、「児童」と称される子どもたちの「生活の場」であるこの地では、必ずしも通用しない。
そのことに東氏が気付かされるのに、さほど時間はかかっていない。
トップがワンマンぶりを発揮してでも、児童らはもとより職員らを引っ張っていかねばならない割合が極めて高い「職場」である。
そうしないと、今この現場で起きている案件の対応が間に合わない。
何分にも、職員ら以上に、ここにいる子どもたちの「生活」、否、「人生」さえもが、かかっているのだから。
目の前の湯飲みの緑茶を幾分すすり、東副園長は、上司である森川園長の提案に対して回答した。
それは、小学校教諭時代、職員会議でよく述べていた論法に基づいている。
園長、確かに、私個人としては、素晴らしい取組であると思われます。
正直、左側と目される教職員組合に関っている教師の中には、まあ、世にも激しい主張をされる方もおられまして、正直、現役時代は、辟易させられましたからな。
しかしながら、そのような「普及活動」をこの地だけでなく、まして「国民運動」までしていこうという、
そんな大きな取組に賛同することを求められましても・・・、
何分、とっさのことでもありますし、本園の他の職員らとの兼ね合いもありますものでして・・・、
今この場では、直ちに賛成とも反対とも即答いたしかねます。
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