第3話 老夫婦の朝餉

 翌朝6時前。夜が明けた。


ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン


 振子時計が、6時を告げる音を発した。短針は数字の6の頭を、長針は6時間前と同じく、数字の12を下から突き上げる位置にやってきた。

 東氏の妻は、すでに起きて、朝食の準備をしている。

 この家のあるじである東氏本人も目覚め、起き出してきた。


 この家は、老夫婦だけが住んでいる。

 息子2人はすでに独立しており、昨年には孫も生まれている。


 東邸の朝食は、白米に麦入の飯とみそ汁、それに漬物を少々。

 特に魚などのおかずの付合せなどはない。

 しかしそれだけでも、この老夫妻には十分、朝は賄える。

 質素な朝餉(あさげ)を軽く済ませた東氏は、妻に用意してもらった珈琲をすすりつつ、老眼鏡をかけ、配達されてきた地元紙を読みながら、テレビで報じられている朝のニュースも見た。

 今年3月から、大阪で万国博覧会が開催されている。

 そこでは、国鉄の万博輸送について報道されていた。


ボーン!


 振子時計が一度だけ、音を発した。時計の針は、8時30分。


「おかあさん、行ってくるからな」

「行ってらっしゃい。お気を付けて」


 その音を聞いて、東氏は、今の職場であるよつ葉園へと、自転車で向かう。

 師範学校を出て教職に就いて数年後に見合いで結婚したという東氏の妻は、若い頃からと同じ様に、夫の出勤を見送った。


 この家にはすでに、東夫妻以外誰も済んでいない。

 特に犬猫などの動物がいるわけでもない。

 テレビは、すでに消されている。

 東夫人には、何かをしながらテレビを見るという習慣はなかった。


 静かに、東邸の朝は過ぎていく。

 夫人は、家事にいそしんでいる。

 今日は特に、孫たちが来る予定はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る