第15話 君は、教育勅語を読んだか?

「やっぱり、そうか・・・」

 最初に老園長が口に出したのは、そんな言葉であった。


 もちろんここで目の前の若者が言ったことをこの職場に勤める他の職員に聞かせるわけにはいかない。

 ましてや、子どもたちにはもっての他。

 それこそ、やぶで蛇をつつくが如き騒動にこそならなくても、静かに確執が進行していくだけのことになる。

 そんな事態を避けるべきなのは、言われるまでもなくわかり切っている。


 問題は、教師上がりの副園長といずれはこの地で園長を務めることになるこの若者とが、いかにこの地で適正かつ適切な業務を遂行してくれるか。

 その目途が立たない限り、自分は引退できない。

 本音としては、高齢でもあるし今すぐにでも後継者にこの職を譲りたいのはやまやまである。

 もし大槻が今より10歳も年上ならば、直ちに譲って引退したいものである。

 とはいえ目の前にいる彼は、大学を出てまだ3年目の25歳。

 そこまでの力がついているとは言い難いし、年配の職員も多数いる中、それはできまい。ならば、年配の経験者に補佐してもらえばということにもなろうが、その程度で大人しく収まってくれる人間などではないから、かえってそんな手は使えない。

 森川氏は、そんなことはすべて見越していて、この若者が将来このよつ葉園を率いていける力がつくまでの「つなぎ」という位置取りで、教育委員会を通じて東元教諭を招聘していたのである。


 思うところをかれこれ整理した森川氏は、目の前の大槻青年に尋ねた。

 それは、老園長をして昨晩の世紀の大発見の熱狂のもととなった、あの歴史的文書のことであった。


「ところで大槻君、あんた、教育勅語を読んだこと、あるか?」

 

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