第16話 如何ともしがたき、半世紀以上の年齢差

 老園長の突然の質問に一瞬面くらった大槻氏は、それでも淡々と、答えた。


「教育勅語ですよね。読んだことなら、ありますよ。もちろん、全文読みました。学校で聞かされたことこそ、ありませんけど。実質、戦後生まれですからね。朕思うにと、私が申すのはおこがましい限りですが(両者苦笑)、それはさておき、これが軍国主義を推進したという側面が全くないとまでは言いませんが、本来、そのために作られたものでないことは明白です。よくよく読んでいけば、まあ、ごく普通の心がけを、天皇のおことばということで教育現場向けにまとめたものですね」


「そうか。この教育勅語、わしはな、今の世の中にこそ、現代語訳できちんと時節に合った表現にして普及すれば、もっと世の中がよくなりゃせんかと思っておるのであるが、大槻君の御見解は、おいかがであろうか?」


 森川氏は、先の副園長のときほど積極的に支持を訴えたりはしない。


「悪いとは申しません。ですが、あえてそれをする必然性があるのかと言われますと、どうですかね。ましてや、それをこのよつ葉園から発信してなおかつ普及していく運動を興されたら、内外での無駄ないさかいを引起こしかねない。そこを、私は懸念します」


 この話の賛否云々だけの問題ではなく、普段の業務においても、根本的には、この老園長と若手児童指導員との間の世代差、年齢にして半世紀以上、55歳の差はいかんともしがたいものであることを、両者とも痛感している。

 現に、折を見てはお互い行き来して会話している東氏と異なり、大槻氏はよつ葉園の敷地内にある職員住宅に住み、妻も元職員であるが、夫と遠縁の親戚でもある老園長との間の私的交流は、殆どない。


 老園長は、気を取り直して、大槻児童指導員に述べた。

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