第46話 お風呂
その後、狂歌が先導して撮影会が行われた。
撮影会場は特に決めず、町中で気の向くままに色々な写真を撮った。もちろん、他の人の迷惑にならないようには配慮している。水着写真も撮ってない。
皆それぞれ魅力的で、撮影をしていることより、皆を眺められること自体が幸せだったのは言うまでもない。
ただ、僕が写真を生涯の趣味にしたいかというと、それはまた違うかもしれない。誘われれば撮るけれど、自分から積極的に撮りたいと思うかは疑問。
日暮れまで撮影を続けて、午後七時過ぎには六人で夕食を摂った。相変わらず狂歌、鳳仙花さん、華狩は睨み合っていたけれど、なんだかんだ楽しい夕食になったと思う。
そろそろ解散にしようか、という頃合いで、狂歌が提案。
「今夜は闇咲さんの家でお泊まり会したい!」
黄泉子と殺雨も賛同したので、闇咲に確認。好きにしろ、とのお達しだったので、全員を引き連れて闇咲宅へ。
勢ぞろいする僕たちを見て、闇咲はやれやれと肩をすくめた。
「男冥利に尽きる状況かもしれんが、これはやはり、なかなか大変だな」
何を思ってそう言ったのかはわからない。両サイドを狂歌と華狩に固められ、鳳仙花さんに裾を捕まれていたからか? 黄泉子と殺雨が、「帰るまでの時間は譲ったんだから、これからはあたしたちの時間だよね?」と言い始めて、狂歌と華狩と喧嘩になったからか?
勢い余って皆でお風呂に入ることになりそうだったのだが、僕と二人ずつ、順番に入るということで落ち着いた。いや、なんか感覚バグってるけど、だいぶ変なこと言ってるよね?
僕が先に湯船に浸かっているなか、最初に入ってきたのは黄泉子。少し小柄でこぶりながら、大変宜しい裸体である。僕と黄泉子の仲だから、肌を見せるくらいで恥じらう様子もない。
「やぁやぁ、夜謳。ようやく二人でゆっくり話せるね」
「うん。そうだね。僕のせいで、なかなか騒がしい状況にしてしまって悪い」
黄泉子は体を洗いつつ話を続ける。
「いいよいいよ。わかってて一緒にいるんだから」
「……そっか。なら、もう謝るの止めよ」
「そうしなよ。いつまでも謝られてたらこっちも気にしちゃう」
「心の広さに感謝」
「それはそうとさ。写真はそんなにはまらなかったみたいだよね? 今度は、わたしと一緒に絵でも描いてみない? 楽しいよ?」
「そうだね。絵も試してみようかな」
「わたしがヌードモデルやってあげるから、たくさん描いてよ。わたしはもう十八を越えてるし、遠慮はいらないよ!」
「そうだね。楽しみだ」
体を洗い終えると、黄泉子も湯船に入ってくる。後ろからぎゅってして、というので、僕が黄泉子の背もたれ状態になり、ぎゅっと抱きしめる。
「わたしは、昔から描くのが好きなんだよね。だから、自分の好きなことがわからないっていう人の気持ちは、よくわからないかもしれない」
「そっか」
「たださ、夜謳って、サポータータイプのような気がするなぁ」
「サポーター?」
「うん。応援団とか、推し活とかで誰かを支えるタイプ。自分が矢面に立って活躍するわけじゃないけど、表舞台に立つ人を支えて、より活躍できるようにする」
「ああ……なるほど」
「自分の好きなことをやるより、他の人が好きなことをしているのを見たり、応援したりするのが幸せって感じ?」
「覚えはあるなぁ」
「だからさ、無理して自分の好きなこととか探さなくてもいいと思うよ? 夜謳には、もう支えるべき人が身近に五人もいるんだから」
「そうかも」
「ま、今は狂歌ちゃんとかが張り切ってるから、それに付き合うのもいいね」
「うん」
「あとさ」
「うん?」
「わたしはさ、今の状況、凄く楽しい。一対一の恋愛じゃないけど、夜謳だけじゃなく、他の皆とわいわいやれるの、楽しいんだ。だから、誰か一人を選べないこと、わたしに対しては、謝る必要はないよ」
「……そっか。それはいいこと聞いた」
「ん。それじゃ、わたしのターンはあんまり長々としないつもりだけど……キスくらいはしてほしいな」
黄泉子が振り返る。濡れたミディアムヘアが幼さを宿す顔に張り付き、背徳的な艶っぽさを演出している。黄泉子は小柄だし、胸も控えめだし、見ていると妙な感じになるな。
黄泉子の頬に両手を添え、そっと口づける。
深いキスだけれど、お互いの輪郭をなぞるような、淡い雰囲気のものになった。
「……一緒に暮らしたら毎日でもキスできるし、今夜はこの辺にしておいてあげる」
黄泉子が早々に湯船からあがろうとして……ふにん、と最後に胸を僕の顔に押しつけていった。
「それじゃ、また後でね!」
黄泉子が去り、次に入ってきたのは殺雨。
化粧を落としたその顔は、いつもより随分と幼く見える。幼いというか、十五歳の年相応というか。
でも、殺雨の体つきは年齢よりも大人に見える。特に、胸部が。結構大きい子なんだよね。
「殺雨って、化粧してるときとそれ以外でだいぶ雰囲気変わるよね」
「普段はかなり特徴的なメイクしてるから。夜謳は、どっちのあたしが好き?」
「どっ」
「どっちも好き、はなし」
「……メイクしている方が、特徴的でいいなと思ってるよ?」
「ふぅん。なら、夜謳の前ではいつもメイクしてよっかな」
「夜はメイク落としなよー。肌に悪いじゃないか。っていうか、僕は今の殺雨も好きだよ」
「……そう」
のんびり構えていたら、殺雨が軽くキスをしてきた。一瞬だけ舌を触れ合わせたら、すぐに離れた。
「他の女の味がする」
「え? そんなのわかるの?」
「嘘。わからないし、気にしたこともない。ただ……あたしだけの夜謳じゃないと思うと、少し悔しい」
「へぇ……。殺雨にもそんな感情が?」
「嘘。嫉妬なんてしないわ」
殺雨がシャワーを浴び始める。その姿を眺めていたら、ぴっ、と指先についたお湯を振りかけてきた。
「あたしのシャワーシーン、有料だから」
「これは失礼。いくらなの?」
「百万円」
「お、安いね」
「……ふん。冗談よ。夜謳に限っては無料」
「やったね」
「でも……次、二人きりになれるとき、百万円分のキスをして」
「了解」
殺雨も体を洗い終えて、湯船に入ってくる。
殺雨は僕の正面に座り、向かい合う形。おかげでその膨らみがしっかり見られる。
「見すぎ」
「こういうのは見られるときに見ておかないとね」
「……いつも見てるくせに」
「それはそれ、これはこれ」
「男ってしょうもない」
「本当にね」
何を思ったか、殺雨が足で僕の股間をぐにぐにしてくる。
「そこは足で扱うものではないよ?」
「嬉しいくせに」
「もちろんだ。もっと激しくやってくれ」
「バーカ。お湯を汚したら他の人が迷惑……むしろ喜んだりして」
「流石にそんなことは……ないとは言い切れないか」
二人して苦笑する。
「夜謳ってさ」
「ん?」
「本当に、あの女が好きだったんだね」
あの女、とは、鳳仙花さんのことだな。昨日話したし。
「そう見える?」
「ええ。だって……あの女と話しているとき、夜謳は屈託なく笑ってる。なんか、ムカつくわ」
ぐにん、と強めに踏まれる。いいぞ、もっとやれ、なんて。
「珍しいね、殺雨が嫉妬するなんて」
「嫉妬じゃないし。ムカつくだけ」
それを嫉妬と呼ぶのでは?
「僕、殺雨のことも好きだよ」
「知ってる。夜謳はそういう人。サイテーの浮気野郎」
「申し訳ない」
「でも、ありがとう」
「何が?」
「夜謳がサイテーの浮気野郎だから、あたしはこうして、夜謳と一緒にいられる。一途な人だったら……あの女だけと添い遂げるんでしょうね」
「それは、もうありえない話だよ」
「そうね。もういいわ」
「ん」
「あのさ」
「ん?」
「あたし……もう少し、重い女になってもいい?」
「今はやせすぎなくらいだから、いいと思うよ」
「……ふん。じゃあ、もっと重くなるわ」
「どうぞどうぞ」
殺雨が僕に近づき、広くはない浴室で、全身を使ってしがみついてくる。
「もう、遅いからね」
それからのキスは、随分と長いものになった。
口も舌も疲れて、流石にもう辛いという状況になったほど。
「……次は、一千万円分のキスを要求するから」
そう言い残して、殺雨が浴室から去った。
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