第47話 お風呂 2
鳳仙花さんが入ってきたので、僕はそっと目を閉じた。
「何で目を閉じてるんですか! しっかり見てください!」
「いえ、僕の汚れきった眼で鳳仙花さんの裸体を汚すわけにはいきません」
「ふざけないでください! 私の覚悟を無駄にするつもりですか!」
「っていうか、なんで鳳仙花さんまで来てるんですか? 僕たち、ただの
「姉弟じゃありません! っていうか、姉弟だと思うのなら、遠慮なく見ればいいじゃないですか! ほら、ほら!」
鳳仙花さんが僕の顔近くで何かを揺らしている気配。気になるけれど、僕はじっと目を閉じたまま。本当だぞ?
「鳳仙花さん、そんなことしていたら風邪引きますよ?」
「引きません! マイナス数十度の環境に素っ裸で放り込まれても風邪を引かないくらいの体を持っています!」
「おや、そうでしたか。では、鳳仙花さんが風邪を引いて、僕が看病するという美味しいシチュエーションにはならなさそうですね」
「う、嘘です! 今のは嘘! 私だって普通に風邪を引きます! むしろもう風邪を引いたので看病してください!」
「もー、鳳仙花さんは行き当たりばったりなんだから……。とりあえず体洗ってください」
「むぅ……。黒咬君は、いつもいつも……っ」
憎々しげに呟きながらも、鳳仙花さんが体を洗い始める。
「見てもいいんですよ?」
「いえ、実はさっき殺雨に目をくり抜かれたところで、一度死なないと目が復活しないんですよ」
「え? ほ、本当ですか?」
鳳仙花さんが本当に心配そうにしている。
「……嘘ですけど。くり抜かれてたら、今頃僕は血の涙を流していますよ」
「で、ですよね。はぁ……心配させないでください」
「こんな明らかな嘘で心配しないでくださいよ」
「……心配してしまうんですよ。黒咬君のことですから」
「バカだなぁ」
「そうです。バカなんです。黒咬君を好きになってから、私は本当にバカになってしまいました」
「確か、出会った頃はもっと冷淡できつい性格でしたよね?」
目つきも鋭く、あくまで僕を、護衛の対象としか見ていなかった。多少はお姉さん気質なところはあっても、優しさを振りまくタイプではなかった。
「い、言わないでくださいっ。あの頃は……私にも、色々あったんです」
「そうでしたか。あの頃より、今の方が好きですよ」
「『そうでしたか。あの頃より、今の方が』を消してもう一度言ってください」
「好きですよ」
「へ!?」
「どうしたんですか?」
「いえ、ど、どうしたっていうか……なんですか。今のデレは。黒咬君がそんなことを言うなんて……」
「今のスキは、好意の好きではなく、農機具の鍬です」
「嘘です! そんなわけありません!」
「さぁ、真実やいかに」
「もう! 意地が悪いんですから!」
「いつものことですよ」
鳳仙花さんが体を洗い終えたら湯船に入ってこようとしたので、僕は出ようとする。
「なんで逃げるんですか! 今日は逃がしませんよ!」
鳳仙花さんに腕を捕まれたので、仕方なく湯船に戻る。
ただし、過剰な接近は禁止ということで、距離をとって正面に座ってもらう。
「いい加減、目を開けてくださいよ……。私の裸は、黒咬君に見てもらうためにあるんですから」
「そういうグッとくる発言をする前に、僕を一回でも殺してください」
「無理です。好きで好きでしょうがない人のこと、私は殺せません」
「バカだなぁ。鳳仙花さんなら、軽く僕の首を折ることもできるのに」
「……私は、一生黒咬君を殺しません。でも、その気にさせてみせます」
「待ってまーす」
「もっと真剣に待っててください!」
ぷんぷん、と音が聞こえてきそうだ。
「ねぇ、鳳仙花さん」
「なんですか」
「……僕は、ちゃんと誰かを幸せにできているんでしょうか?」
ただ死なないだけの、しょうもない体で。
「当然です。少なくとも、私は幸せです。黒咬君の隣にいられて」
「そうですか……。それは良かったです」
「黒咬君がその気になれば、私のこと、もっと幸せにできますよ」
「弟として、姉のことはちゃんと幸せにしますよ」
「男として! 幸せにしてください!」
本当にもう、僕と鳳仙花さんってこんなやり取りばっかり。
だけどこれが楽しいから、いつまでも意地悪したくなってしまうなぁ。
ぎゃんぎゃんと言い合う時間が過ぎて、鳳仙花さんも風呂からあがることに。
「……ベッドで待ってます」
言い残した鳳仙花さんの入れ替わりで……狂歌と華狩が一緒に入ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます