第11話 泊まる
月姫が生きることを選んでくれた。これで、わざわざ夜中に闇咲の家までやってきた甲斐があったというものだ。
時刻は既に十二時手前になっていた。これなら、明日は学校に行けるかな? 行くならそろそろ眠りたいところ。
「闇咲さん、今日、泊まってもいいですか?」
「ああ、構わんよ。私の部屋に来るか?」
「お、いいですね。もう寝ようかと思いましたが、ちょっとだけ夜更かしを……」
ふしだらな想像を巡らせていると、頭部を鳳仙花さんにがっしりと掴まれた。
「闇咲さんの部屋には行かせませんよ? 私と一緒に客室へ行きましょうね?」
「あれ? 鳳仙花さんも泊まるんですか? タクシー代、貸しましょうか?」
「だから! 私だけ除け者にしようとしないでください! 泣きますよ!」
「泣いたら慰めてあげますよ」
「約束ですよ!? 今から泣くので、ちゃんと慰めてくださいね!?」
「って、マジで目に涙溜めるの止めてくださいよ。溢れる前に眼球舐めますよ?」
「……い、いいですよ。やってみてください」
「ガチで受け入れるの止めてー。もう、鳳仙花さんは冗談が通じないんだから……」
仕方なく、ほんのりと溢れた鳳仙花さんの涙を、右手の指先で拭う。
湿った自分の指先をぺろりと舐めてから。
「ふむ。この味……あなた、恋をしていますね?」
「ええ、そうですよ。もっと別の形でそれを証明しましょうか?」
「あ、それは結構です」
「またそうやってつれない態度! もっと私に優しくしてください!」
「僕の優しさ、有料ですけどいいですか?」
「言い値で買います。いくらですか?」
「即決で優しさを買おうとしないでくださいよ……」
こういうお茶目なところ、嫌いじゃないけどね。
「っていうか、僕と鳳仙花さんの絡みは間に合ってますから、少し控えてください。今は月姫さんと僕がいちゃいちゃする流れです」
「え? なんか私も巻き込まれてるけど、私と黒咬君がいちゃつく理由はないよね?」
「あれ? 今の僕の熱いメッセージで、月姫さんもころっと僕に惚れちゃった感じじゃないの?」
「……黒咬君の女性観ってどうなってるの?」
月姫がとても哀れなものを見る目で僕を見ている。
「チンピラに絡まれている美少女を助けたら、その美少女は僕に惚れるんでしょ?」
「その偏った知識はどこから……?」
「男の子の夢が詰まったたくさんの物語」
「じゃあ、それは夢でしょ。こうだったらいいなぁっていう」
「……鳳仙花さん。月姫さんが僕をいじめるんです。慰めてくれませんか?」
「いいですよ。じゃあ、ベッドにでも行きましょうか?」
「あ、もう大丈夫です。鳳仙花さんとのラブシーンを想像しただけで元気出ました」
「想像だけで終わらせないでください! さぁ、ベッドに行きますよ! たくさん慰めてあげますから!」
鳳仙花さんが、今度は僕の右腕を引っ張る。僕は抵抗する。
腕が抜けそうだと心配していると、月姫がまた溜息。
「……本当に、自分だけシリアスになってるのがバカバカしいや。あの、闇咲さん。私、今夜も泊めていただけますか?」
「ああ、構わんよ。というか、まだ月姫は経過観察が必要だ。一、二週間が目処だが、今は家に帰らせろと言われても、帰すわけにはいかない」
「……それもそうですね。しばらくの間、お世話になります」
「ああ、気兼ねなく過ごせ」
「ちなみに、その経過観察が終わったら、私はどうすればいいのでしょうか?」
「決まっている。この家を出て、そこの黒咬と一緒に暮らせ。それ以外に道はない。この家は色々と訳ありな人の出入りもあるから、長くは置いておけない」
僕の名前が出たので、ちらりと月姫の方を見る。月姫は頬を桜色に染めて僕を見ていた。
「や、やっぱり、そうなるんですかね?」
「当然だ。そういう流れだっただろう。黒咬、いいよな?」
「ええ、いいですよ。そのつもりで発言してましたし」
むぅ、と唸っている鳳仙花さんは一旦無視。
「でも、闇咲さん、私たちはまだ高校生ですし……」
「私からすれば、高校生はもう立派に大人だ。月姫……避妊はしておけよ」
「そういう問題じゃないでしょう!?」
「他に何か懸念すべきことがあるか?」
「色々あるじゃないですか! 世間体とか、親の許可とか!」
「世間体は三日でどうでもよくなる。親の許可などどうにでもなる」
「無責任な! もうっ。闇咲さんはまだ普通の人だと思ってたのに!」
「はっはっは。ここに普通の人間などいるわけないだろ」
「笑い事じゃ……もういいです。黒咬君と暮らすっていうのも、仕方ないことだと理解しています。けど、黒咬君」
月姫が僕を睨む。
「……黒咬君が私に生きろって言ったんだからね。私、感謝はもちろんしてるけど、その……へ、変な奉仕とか、しないからね!?」
その発想自体、男の夢が詰まっていると思うけどな。
「そういうのを期待して、月姫さんに生きろって言ったわけじゃないよ。月姫さんが生きて、笑って過ごして、そしていつか、生きてて良かったって思ってくれたら、それで僕は満足さ」
「……黒咬君、意外とキザだね」
「そう? 惚れちゃった?」
「……惚れない。私、一途な人が好きだから」
「そっか。なら、友達でいよう。友達なら恋愛感情がこじれて別れる心配もない。一生一緒にいないといけないことを考えれば、その方がいいかもしれない」
「……う、うん。そう、かもね。……黒咬君、あっさりしすぎじゃない? 私ってそんなに……」
後の言葉は聞き取れなかった。僕の態度は、月姫さんからすると何か不満だったらしい。何が不満なのだろう? 口では僕を拒絶気味だけど、本当は僕に惹かれるものがあるのかな?
一緒に暮らしていけば、その本心もわかってくるだろう。今は深く詮索すまい。
僕はふわぁ、と大きくあくびをして。
「そろそろ、本当に寝ていいですか? もう床の上でも寝られますよ?」
死に至る痛みを我慢するのは、なんだかんだ精神力を使うのだ。とは、月姫の前では言わないけれど。
「待ってください。まだ歯も磨いていないでしょう? 諸々準備を終えてから寝てください。ほら、行きますよ」
鳳仙花さんが僕の手を引き、洗面所まで連れて行ってくれる。世話焼き女房だな。ありがたやありがたや。
鳳仙花さんに助けられつつ、僕は就寝の準備を終えた。
一旦リビングに戻ると、一部始終を見ていた月姫は、心底呆れた様子で闇咲に話しかける。
「……あの二人、本当に夫婦じゃないんですか?」
「今のところはな。しかし、私もこの二人がくっついてくれれば安心ではある。黒咬の周りにいる女どもは、鳴以外にまともな奴がいない」
「……ちなみに、何人くらい取り巻きがいるんです?」
「他に三人はいる」
「へぇ……モテモテですね」
「嫉妬したか?」
「しません!」
「そうか。なら、どうにか上手く暮らしいていけ。黒咬はときに心底だらしないが、悪い奴ではない」
「……知ってます」
好印象かはわからないが、悪い印象も持たれていないらしい。それだけで十分さ。
そして、僕は鳳仙花さんに導かれて客用の寝室へ。
「……私も一緒に寝ていいですか?」
「もう僕は勝手に寝るんで、好きにしてください……」
「わかりました。好きにします」
ベッドに倒れ込むと、鳳仙花さんがいそいそと隣にやってきた。
普段だったら上手く茶化して鳳仙花さんを追い払うのだけれど、あまり考える余裕も残っていなかったので……その体をぎゅっと抱きしめた。
「わっ、ちょ、え? 今日はなんでそんなに積極的……っ」
最後までは聞かず、柔らかいものに包まれながら僕はすんなりと眠りに落ちた。
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