第26話 黄昏黄泉子
意識を失った僕を華狩がさくっと殺してくれたので、すぐに復活することができた。
その潔さ、僕は好きだよ。鳳仙花さんは引き気味だったけど。
僕の呼びかけで冷静さを取り戻した華狩は、
皇については、鳳仙花さんの通報により、探索者資格を剥奪される運びとなった。僕としてはどうでもいいモブキャラなので、今後の進退については聞いていない。探索者以外にも道はあるわけだし、力強く生きてくれ。
ちなみに、切断された腕は、鳳仙花さんのつてで、回復魔法の使い手に治してもらえるようになった。今時、腕の切断くらいなら重傷とも言えなくなってしまったね。
あんな端役のことは置いといて、この事件の後、闇咲邸での夕食時に華狩が言い出した。
「私が夜謳の護衛になる。私なら学校でも一緒だし、鳳仙花さんよりも護衛に向いてる」
鳳仙花さんはそれに反対して。
「黒咬君の護衛は私です! 他に護衛など必要ありません!」
そこから始まる、二人の口論。
「話を聞くに、鳳仙花さんが駆けつけるまで二十分くらいはかかったらしいじゃないですか。普段は他のお仕事もあることを考えると、護衛は私に任せておく方が良いと思います。いざというとき、真っ先に夜謳を助けられるのは私です」
「ろくに戦闘経験もない上、さらにすぐに理性を失うあなたが何を言いますか! 危うく皇少年を殺めてしまうところだったんですよ!?」
「多少の自制心くらい、すぐに身につけます。戦闘も訓練すればいいだけです」
「護衛と言っても、なんでも暴力で解決すればいいわけではないんです! 月姫さんはまだ未熟過ぎます!」
二人の話は平行線をたどり、決着が付かない。そこで、闇咲が呆れながら助言。
「二人とも護衛でいいじゃないか。ただし、あくまで責任者は鳴で、月姫は鳴の指示に従うこと。そして、鳴の許可なく、敵対する者を傷つける戦闘行為は禁止。守りに徹すること。あと、レベルは上げるな。食人衝動が加速するのは良くない。
それと、鳴は月姫を鍛えてやれ。その方が夜謳の安全性は高まる」
鳳仙花さんは、華狩が僕の護衛を担うことを渋々承諾。また、華狩に戦闘訓練を施してくれることにもなった。
二人に守ってもらえるのはありがたいことだけど、ますます僕がただの死なない人になっちゃうなぁ。陰が薄いよ。
僕も多少は戦闘訓練を受けているけれど、特別なジョブやスキルを持つ者に対抗できる力量はない。必死に訓練したところで限界は見えているから、あえて熱心に戦闘訓練する気にもならないんだよね。
そして、鳳仙花さんが華狩に戦闘訓練を施すにあたり、僕と月姫の二人暮らしは二週間ほど延期された。四人で一緒に生活している方が都合が良い、ということだ。
それにしても、と華狩について思う。
人喰い吸血鬼となり、一時は自暴自棄になりかけていたが、そのときの陰はもう見えない。僕に依存している部分もあるのだろうが、早くも生きていくことに前向きになってくれていて、とても嬉しいく思う。
僕が何か特別なことをしたから、華狩の気持ちに変化が起きたわけではないだろう。それでも、僕が華狩の側にいることで、華狩は新しい日常を手に入れられた。そして、自分はこれからもちゃんと生きていけると、感じてもらえたのではないだろうか。
ほっと一息吐いてしまうが、誰かを本当に救うというのは、長いこと寄り添って、ようやく成し遂げられること。
一回希望を見せたら、それで全て解決というわけではない。
今後も僕は華狩と長い時間を過ごしていくし、その過程で色々な事件も起きるかもしれない。
華狩が、やっぱり死にたいと言い出すこともあるかもしれない。
そのときには、僕がまた気合いを入れて華狩を支えてあげないといけないだろうな。
そんなことを考えて、また数日が過ぎた。
二人の戦闘訓練が連夜行われるに至り、僕はちょっと夜の時間を持て余すようになっていた。狂歌と過ごす時間も設けているが、近会っていない子がいるなぁ、と思い始めた、木曜日の夜。
僕は、
「久しぶり! 夜謳、元気にしてた!?」
一人で赴いた、黄泉子のマンション。六畳一間の一人暮らし用ワンルームだ。最初に出会った頃にも随分と汚れていたが、今日もまた激しく散らかっている。
そんな汚部屋に、黄泉子は悠然と立っている。
ピンクベージュに染まり、緩くパーマのかかったミディアムヘア。白いオフショルダーのブラウスに……下はベビーブルーの下着のみ。すらりと伸びた両足が目に眩しい。年齢は十九歳で、大学二年生。顔立ちは甘く、やや童顔気味。八ヶ月ほど前から交流があり、僕と体の関係もある女性の一人。
「……僕は元気でしたけど、黄泉子さん、掃除くらいできるようになりましょうね。前回来たの、三週間前くらいですか? 散らかし過ぎでしょう……」
足の踏み場がないほどではない。しかし、足下を確認しながら歩かないといけないくらいには、室内にモノが散乱している。
着替え、画材、資料本、各種ゴミ……。最低限、生ゴミだけはきちんと片づけてくれているのは幸いだ。あのときとは違い、汚臭はしない。
「んー……片づけってどうも苦手で……」
「それで僕を呼んだんですか? 清掃員じゃないんですよ?」
「掃除もしてもらおうと思ったけど……わたしは、夜謳に会いたかったんだよ?」
黄泉子が僕に抱きついてくる。もしかしたら、またお風呂にも入っていないのかなー。華狩や狂歌と違って、抱きしめても香りにうっとりすることはない。
ただ、胸部の柔らかさからすると、下着をつけていないような気がする。思いっきり誘ってるよね。
「僕も、黄泉子さんに会いたかったですよ。……痛っ。背中をつねらないでください」
「嘘つき。わたしが呼ばないと来てくれないくせに。たまには夜謳から連絡してくれてもいいじゃないっ」
「……いやぁ、僕も忙しいもので」
「どうせ、他の女と遊んでるんでしょ!」
「まぁ、そういうこともなきにしもあらずです」
「……死ねばいいのに」
「死ねない体でして」
「ふん。今夜もたくさん殺してあげるから、覚悟してよね!」
「お手柔らかに頼みます」
「小腸引きずり出して夜謳の首に巻いてあげる。目玉くり抜いて眼球を口の中に詰め込むわ。それに、生きまま心臓を引きちぎってやるんだから!」
「……今夜も発想がグロテスクですねー」
「こんなの序の口よ! ねぇ、人の体を切断できそうな斧を買ってみたの! わたしは非力だけど、手首くらいはいけるんじゃないかしら!」
「ははは。まぁ、ものは試しですね。床は傷つけちゃダメですよ?」
「あとね、あとね! 大きなハンマーも用意したの! あなたの顔を陥没させてやるわ!」
「痛そうだなぁ」
それからも、無邪気に残酷なことを言い続ける黄泉子。
僕が『殺され屋』として知り合い、それから長く付き合いのある人には、そうそうまともな人間なんていない。
黄泉子もそうで、僕を残酷に殺すことが大好き。
そして。
「……黄泉子さん、やっぱりまたグロい絵を描いているんですね」
イーゼルに乗ったキャンバスには、虚ろな目をした美少女の姿が描かれている。腹が切り裂かれ、内蔵が飛び出てしまっていた。
「うん! わたし、もうああいう絵しか描けない!」
黄泉子は美大生というわけではないが、学業の合間に絵を描いて収入を得ている。
『惨劇絵師』というのが、黄泉子のジョブ。その名の通り、絵の内容は、非常に残酷でグロテスク。
僕だったらお金を貰っても家に置いておきたくないが、あえてそういうグロテスクなものを欲しがる物好きも世の中にはいる。そういう人に、黄泉子の絵は大層人気があった。一枚で数十万円の値はつくらしい。
そして、黄泉子は、僕を殺すことで創作のインスピレーションを得ているのだとか。血、内蔵、苦悶の表情を見ていると、より一層良い絵が描ける、と。
芸術家気質というのは、僕には理解が及ばない。
ちなみに、僕があまり黄泉子に会いにこないのは、普段は黄泉子が創作に没頭していて、僕のことなど忘れてしまうから。僕から連絡しても黄泉子は返信しないし、直接来ても邪険にされる。出会った頃は頻繁に会っていたが、今は月に一、二回程度の逢瀬。
「ま、ホラー映画を好む人もいますし、グロテスクな絵を好む人がいてもおかしくないですよね……。
ちなみに、先に掃除してもいいですか?」
「何言ってるの? 先に殺させてよ」
「……わかりました。二時間殺し放題、五万円でーす」
「よっしゃ! 今日もいっぱい殺すぞ!」
黄泉子が、にへら、とだらしない笑みで見上げてくる。
あどけない表情に似合わず、黄泉子は残酷なことを平気でするからな。僕も覚悟を決めよう。これも、お仕事のうちだ。
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