第2話 四月
地球上に通称ダンジョンが発生したのは、僕がまだ生まれる前の話。今から二十年以上も前のことだ。
生まれたときからダンジョンの存在が当たり前だったから、そうじゃない世界のことを僕は知らない。
ただ、話を聞くに、人類がジョブやスキルといったものを獲得できるようになったのは、ダンジョンが発生してからのことらしい。当時は色んな意味で大騒ぎだったのだとか。
ジョブには色々な種類があるのだが、『剣士』や『魔法使い』といった戦闘向きのものだけじゃなく、『学生』や『画家』といった戦闘に無関係ないものもある。スキルも同じだ。
そんなジョブとスキルを得るためには、ダンジョン産の『目覚めの石』というアイテムを使用する。そして、アイテム名に由来し、ジョブとスキルを得ることを『開眼』と呼んでいる。
ダンジョン発生と共に生まれた職業が、探索者。その仕事は主に三つ。
一、ダンジョン内のモンスター退治。
二、モンスターから取れる魔石の採取。
三、ダンジョン産アイテムの収集。
昨今ではどれも重要な仕事であり、探索者は世界に必要とされている。
危険な仕事だけれど、代わりに多額の報酬も見込めるので、男子なら一度は憧れる職業だ。
僕もまた、探索者に憧れた男子の一人。
中学生までは親の許可がなければ『開眼』できないのだけれど、卒業してしまえば後は自分の意志で『開眼』できる。
親は僕が探索者になることに反対だったものの、僕は親の言うことを聞く良い子でもなかったので、勝手に『開眼』した。これが、鬼面に出会う半年ほど前のことだ。
そして。
ジョブ:
スキル:不死
スキルの効果:寿命以外で死なない。
こんなジョブとスキルを得た。
世界的にも稀どころか、確認されている中では世界唯一のジョブとスキルだった。たとえどんなジョブを得ても不死にはなれないと言われていたので、これはかなりの衝撃だった。
その特異性から、僕のジョブなどは基本的に秘匿されることになった。ちなみに、死なないだけの体で探索者になるのも危険ということで、そっちの道も諦めた。
ただ、完全に秘匿するだけではもったいない、密かに有効活用しよう、という話にはなった。
そして、僕は
闇咲は、ジョブとスキルが当たり前になった世界で、表に出てこない諸々の案件に携わる人だった。スキルを悪用して犯罪に走る者の逮捕、処分なども行っている。
比較的善玉だが、正義とも言い切れない、グレーゾーンに生きる人。
あまり関わらない方が良い存在ではあるのだけれど、僕は闇咲と関わってしまい、彼女の勧めで『殺され屋』というものを始めることとなった。
『殺され屋』の仕事内容は色々ある。
まず、秘密裏に研究施設で人体実験に付き合うこと。
なかなかにヤバい案件なのだが、それなりに人道的な実験である。まぁ、たくさん殺されるのだけれど、医療などの進歩のためでもあるし、報酬も高いので引き受けている。
そして、主なものがもう一つ。鬼面のように特殊なジョブを身につけ、殺人衝動などを抑えられない者に殺されることだ。
こちらの案件は、研究施設とは違い、人道も何もない殺され方をすることが多い。仕事を始めた頃には発狂するかもと思ったものの、死に慣れて脳がバグってくると割と平気になった。
これらの仕事は、特に強要されているわけではない。やめたければいつでもやめていいと言われている。
それでも……社会の発展に寄与できたり、誰かを救えたりするのなら、まぁ頑張ろうかなと思っているところ。
ついでに、僕のジョブは特異すぎるので、闇咲の紹介で護衛がつけられることになった。
そんなこんなで色々とあって、鬼面との対面から、さらに半年程が経って。
四月、僕は高校二年生になった。
そして、今日も僕はベッドの上で鬼面狂歌に組み敷かれている。
「
「わかるぅ? 本当に今日は最悪でさぁ。暴走したファンがストーカーになっちゃって、ずっとつけ回されて大変だったのぉ」
包丁を握りしめた狂歌が、甘ったるい声で言った。
初対面のときとは打って変わって、狂歌の外見は類まれな美少女になった。ロングの金髪はさらさらで、頬も健康的にふっくらしている。
また、男の僕がいても気にせず素っ裸で、大きな乳房が薄暗闇の中でふるりと震えた。
顔もスタイルも完璧といって差し支えなく、しかし、切れ長の瞳に宿る狂気だけは、僕以外に決して見せてはいけないものだ。
出会った当初もう一般社会で生きていくことはできないかもと危ぶまれたけれど、今では五人組アイドルグループのリーダーをしていて、地元ではそこそこの有名人。
「ストーカーとは災難だったね。こんな夜中に僕を呼んだのはそのせいか?」
深夜零時過ぎに、僕は狂歌に電話で呼び出された。このままじゃヤバいからとにかく来てくれとお願いされたので、狂歌のお宅を訪れたのだ。
素っ裸で出迎えられたのには驚いたが、ともあれ寝室に通された途端、ベッドに押し倒されて現在に至る。
「ごめんねぇ。本当は、まだ我慢できるはずだったんだけど……ストレスで頭がおかしくなりそうで」
「……そういう事情なら仕方ないよ。僕は、必要なときにいつでも狂歌の元に駆けつける。約束だからね」
「ありがとう、夜謳。じゃあ……早速始めるね?」
「……いつでもどうぞ。これから二時間、五万円で殺し放題でーす」
促した直後、狂歌は歪な笑みを口元に刻み、出刃包丁を僕のお腹に深々と突き刺した。
「がふっ」
もう何度も繰り返されてきたこと。それでもお腹を刺されるというのはやはり痛いし苦しい。脳がバグっても、全く平気とはいかない。
狂歌は、一度ぶっ刺した包丁を引き抜き、何度も何度も繰り返し僕の腹に突き立てる。
グサグサグサ。
溢れる鮮血。
こぼれ落ちる内蔵。
ぐちゃぐちゃに壊される僕の体。
「あはははははははははははははははははははははははははっ!」
お腹を重点的に破壊されているので、まだ狂歌の笑い声が耳に届く。
ああ、痛いな。苦しいな。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
狂歌が壊れた機械人形のように叫び、今度は包丁で僕の胸部を突き刺し始める。
肺に穴が空くと、呼吸ができなくて辛い。辛いなぁ、くらいで済んでいるのは僕の特殊性の現れだ。
一度、心臓を刺された。
包丁が引き抜かれると鮮血が飛び散る。そして、血が巡らなくなった僕は、まもなく死亡する。
だが、それから一分もしないうちに、僕の体が再生され、無傷の状態に戻る。思い切り穴だらけにされた衣服は戻らないのだが、体は健康そのもの。
「はい、一回目。今日はちょっと早いペース?」
「あはっ。心臓を刺すつもりはなかったのに、手元が狂っちゃった! もっと夜謳が苦痛に呻く姿を見たかったのに!」
「興奮しすぎだよー」
「包丁だと間違って殺しちゃうかもしれないから……今度は首を絞めるわねっ」
「それも、ミスってあっさり殺しちゃうかもしれないんじゃない?」
「大丈夫! 最近、ぎりぎり殺さない程度っていうのがわかってきたの!」
「そうかぁ」
「ま、死んじゃったら死んじゃったときよ。どうせ夜謳、死なないし」
「まぁね」
「じゃあ、第二ラウンド、始めるよ?」
「ご自由に、どうぞ」
狂歌が僕の首に両手をかける。
さぁ、今夜は長くなりそうだ。
明日は学校なのだけれど、自主休講にする必要があるかもな。死んでも眠気って取れないんだよね、何故か。
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