『不死』スキルを生かして『殺され屋』をしているんだが、ヤンデレ娘(たぶん違う)たちに愛される僕は幸せ者。ちょっと血生臭いけど。
春一
第1話 鬼面狂歌
「殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい」
七畳程の洋室。家具も何もない隔離部屋の隅っこで、膝を抱えた少女が狂ったように呟いている。
元は綺麗だったろうロングの金髪はぼさぼさになり、目の下には濃い隈、頬もかなりやつれている。
殺人衝動を我慢するためなのか、腕をがりがりとかきむしっており、腕も手も血塗れだ。
「ジョブ『ジェイソン』か……。身体能力を大幅に向上させる代償として、定期的に強い殺人衝動に襲われる……」
地球上にダンジョンが発生し、人々がジョブやスキルを手に入れるようになってから、二十年以上が経っている。その中でごく稀に、人間社会で生きていくには不都合なジョブを身につける者がいる。
この子もそう。『ジェイソン』と言う、猟奇殺人犯の名を冠するジョブを得て、人生が大きく狂ってしまった。
事前にある程度話は聞いていたが、実際に目にすると想像以上に恐ろしい光景だった。僕もお仕事で色々な人に会ってきたけれど、この子もトップクラスでヤバい印象だ。
衝動的に回れ右して逃げ出したくもなる。でも、そんなわけにはいかない。僕がこの子……
鬼面はまだ僕と同じ十五歳、高校一年生。死ぬには早すぎる。
ふぅ……と軽く息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
一歩ずつ、鬼面に近寄る。すぐ側に立っても、鬼面が僕に気づく様子はない。
「……鬼面さん。こんにちは」
今は十月初旬で、時刻は午後三時過ぎ。遮光カーテンが引かれているので室内でも少し暗いが、鬼面がぴくりと反応するのは見て取れた。
「……だ、れ?」
ぎぎぎ、と音がするような強ばった動作で、鬼面が僕の方を向く。
「初めまして。僕は
「何でここにいるの!? 早く出て行って! 目の前から消えて!」
鬼面がより一層強く自身の腕をかきむしる。肉が削れ、血が吹き出す。
「……僕は」
「来ないで近づかないでお願いやめてあなたを殺しちゃう人殺しなんてなりたくないやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!」
「……落ち着いて。大丈夫だよ」
僕の声が届いている様子はない。鬼面は耳を塞ぎ、外界の刺激を全て拒絶しようとしている。
その様子を痛ましく思いながら、床に膝をつき、彼女の頭に手を添える。
「大丈夫。僕は、君に殺されにきたんだ」
聞こえてはいないだろう。しかし、鬼面は僕の接触に反応し、光のない瞳でこちらを見た。その唇には、歪すぎる笑み。
「もう、無理……っ。我慢できないっ。ああああああああああああああああああああああああああ!」
鬼面が絶叫しながら腕を振り回す。
その右手が僕の顔を強打し……ぽきり。あっさりと僕の首が折れた。
……最初に殺されてから、二時間は経っただろうか。
殺される度、僕の体は再生して、それを見た鬼面は嬉々としてまた僕を痛めつけ、殺した。
殴って、蹴って、貫いて、目玉をほじって、耳を引きちぎって、舌を抜いて、手足をもいで……。
実のところ、痛みはあるんだよ。僕、死なないだけだから。
だけど、『不死』スキルを得て以来、何度も何度も何度も死んでいるから、脳の回路はとっくにバグっている。痛みは僕に生命の危機を訴えない。むしろ、ちょっとした快楽までもたらしているような気さえする。元々はマゾ気質があったわけでもないのに、今はたぶん、マゾの部類だろう。
鬼面は、さんざん僕を殺して殺して殺しまくって、ようやく少し落ち着きを取り戻した。
とはいえ、その姿は実に恐ろしい。僕に馬乗りになる鬼面は、全身を僕の返り血で赤黒く染め、狂気を孕む歪な笑みを浮かべている。
……妖艶、と思わないでもない。
己の欲に忠実になり、快楽に溺れた乙女は、情欲に濡れる姿によく似ている。ような気がする。
「……少しは満足したかい?」
軽い調子で話しかけると、鬼面が首を傾げながら尋ねてくる。
「……あなた、なんで、死なないの」
「僕は『不死』というスキルを持っている。だから、死なない。殺されても復活する」
「……死んでも死なないだなんて、神の領域じゃないの」
「そう思う人もいるね。まぁ、僕もおかしな体だと思うよ」
「……あなたが死なないなら、わたしはまだ、人を殺してないの?」
「うん。君の圧倒的な暴力でさえ、僕を殺すことはできない。君はまだ人殺しじゃない」
「そう……」
鬼面は安堵した表情になり、長く息を吐く。
「それで、落ち着いた君に提案だ。君は『ジェイソン』という危険極まりないジョブを『開眼』させてしまった。定期的に人を殺したくなるのでは、人間社会で生活できない。
けど、もし、殺すのを僕だけにしてくれるなら、今まで通りの生活を送ってくれて構わない」
「あなたが……わたしに、殺されてくれるって言うの?」
「そういうこと」
「でも……痛いんでしょう? ずっと辛そうだった。苦しそうに呻いてた……」
会話をして理性が戻ってきたのか、鬼面はただただ僕を心配そうに見つめている。
「痛いけど、我慢できるよ。大丈夫」
「……本当に? 大丈夫なの?」
「僕は平気さ。むしろ、君の方が大変かな? 抑えがたい殺人衝動を上手くコントロールし、殺す対象を僕だけにするんだから」
「……そんなの、大したことじゃない。わたし、痛くないもん……」
「そっか。良かった。じゃあ、これからも今まで通り生きてくれ。殺人衝動に襲われたときには、僕を呼んでくれればいい。いつでも駆けつけるよ」
「わたしの、ために? わざわざ、痛い思いをしに、来てくれるの? わたしが、他の誰も殺さなくて済むように?」
「そういうこと」
意識して微笑んでみる。殺されるなんてなんでもないことだよ、と伝わればいいと思いながら。
鬼面は、逆に泣きそうな顔になってしまった。
湿っぽい雰囲気を払拭するためにも、僕は当初の予定通り条件を提示。
「ただし……次回からは有料で」
「有料……?」
「僕もお仕事でやってることだからね。『殺され屋』って名乗ってる。二時間殺し放題で五万円。お金がないなら、多少融通は利かせるよ」
このスキルを生かし、多様な仕事を引き受けている中、鬼面のような子を支援するのも僕の役目。ただ殺されるだけなのに、意外と僕って人気者なんだよね。
「毎回五万円……。払えるかな……」
「ま、支払いについては現金払い以外も受け付けるし、心配しなくていいよ。
それに……あんまり言うなとは言われてるけど、もし、君がお金を全く払えなかったとしても、鬼面さんを見捨てるつもりはない。苦しくなったらいつでも呼んで。すぐに駆けつける」
両腕を伸ばし、鬼面の血塗れの手を取る。
先ほどまでの圧倒的な暴力が嘘のように、その手は小さくて、柔らかくて、温かい。
「僕がいるから、もう、大丈夫だよ」
湿っぽい雰囲気は出したくなかったのだけれど、結局、鬼面はぽろぽろと涙を流し始めた。頬に涙の跡が残る。やがて、鬼面は声を上げて大泣きし始めた。
痛い思いはしたけれど、鬼面を助けられたようで良かった。
今後も痛い思いをするとしても、そんなのは些細なことだ。
死ぬわけじゃないし、ね。
毎度毎度、この仕事はなかなか大変。それでも、この仕事を通じて色々と愉快な人たちと関わり合って、案外悪くない生活を送っている。
ただ死なないだけの体を使って、僕は僕なりに、関わり合う人を支えていく。
他に何か特別なことができるわけでもないけれど、これはこれでいいのかな、と思っているところ。
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