第33話 色づく
掃除は二時間ほどで終わらせた。
ゴミをまとめる他にも、水回りも綺麗にしたり、
僕は清掃員じゃないのだけどね。一緒に暮らし始めたら、黄泉子にも掃除くらいできる人になってもらわねば。
その後シャワーを浴びたのだが、黄泉子はまだぐっすり眠っていた。
「……起こしてしまうのが可哀想なのか、書き置きだけ残していくのが可哀想なのか」
ベッドの端に座り、黄泉子の頭を撫でる。徹夜した後だからか、これだけでは目を覚まさない。こそっとキスもしてみたけれど、やはり目を覚ますことはなかった。
『僕は学校に行ってくるよ。また会おうね』
簡単な書き置きだけ残し、一旦闇咲の家に帰還。全員、既に外出中で、一人黙々と登校準備。途中、リビングの机に置かれていた弁当を回収。最近ではよくあることだが、鳳仙花さんが僕と華狩用に弁当を用意してくれるのだ。
早々にまた闇咲宅を出て、学校に向かった。もう登校や出勤の時間帯ではないため、いつもの登校風景が全く別のものにも感じられた。
学校に着き、教室に入ったのが、三限目の後の休み時間。
「おはよう、夜謳!」
すぐに駆け寄ってきたのは華狩。華狩の顔は晴れやかだが、男子生徒からは不機嫌そうな視線を頂戴した。特に気にすることではないので、軽く無視。
「おはよ、華狩。今日も可愛いねぇ」
「……そういうことは、適当な調子じゃなくて、ちゃんと言ってほしいんだけどな」
華狩がむくれるので、意図的にきりっとしいながら言ってやる。
「華狩、可愛いよ」
「ん……」
華狩の頬が赤らむ。本当に可愛い。
席に向かおうとすると、華狩が僕の手を引く。
「ねぇ、ちょっとこっち来て」
人のいない廊下の端に僕を引っ張っていき、華狩は可愛らしく唇を尖らせた。
「一人での登校なんて当たり前のことだったはずなのに、今日は夜謳がいなくて寂しかったな」
「いやぁ、悪いね」
「いいよ。私がわがままになっちゃっただけ。
それと……夜謳のお仕事がどういうものかはわかってるし、夜謳の性格というか生態もわかってるつもりだけどさ。他の女の人と一晩過ごしてたと思うと、やっぱりちょっと嫉妬しちゃう。今、キスしてもいい?」
「やめなさい。ここは人が来るかもしれないんだから。昼休みにでも、もっと別の場所で」
「むぅ……。意地悪。なら、せめて少しだけ抱きしめさせて」
華狩が僕をそっと抱きしめてくる。
人喰い吸血鬼にはなったけれど、その体は柔らかくて温かい。僕もその体をそっと抱きしめた。
それにしても、今まで学校では男の世界で生きてきたけれど、女子との絡みがあるのは嬉しいものだね。退屈なはずの学校生活が色づいて感じられる。
「ねぇ、夜謳。私のこと、好き?」
「うん。好きだよ」
「一晩会わなかったくらいで、私のこと、忘れない?」
「当然」
「そうだよね。……ごめん、変なこと訊いて。自分でも面倒臭い奴になってる自覚はあるんだけど……平気では、なくて」
「僕の方こそ申し訳ない」
「夜謳は悪くないよ。夜謳はそうやって、色んな人を支えていく。夜謳はそれで良くて、そういう夜謳を、私は好きになった」
「理解してもらえるのはありがたい」
「……ごめん。やっぱり、キスさせて」
ほんの一瞬、唇が触れる程度のキス。
終わった後には、頬を桜色に染めた華狩が微笑む。
「ごめん、我慢できなかった」
「可愛い奴め。今夜は覚悟しろー」
「うん。楽しみにしてる」
「冗談にならなかった」
「今更冗談とは言わせないから」
「へーい」
そうしている間に、授業の始まりが近づく。
「そろそろ教室戻ろうか」
「ん」
華狩と教室に入った頃に、チャイムが鳴る。
退屈だけど、どこか心地良い一時間を過ごしたら、昼休み。
再び華狩が駆け寄ってきて、少し困ったような顔をしていた。
「ねぇ、夜謳。今日は、皆と一緒にご飯食べない?」
「皆って、華狩の友達?」
「うん。ごめん、夜謳と一緒に食べたいって」
「ふぅん……?」
華狩が学校でよく一緒にいるのは、
「何? 僕、モテ期到来?」
「……そういうのじゃないかなー」
「だと思った。華狩の彼氏がどんな奴なのか、気になってるんでしょ? 別にいいよ」
「うん、その、ごめんね。ちょっと、煩わせちゃって」
「彼氏として当然の責務だよ。僕が華狩の友達で、華狩に彼氏ができたってなったら、同じことをするに違いない」
「……私の彼氏は、夜謳以外にいないよ」
「そこは問題じゃないけどなぁ」
さておき、華狩のお友達からの、面接試験ってところかな。
特に気負う必要もないだろう。ありのまま、自然体で過ごせば十分。のはずだ。
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