第8話 結婚?
「……月姫さん? え? なんで月姫さんがここに?」
タクシーで移動すること二十分。到着したのは、闇咲が居住している洋風の一軒家。外観はさほどおかしもないのだが、中にはいると不気味な呪具らしきもので溢れている。お化け屋敷でも目指しているのかと疑ってしまう様相。
四人家族くらいは余裕で住める家なのだが、住んでいるのは闇咲のみ。家族構成については知らない。いわば裏家業の人なので、細かいことは教えてくれない。
そして、闇咲宅のリビングにて、鎖で厳重に拘束されているのは、僕のクラスメイトである
今は眠っているらしい。闇咲が何かしたのかな。
「月姫華狩は、夜謳のクラスメイトだそうだな?」
ソファに優雅に腰掛ける闇咲が確認してくる。
闇咲は、紫の長髪に、紫の口紅が特徴的な、妖艶な美女。見た目は二十代半ばだが、実年齢はわからない。黒づくめのローブを着ていて、まさに魔法使いといった風情。冷静に見ると怪しい限りだが、彼女の雰囲気によく似合っている。
「えっと、はい。月姫さんは僕のクラスメイトです」
「ならば、彼女の紹介はいらんな。昨日の日曜日、月姫は『人喰い吸血鬼』というジョブを開眼させた」
「『人喰い吸血鬼』……? あからさまにヤバそうなジョブですね」
「ああ、そうだ。月姫は人を喰う。文字通りの意味で」
「……それ、生きるために人を喰う必要がある、ということですか?」
「どうやらそうらしいな。ただし、吸血鬼ともある通り、ただ人を喰うばかりじゃない。血を飲むのは毎日で、人の肉を喰うのは週に一度程度で良いようだ」
「……なるほど」
「こいつを放っておくと大惨事になると予想されたから、すぐに役所の連中がこの子をここに連れてきた。
経過観察の結果、開眼から半日程度経ってからまず吸血衝動が出始めた。それは私の血を与えることで解決したが、さらに今日の午前十時頃から、食人衝動が出始めた。
だんだんと凶暴性を見せ始めたから、今はこうして拘束し、眠らせている」
「……僕が呼ばれた理由は察しました。月姫さんに喰われろってことですね?」
「理解が早くて助かるよ。他に適任者がいないんだ。死体をダンジョンから調達してくることも考えたが、どうも生きている人間を喰わねばならんらしい」
「そうですか……」
「断っても良いぞ?」
「断りませんよ。僕が断ったら、闇咲がさんが月姫さんを殺すんでしょう?」
「ああ、そうだ。人を喰う化け物を野放しにはできない」
化け物、か。
そうだよな。僕は感覚がずれているけれど、人を喰う存在は化け物で、人類の敵だ。ダンジョン内のモンスターと同じ。
「……月姫さんを見捨てる気はありません。僕の肉体、月姫さんに捧げます」
「それは良かった。まだ一日程度の付き合いだが、月姫は心根の優しいまっすぐな子だった。死なせるには惜しいと思っていたところだ。
ああ、ちなみに、吸血鬼ではあるが、今のところ血を吸った相手を眷属に変える力はない。レベルを上げたらそういう力に目覚めるかもしれんがな。
さて、そろそろ月姫を起こそう。飢餓状態はもう限界だから、起きたら理性がぶっ飛んだ状態で襲ってくる。覚悟しろ」
「優しい月姫さんからは、想像できない姿ですね……」
僕は、学校ではなるべく目立ったないように生活している。多少の友達くらいはいるが、特に女子とは縁がない。たぶん、根暗な奴と思われているだろう。
そんな中、月姫さんは僕に話しかけてくれるほぼ唯一と言って良い女子。僕の記憶にあるのは、笑顔の月姫さんばかり。
「この娘も人間を喰わせれば大人しくなるはずだ。定期的に人を喰えれば日常生活にも支障あるまい。……とはいえ、人を喰いながらも生き続けたいと思うかは未知数。夜謳の今後の向き合い方次第だな」
「……確かに、人を喰う化け物になって、それでも生きていたいと思える人ではないかもしれません。でも、僕は死にませんし、僕ならいくらでも喰ってくれて構いません。月姫さんが生きていくことを肯定できるまで、僕が傍にいますよ」
「ああ、頑張ってみてくれ。……ちなみに、それはつまり、夜謳は月姫を終生のパートナーとするつもりでいる、ということかな?」
「え!?」
驚愕の声を上げたのは、僕じゃなくて鳳仙花さんの方。
そして、闇咲はにやにやしながらその様子を見ている。
「ちょ、ちょっと待ってください! 闇咲さん、なんで終生のパートナーとか言い出すんですか!?」
「だってそうだろう? 月姫は、毎日血を飲み、週に一度は人を喰う。月姫を生かすつもりなら、夜謳と生涯を共にするしかない。いっそ結婚でもしてしまった方がいいんじゃないか?」
「そんなのはダメですよ! 結婚相手をそんな形で決めるべきではありません!」
「くくくっ。必死だなぁ、鳴。お前ももう二十四だろ? 高校生なんかより、他の男を探した方がいいんじゃないか?」
「……大した年齢差ではありません」
「夜謳が結婚を考える頃には、鳴も三十を越えているだろ? あまり夜謳に入れ込みすぎると、将来取り返しのつかないことになるかもしれん。三十から改めて恋人探しはきついぞ?」
「……私は必ず黒咬君をものにするので問題ありません」
「ああ、そうかい。ま、せいぜい頑張ってみることだ。ちなみに、若返りの薬は一年分でも数百万の値がつくぞ?」
「……知ってますよ」
闇咲は相変わらずにやにやしている。
そして、鳳仙花さんが俺の両肩をがしりと掴む。
「黒咬君! 月姫さんを助けることには同意します! しかし、これをきっかけとして彼女と結婚するとかは考えないでくださいね!?」
「まぁ、それは月姫さんだって望まないと思いますよ? 僕と月姫さんじゃ住む世界が違うと思いますし……」
「何言ってんだ。これからは同じになるだろ。人を喰う化け物なんて、夜謳がよく関わる女たちと同類だ」
闇咲が口を挟んできて、確かにな、とは思う。
僕と、月姫さんの住む世界が同じになる。ならば、月姫さんと僕が結ばれることもあるのかもしれない。いや、ないか? どうだろう。月姫さんが何を考えるか、僕にはわからない。
「夜謳、月姫にもっと近づけ。そしたら、あとは魔法で檻を作って、月姫を目覚めさせる」
「わかりました。鳳仙花さん、ちょっと行ってきます」
まだ何か言いたそうにしている鳳仙花さんの両手を優しく下ろさせて、僕は月姫の傍へ。
すると、闇咲の魔法で地面に魔法陣が浮かび上がり、光の檻が出現する。
なお、闇咲のジョブもスキルも詳細は知らないけれど、とにかく魔法使い系だというのは確か。実力もかなりのものだとか。
「そういえば、無痛薬はいるか?」
「大丈夫です。痛みも慣れましたし、あれって一回死んだら効果なくなるから意味ないんですよねー」
無痛薬はダンジョン産のもので、効果は絶大。一本五千円くらいで買えるので、通常の利用ならリーズナブル。
「ふん。死ぬほどの痛みも平気で受けとめるお前も、十分に化け物だな」
「かもですね」
「では、いくぞ」
「はい」
闇咲がぱちんと指を鳴らす。月姫の拘束が取れる。少しすると、月姫が体をもぞもぞと動かし始める。
そして……ゆっくりと目を開く。赤くぎらついた瞳が僕を捉えた。
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