第43話 心配
家探しは後で僕が進めておくとして、これから何をしようかと考えていたところ。
黄泉子が、ほんのりと邪悪な笑みを浮かべて提案する。
「ねぇねぇ、めでたく運命共同体になったところでさー、わたし、皆がどんな風に夜謳を殺してるのか見てみたいなぁ。絵の参考になりそうなんだよねぇ」
おっと、僕だけ大変な展開。
殺されるのも慣れてるから、いいけどさ。
ただ、この提案に乗り気なのは『解体士』殺雨だけだった。
「あたしはいいわよ。好きなだけ見せてあげる」
一方、華狩と狂歌は首を横に振る。
「……私は好きで夜謳を食べてるわけじゃないし、食べてるところは他の人に見られたくない」
「わたしも人前で夜謳を殺すつもりはない。夜謳しか見てないときだから、自分を全部晒せるの」
二人が断ったので、殺雨に殺されるだけで済みそうだ。ふぅ。
「そっかー……。特にリアルなカニバリズムも見てみたかったけど……仕方ないね。殺雨のお手並み拝見、かな?」
「トラウマになっても知らないわよ?」
「大丈夫大丈夫。わたしも相当ハードな殺し方してるから」
「例えば?」
「ん? 夜謳から聞いてない? 目玉くり抜いてそれを口に詰め込んだり、
「ふぅん。夜謳から一応聞いてたけど、本当になかなか残酷なことするのね」
「まーねぇ。そっちはどんな殺し方するわけ?
「そうね。他にも、吊して血抜きするとか、殺さないように気をつけながら内蔵を切り分けるとか」
「えっぐぅ。流石『解体士』……。夜謳が完全に家畜扱い……」
「仕方ないわ。家畜に対してするようなことを、人間に対してしてみたいという欲求を叶えたかったのだから」
「なるほどねぇ」
黄泉子と殺雨が盛り上がっていると、狂歌と華狩が怒り始めた。
「ちょっと! わたしの夜謳になんてことしてんの!?」
「それは流石にやりすぎじゃないかな!?」
しかし、黄泉子と殺雨はどこ吹く風。
「何を怒ってるの? 狂歌ちゃんは包丁で夜謳をめった刺しにしたり首絞めたりしてるんでしょ? 夜謳から聞いてるよ?」
「華狩なんて、生きたまま夜謳を食べるんでしょ? 責めるわけじゃないけど、えぐさのレベルにそう違いはないでしょ?」
殺雨の指摘に、二人が口をつぐむ。
確かに、包丁めった刺しされるのも、生きたまま喰われるのも、えぐいよなぁ。いや、他人事じゃないんだけど。
「えっとー、まぁ、誰がどう僕を殺してるとか、別に重要じゃないだろ? それより、黄泉子が希望するなら、殺雨が僕を殺すところを見ればいいよ。他の三人はそんなの興味ないだろうし、一旦解散にでも」
「するわけないじゃん。何言ってんの? わたし、今日はずっと夜謳と過ごすって決めてるから」
狂歌が暗い目で僕を睨む。
「あー、すまん。じゃあ、黄泉子の希望は、また今度にでも……」
「えー? いくら未来の嫁候補だからって、狂歌ちゃんばっかり優先するのずるいー。ちょっとはわたしも楽しませてよー」
「むぅ……」
黄泉子の言いたいこともわかる。皆を大事にしなければいけないわけだし、狂歌を常に最優先とはいかない。
助け船を出してくれたのは、またしても殺雨。
「じゃあ、こうしようか? わたし、今から夜謳を殺すわ。なるべくこの場を汚さないように、さくっとね。黄泉子はそれで我慢して。狂歌がいないときにでも、またいい感じに解体ショーを見せてあげるから」
「仕方ないなぁ」
「はい、決まり。夜謳、覚悟しなさい」
殺雨が立ち上がり、ポーチから小型のカッターナイフを取り出す。……常に刃物を持ち歩いているのね。殺雨は確かにそういう子だ。
「とりあえず、顔の皮を半分剥ごうかしら? 黄泉子はそういうのを見たいようだし?」
「また人体模型みたいになるのかー。仕方ないなぁ」
僕は覚悟を決めていたのだけれど、ここでしばらく様子を見ていた鳳仙花さんが割って入る。
「ちょっと待ってください! ここはカラオケですよ!? 公の場で、そんな簡単に人を殺そうとしないでください!」
「んー? 真面目な人ねぇ。もっと頭のねじ弛めないと、夜謳とは付き合えないわよ?」
「……そんなこと、ありません。きっと。とにかく、この場で人を殺めるなど止めてください」
「じゃあ、どうしろって言うの? 黄泉子の欲求不満も解消してあげるべきじゃない?」
「……そうかもしれませんが、場所は変えるべきです」
「……お堅い人ね。大人なら普通なのかな? あたしの力じゃ鳳仙花さんには敵わないし、従う他ないわ」
えー? と酷く残念がったのは黄泉子のみ。狂歌と華狩はほっと一息。
鳳仙花さんも肩の力を抜いた。
「……内と外では、やはりやっていいことといけないことが違います。私もあまり細かい口出しはしませんが、その辺はわきまえましょう」
「はいはい。わかったわ。お楽しみは、今夜にでも取っておきましょ。夜謳、今夜もまたうちに来てね? 黄泉子もおいでよ」
「わかった! 行く! 殺雨の部屋ならなんでもできるよね!? めっちゃ楽しみ!」
ノリノリの黄泉子に、僕は苦笑するのみ。今夜は眠れなさそうだ。
「黄泉子、とりあえず動画でも見る? 吊して血抜きしてるところとか」
「見る見る! いいね、いいね!」
殺雨と黄泉子が盛り上がる。この二人は特に気が合うみたい。ありがたいことだが、僕をより残酷に殺す方法とかを編み出しそうで怖くもある。
無痛薬、もしくは減痛薬がそろそろ必要になるかな?
のんびり構えていたら、鳳仙花さんに腕を引かれた。
「ちょっと、来てください」
「ん? ああ、わかりました。皆、ちょっと待ってて」
鳳仙花さんが僕を連れて部屋を出る。
少し離れ、誰もいない通路にて、鳳仙花さんは眉を寄せて不安そうに尋ねてくる。
「黒咬君、本当に大丈夫ですか? 皆と一緒に暮らすとなれば、今まで以上にその体を犠牲にすることになるでしょう。もしかしたら、毎日毎日拷問されるような生活になるかもしれません。精神はもちますか?」
「んー、大丈夫だと思いますよ? 痛いのも殺されるのも慣れてますし」
「……それでも、今までは多くても週に一、二度程度だったでしょう? 黒咬君にも休養は必要です」
「それはそうですけど……僕、正直そんなに心配してませんよ。黄泉子と殺雨は楽しみで人を痛めつけたり殺したりする子たちですけど、ちゃんと優しい部分も持っています。僕が辛そうにしていたら、遠慮することくらいありますよ」
「……黒咬君は無茶をするから、心配なんです。辛くても平気な顔を装うでしょう?」
殺雨同様、鳳仙花さんにもそんな風に見えているのか。
「僕は大丈夫です。やばいと思ったら言います」
「……ちゃんと言ってくださいね? あの子たちの中で、私は一番強いです。いざとなれば力づくでも止めることができます」
「頼もしいですね。いざとなれば休めると思うと気が楽ですよ」
微笑みかけると、鳳仙花さんは不安そうに俯く。
「その笑顔が、余計に不安なんですよ。強がっているように見えて」
「そんなんじゃないですから。大丈夫です」
「本来なら、何度も何度も残酷に殺されるなんて、十六の子供に耐えられることではないんですよ」
「かもしれませんね」
「……全部投げ出したっていいんですよ? 黒咬君の場合、背負っているものが重すぎます」
「投げ出すわけにはいきません。皆のこと、大事なので」
「そうですか……。わかりました。これ以上はもう言いません。でも、忘れないでください。私は、いつでも側にいます。黒咬君が安らぎを求めるときには、いつでも頼ってください」
殺雨も、鳳仙花さんも、僕を案じてくれている。その事実だけでも、心は穏やかだ。
「わかってますって。さ、そろそろ戻りましょうか? あまり二人きりだと、皆に怒られちゃいます」
「……最後にキスの一つくらい、してくれてもいいんですよ?」
「仕方ない人ですね」
おそらく、鳳仙花さんは僕が軽く受け流すと思ったのだろう。
僕が額にそっとキスをすると、顔を赤くして狼狽えた。
「え? な、え?」
「なんですか? 鳳仙花さんがキスしろって言ったんですよ?」
「そ、そうですけど……。なんで急に優しいんですか!?」
「鳳仙花さんの優しさに救われてますからね。それくらいはしなきゃな、と。さ、もう戻りましょ」
鳳仙花さんの手を引いて、部屋に向かう。
手を繋ぐくらいなんてことないだろうに、鳳仙花さんは顔を赤くしたまま、俯き加減についてくるのだった。
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