さて、どこまで話したっけ ~Now, where was I?~
造物主税
プロローグ
1.おれの意識は連続していた
両腕の筋繊維が心地好く波うつ。実際のところ、それは、抵抗のある物体を斬る――というより砕く――という行為にちがいないんだけど、感覚としてはむしろ抵抗のなさとして脳内で処理された。あるいはつかえが除かれて、切っ先がブオン、と低い音をたてながら重力に曳かれるまま、地面にものすごい速さで墜落するような。
――やった。
これで終わりだということは頭で、というより身体が即座に理解した。
これまで何匹の魔物を殺めてきたと思ってやがんだ。そういうことはすでに考えなくてもわかるようになっている。
実は魔王の
だから、安心しきってた。
勇者の使命は魔王を倒すことだから、仕事はそこで終わりなのだ。正直いって、その後の生命活動の維持に関しては、舐めてた部分があったことは否めない。
割とあんたはおかしいっていわれつづけてきたからなあ。
ふつうは使命なんかより、自分の損益を優先させるものなんだって。
母さんのことはいつだって大事にしたいと思ってる。でもそのいっぽうであのひとならわかってくれるんじゃないかな、なんて甘えた考えかたをしちまう。妹は母さんに輪をかけて、さらにリボンをぐるぐる巻きにしても足んないくらい大事だけど、あいつにはそれこそ母さんがついている。
それ以上に大切なものが何か、おれにあったっけ?
男の友情に関しては何も心配いらない。ある意味でそれは母さんと同じカテゴリーに属している。おそらく、おれのために泣いてくれるやつが何人かいるだろう。申しわけねえ、とは思うものの、これといって悪いとは思わない。
恋――そして、幼なじみのオワカネによれば、性欲――についてはもうすこしマジメに取り組んでおくべきだったかもしれない。希望的観測によれば、そっちの意味でも泣いてくれるのが若干名いるはずだけど、具体的にはまだ何も始まっていなかったんだから、おれにできることは何もない。
あとは金銀財宝とか、地位と名誉とか、不老長寿とか、国家の益々の発展とご繁栄とか、おいしいものを食べたい!、ピアノが弾けるようになりたい!、いつまでもこのままバカやってたーいっ、みたいなことはあんまし考えない。というより考える暇がなかった、勇者やってるだけで精いっぱいだったし。
だから、まあ、
「しまっ、」
た、と口にだしていうほど、しまったとも思わない。すくなくともここまでやってきたことについて、くやむべき点はほとんどない。
ほんとうのところ、魔王にだって明確な殺意があったとはいいきれない。何しろ頭蓋骨を木っ端みじんにされた時点で、やつの意識はぶっ飛んでたはずだし、どちらかといえばよく撓ってじゅうぶんに運動エネルギーを蓄えた魔王のしっぽ――それは先端が鋭利な刃物のように尖っている――が、偶然、おれのドテッ腹に風穴を開けたということだってありえないわけじゃない。
ともかく、結果だけを述べるなら、このたびの魔王vs.勇者のバトルは相打ち、ということになる。真相は後世の研究者の手に委ねたい。
そして、おれの意識もここで消える……消える……きえる……きえーる……き……えっ、
って消えてねーじゃねえか!
いや、いつの間にか肉体は消失している。ちょっと前に心地好く波うった筋繊維の蠢きはもはや感じることができない。それどころか手も、足も、胴体も、視界の隅にいつもはいりこんでるはずの鼻の頭すら見つからない。
あるのは闇だ。
というよりこれは闇なのか? そもそも光を受けとる眼球もないってのに、何をもってこれを闇だと認知しているんだろう。
まったくもって不思議な感覚だけど、おれの意識は連続していた。ここが噂に聞くあの世とやらなのか? だとしたら地獄じゃねえか! リアル感覚遮断実験ですことよ。この状態でおれは自分のドゥームズデイ・ブックの各項目が読みあげられるのを待たなくちゃなんないのかよ、全裸待機どころの騒ぎじゃないね。
どんくらいの時間が経ったのかは知らない――そもそも時間が流れているのかも定かじゃない――けど、気がつけばチカッと目の前に――いや目は存在しないから意識の中に、というべきだ――けばけばしいネオンサインが灯っていた。とある
つよくてニューゲーム?
なぜ疑問形なんだ、という疑問はさておき、うっかりしていると見落とすところだけど、この派手なネオンサインの下にはべつの光源も灯っている。何かの文字列が背景の黒にほとんど融けこむようなかすかな明るさで存在しているようだ。そちらに意識を向けるとにわかに上の一文を取り囲む七色の燈が消え、×印と、そして「キャンセル」の文字が淡く、ほんのりと輝きだした。もう一度、上に注意を移すとそれらの文字は後退し、ふたたび色とりどりのきらめきがその艶やかな手を振りはじめる、
なるほど、このメッセージの送り手がどちらを読んでほしかったのかは明らかだ。ほんとうは下の表示を省きたかったのかもしれないけど、彼女だか彼だかの良心がそれを許さなかったんだろう。
そういうわけで、おれは勇者として、これまでと同じ行動様式にしたがった。
他人の期待には応えること。
誰に教えられたわけでもないけど、ものごころついた頃からおれはそうやって生きてきた。もちろん、これで貧乏くじを引いたことは一度や二度じゃすまない。でもさっきもいったとおり、後悔はしていない。ねがわくは、これからも後悔せずにすみますように、と半ば冗談めかして考えたところで、
おれの意識の連続性は絶たれた。
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