17.特殊能力【無限成長】

 だって実際に見てきたんだもの。


 もとよりオワカネは、勇者のパーティーにおいて最前線で戦うようなメンバーじゃなかった。前もって罠をしかけてこちらに有利な情況で戦闘を開始できるよう仕組んだり、その卓越した情況判断能力を駆使して前衛に的確なアドヴァイスを授けたりする参謀的存在。だとしてもおれといっしょに最終決戦の会場である魔王の城に乗りこんだパーティーメンバーのひとりであり、その意味では人類最強クラスに到達できる才能があらかじめ約束されている逸材といっていいんだ。


 残念ながら、誰もがそうなれるわけじゃない。


 勇者のパーティーメンバーは、つねに不動、ということはなかった。


 おれと、オワカネ、そしてあともうひとりの魔法使いの三人が、いちおうの固定メンバーということになるだろう。それ以外はけっこう頻繁にいれかわった。はっきりいって最終決戦に臨んだときのパーティーは、ともに戦った時間でいえばかなり短い。ながいやつでもせいぜい半年どまりだ(そこには「五人のこども」のひとりであるヒメシパも含まれているわけだけど、彼女が正式にわがパーティーにくわわったのもちょうど同じ頃だった)。


 べつにこのおれに、勇者としてのカリスマが絶望的に欠けていたので、人員が定着しなかった、という話じゃない、


 たぶん。


 いや、ゼッタイ。


 すくなくとも別れに際して、大半のメンバーは溢れでる涙をなんとかこらえようとして、こらえきれずにむせび泣いてたほどだから思いあがりじゃないはずだ。あれがすべて演技だったとしたら、みんな魔王と戦うより銀幕デビューしたほうがいいわけだし、結局、その選択は正しかったことになる。


 もちろん、パーティーを去る理由には、個々別々の事情があった。


 家族のため。


 病気のため。


 祖国のため。


 その他もろもろ。


 それらと並行して多くの者に共通する理由があった。誰もはっきりとは口にしようとしなかったけど、戦闘についていけなくなることが、それだ。


 努力が足りないんじゃない。


 断じて、そんなことはない。


 勇者といっしょに戦ったやつらの大半は、努力という点では天才どもの集まりだった。


 にもかかわらず、脱落した。


 あるときからぱったり成長できなくなる。

 しばらくのあいだは、技術の向上や創意工夫、武器の強化で補える。


 だが、魔物の群れの強さはそれを上まわった。

 魔王を頂点とするピラミッドの上位に位置する魔物には、およそ人類の枠内にとどまる成長では追いつけない。


 すなわち、人類最強は最低要件である。


 勇者のパーティーにいつづけるには、実のところ、それ以上が求められる。


 重要なのは、現在の強さじゃない。

 いまは弱くても、成長をしつづけられる限りは居場所がある。ある程度はおれなり、ほかのメンバーなりがそいつの弱点を補ってやれる。でもそれは、いつかは護られる側から護る側へステップアップできるという、主に本人の強いモチベーションがあってこそ成り立つ関係なんだ。いいわけかもしれないけど、おれはずっと護ってたっていいと思ってる。だけど――人類の気持ちっていうのはムツカシイ――いっぽう的に護られるだけの立場から決してぬけだせない事実を受けいれるのは、最前線で戦ってボロボロに傷つくことより苦痛を感じるようにできているらしい。


 そういうわけで限界を迎えると、みんなおのずと去っていく。


 おれたちの旅の目的が、たとえば人生を愉しむことだとしたら、いつまでもいっしょにいられたにちがいない。ところがそうじゃないんだ。おれたちは必ずしも愉しむために集まったわけじゃなかった。


 おれはこの意味で苦労したことはない。

 ずっと努力が実る星の下で生きてこられた。


 もしかしたらそんな世界観を持ちつづけられることが、勇者の条件のひとつなのかもしれない。


 いわゆる特殊能力アビリティ【無限成長】とでも名づけるべき才能ギフト


 オワカネはおれが知っている(未来の)人類最強の中でも、チートやバフなしで、これを体現できる稀有な人材である。


 あ、イヤ、ともだちを人材といってしまうのは、効率主義に傾きがちかな。


 いいかたを変えよう。


 おれだって人類ヒユーマンビーイングだ。

 近い将来の別れを前提に、誰かと旅にでるのは気が進まない。せっかく出会ったんなら、できるだけその関係を長持ちさせたい。すくなくともオワカネなら、テクニカルな要因で旅から脱落する心配はいらないわけだ。


 だからやっぱり、今度も、ひとりめはこいつがいい。


 もっともテクニカルな要因以外に対する手当は、そのつどしていかなきゃならないんだけど。たとえばこんなふうに、





「いっしょにきてほしい、もしかしてそういっつんのか?」


「もしかしなくてもそういったつもりだけど?」


 テーブルを距てて真正面にあるオワカネの顔面がくしゃっと音が聞こえてきそうなくらい豪勢に歪む。


 舞台は、夜の酒場から、真昼のストリートに移行している。王都のはずれに位置する下町の一角。主に路銀の乏しい旅行者が泊まる木賃宿の並びのすぐ傍にある食堂の前、五つ並べられたテーブルのひとつに、オワカネとおれはいた。


 前夜、酒場の閉店時間より前に引きあげたおれたちは、その足で、真夜中の王都をぶらぶらし、すったもんだのすえに、オワカネが滞在している宿の一室に落ち着く。そこでおれは、勇者としてのおれのってやつをほとんどノンストップで話しはじめたわけだ。気がつけば夜は明けている。オワカネはむっつりしていた。


 すこし眠ったら、と声をかけると、オワカネは充血した目玉をぎろりとこちらへ向け、眠れると思ってやがんのケ?、と凄みのあるガラガラ声で応えた。だったらなんか食べに行こう、腹減った。食欲だってねえよ。いいから、こい!、とオワカネの腕をつかもうとして身を乗りだすと急に身体を動かしたからなのか、おれの腹がぐゅるるるぅーとすばらしい発声で歌いだし、それに呼応したかのように向こうの腹も鳴る、まったくよお、生きてるってのは難儀なこったナァ、とふたりして笑いあい、それでここまでやってきたのだった。


 さすがというかなんというか、彼が旅馴れていることをうかがわせる抜群のチョイスで、貧乏旅行者向けのリーズナブルな食堂にもかかわらず、料理の味は悪くなく、それどころか絶品といってよかった。夜どおししゃべり倒していた反動も手伝い、おれはひと言も話さずスパイシーな腸詰め肉のたっぷりぶちこまれた、静脈を流れる血の色のするスープをむさぼりくうことに没頭した。食欲がないといってたオワカネはそのことばどおり、淡泊な川魚の塩焼きをひと皿注文しただけだったけど、それが彼の前に運ばれたのを確認してから、つぎにおれがそこへ視線を戻すまでのほんのミニマムな隙間時間に、美しい骨格標本みたいなひとつなぎの骨だけを残し皿の上を空っぽにしちまいやがんの。


 やわらかな陽射しの下、食後のチャイをふたりで愉しみながら、おれはふたたび始まるながい話の最初の一語を口にした。ほんとうのところ、それがながいものになるかどうかは、偏に聞き手の態度に一任されていたんだけど。


 はっきりいってしまえば、おれは信用ならざる語り手というやつで、意図的な嘘はついていないにしろ、話してないことはたくさんある。


 オワカネだってそれを知らないわけじゃない。


 何しろ、おれの目の前にいるこの男自身が真っ赤な、というより真っ黒ケッケの嘘で塗りかためられたゴーレムみたいなやつなんだから。


 べつにおれの幼なじみがとっくの昔に殺されてて、ここにいるのはその全身の皮をはいで彼になりすました赤の他人ってことじゃない。それならそれで、おれの記憶の中のオワカネの尊厳は護られるわけだから、悪くないのかもしれない。


 嘘だ。


 どんなカタチであっても彼には生きててほしい。

 その苛酷な運命の仕打ちにもかかわらず、おれとふたたびまみえるきのうまで生きのびてくれたことには感謝しかない。


 たとえ、彼が盗み、恐喝、殺人、密売、裏金作り、なんでもござれのほんものの悪党に成り下がっているとしても、おれの気持ちは変わらない。


 勇者は目の前で泣いてるやつしか救えない。


 逆にいうと、目の前で泣いてくれりゃあ、手を――いくらでも! それこそ阿修羅どころか千手観音にだって負けやしない――差しのべられるんだ。


 思いあがり?


 上等。


 他人の人生にズカズカ裸足ではいってって、深い泥沼から引きずりだすことに躊躇なんてしてやるものか!

 とりま、コイツ、泣かすぞ。

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