16.きのうまでのおめえはおめえだった

「あー、ごめん。話したくなければ話さなくていいや。ひとまず動機ホワイダニツトについてはおいとこう」


「礼をいっとくところかよ、ここは?」


「いいや、まだおれのターンだ。いいにくいんだけど、おれの情況分析能力はおまえに遠くおよばない。多めに見積もっても当社比七〇パーセントってトコが妥当だろ。だからちゃんと口でいってもらわなきゃわからない。ここにいるおれがおれじゃない、ってことばの意味をくわしく説明してほしい」


「をうをうをうッ、どの口がぬかしやがんで。どっからどお見たって、てめえのほうが一枚上手って表情してんじゃねーか。こちとらのほうが咽喉から手がでるくれえ、説明が必要だってえのっ」


「それは単純に危機的情況下にぶちこまれた経験であんたよりこっちが優ってるってだけのことだよ。わかってるから落ち着いていられるわけじゃない、わからないときこそ、落ち着かなきゃならないって身をもって肝に銘じられてっから、そうしてるだけだ」


「そこだよ、そこおを」


「え、どこどこ?」


 ふたりして椅子の座面から立ちあがる。

 オワカネはおれの真っ向を指さし、対しておれはそんなの知るかと後ろを振り向き、その指の延長線上に位置するありとあらゆる場所へと視線をさまよわせる、自分の身体が透明であることを前提にして。


「アーッくそっわッかんねええッ。そんなことがありえんのかあ。ヤ、ねえだろ!」


「チョットチョット置いてかないでよ、ひとりで納得しようとしないで」


「おめえのいうとおり、この三日間、イヤ、きょう城の内にははいってねえから、おれがアフラに着いたおとついから数えて実質的には二日くらいのもんだが、おれはおまえを監視してた。で、つくづく納得したわけさ。ををを、何ひとつ変わっていやがらねえじゃねえか、あいつはおれの知ってるナキリにちげえねえ、ってナ」


「どーゆーイミ? まるで成長していない、と」


「莫迦野郎、てめえが良心ってモノをどっかに落っことしちまうことなく、まっすぐに育ってるってイミに決まってんだるを。心根のハナシだよ、心根の!、変わってねえのは。そんくれえわかりやがれってんだ。まったく、そーゆーところは相変わらずだナア、ヲヰ」


「ごめんなさいねえ、自己評価が低いんすよ」


「傷つきやすさが受けいれられんのも、いまのうちだけだぞ」


 いや、おそらくそのいまのうちとやらはもう許されていないはずだ、わずかに残ったロスタイムとしてすら。おれがニコニコしていると、向こうもその可能性に思いあたったらしく、ちょっとのあいだ口ごもった。ほんとうに優れた情況分析能力をお持ちで。こいつは自力でほとんど正解にたどりついてるってのに、おれときたら。ハッキリいってくれなきゃわかんないよう、って、おれは交際したての女子高生か?


「ともかくッ、きのうまでのおめえはおめえだった。そいつは間違いねえ」


「ヤンカネの目がふしあなって可能性は?」


「ンなもん疑ってたらキリがねえだるを。話を進める気あんのか?」


 ない、っていいたいところだけど、時間は誰の上にも平等に流れる。せっかく彼がリードしてくれているんだし、ストーリーを続けよう。


「ところがどーおで。きょうになったらおめえはすっかり別人だ。見ためのハナシじゃねえよ。見ためはこれっぽっちも変わってねえ、そこがまた妙なトコなんだが、」


「もしかしてきのうの夜のうちにおれは殺されてて、おれの全身の皮をはいだ殺人鬼がそれをかぶって、おれになりすましているのかも」


 すごいホラーだわ。

 その犯人が妹だったりしたら、おれはもうっ。


「そいつはまっさきに考えた」


「ま・じ・でッ」


「皮をはいで、ってところじゃねえぞ。おまえと誰かがいれかわってるってこった。この奇妙奇天烈ななりゆきの真相としちゃ、いちばん真っ当にちがいねえ。だが、ちがった。おれとおまえはダチだ。ちっちぇえ頃から知ってる。こうして面突きあわせてみりゃあ大抵のこたわかる」


「たとえば六七パーセントくらいはね」


「足りねェナ。意味ねえ謙虚さなんぞ棄てッちまえ」


「かしこまっ。では、名探偵ヤングツキ先生の鮮やかなる推理をお聞かせねがいましょうか?」


「こんなもん、推理なものか」


 オワカネはあからさまに目をそらす。おまえに怯懦は似合わんぞ。


「いいからいえよう、いっちゃえよを」


「勇者」


「ごくり」


「ナキ。おまえ、今夜おれに会ってから、何度かてめえ自身のことをそう呼んでるよな」


「いいなおさなかったっけ、候補って」


「そんときだけじゃねえよ、その前にもいっつたあ」


「他人のいったことをいちいち憶えているのネ、こまかいひと」


「そんくれえしか証拠物件がねえんだよ。すこうしは耳の穴から脳天の奥までかっぽじろうって気にもなるじゃねえか」


「ありがとう。おれの揚げ足を取ってくれて」


「どーいたしましてだよを。だがそう仮定すればすべて納得できる、おまえがすでに勇者の仕事をなし遂げてしまった、としたら? ったく、こんな甘えん坊にこの惑星が救われたのかって思うと、おらあ情けなくって涙がでてくらあ」


「いいの、それが答えで?、つぎの瞬間、おれ爆笑してるかもよ」


「だったらすでに嗤ってんだろ、を、だからさっき笑っていやがったのかくそっ」


 目の前で地団駄を踏むオワカネ。やっぱりおまえの棒のほうが上だよ。


「ゴメイトー! いまきみの前にいるこのおれは、勇者として魔王を殺してきたあとの、未来のナキリ・ハコブネだよ」





 それぞれ逆手で握った二本のナイフを器用に閃かせ、針のように硬い毛とぶ厚い皮に蔽われた魔獣の肉体をすこしずつ、すこうしずつ削りとる。一撃一撃は決して致命傷にはなりえないけれど、敵の肉体に確実にダメージを蓄積させていくみごとな手なみ。


 恵まれた体躯にものをいわせるわけでも、アプリオリな才能そのものといっていい魔法を行使するわけでもない、日々の習練だけが到達できる平凡のきわみみたいな戦闘スタイルで、オワカネはこの辺り一帯をなわばりとする魔物の群れのボスと、ほとんど互角にわたりあっている。


 なるほど、最初の町ウィネトカでモタモタしていたおれにしびれを切らすはずだ。


 この時点で、達人とはいわないまでも、戦争をなりわいとするそこらの傭兵以上の戦闘能力を身につけていたというんなら無理もない話だった。


「ちッ。くそっ。見てないでちょっとは手伝えってんだ。おまえが考えてるより、こちとらけっこーギリギリよ?」


 魔獣としては小型といっていいものの、われらサルの仲間のちっぽけな身体と比べればヒグマのように巨大な相手からいっとき距離を取ってから、オワカネは必死さをよそおって声を張りあげる。


「だめだめ。手を貸したら修行にならないじゃん。誘ったのはおれだけど、何もかも承知でついてくるって決めたのはそっちでしょ。おれたちにはあんまし時間がねーんだ。五人のこどもの内から最初の犠牲者がでるより速く魔王を片づけなくっちゃ。そのためにもアニキには半年以内に人類最強レベルの盗賊になってもらう、」


「おまえなあ、ドロボーの本分は殺すことじゃねえんだ、ゾっと」


 驚異のリーチを隠し持っていた魔獣のストレートを紙一重で躱しつつ、隙の生じた相手のフトコロに飛びこみ、ヒット&アウェイ。


「ベリィナイス。いまの攻撃が見きわめられるならたいしたもんだよ。ヘイヘイヘイ、いけるいける、ピッチャーびびってるよぉ!」


 およそ三年前にはあっち側で、血と汗と涙とションベンをちょちょぎらせていたおれが、いまではいいご身分になったものだ。あ、小便は嘘です。嘘ってことにしてつかあさい。


 常識的に考えれば、ホモサピエンスがヒグマウルススアルクトスと一対一で格闘して勝てるわけがない。しかもただのヒグマじゃなく、ヒグマのような魔獣だ。戦闘能力だけに着目するなら、魔獣はあらゆる大型肉食獣の上位互換といってよく、その逆では決してありえない。これが無茶な注文だということは百も承知だ。


 でも、おれは知っている。


 オワカネ・ヤングツキという人類がどこまで到達できるのか、を。

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