4.髪を切る以前のヒメシパ・フォントネルってやつは
どういうわけか、なんていったらたちまち責任転嫁のけはいがただよいかねないけど、おれたちは一対一で勝ちぬき形式のバトルをすることになった。
おれたち、といってもおれとブロブディナン氏とおれの父親のことじゃない。個人的にはそっちのほうが胸躍るイベントになりそうなんだけど、残念ながらいまからバチバチするのはおれを含めた五人のこども、すなわちきょうここに集う勇者の候補者たちだ。
わかっていたこととはいえ、おれの提案はブロブディナン氏に却下された。
政治は勇者の仕事じゃない、と痛感したおれは、きのうから今朝にかけておれの身の上に起きたことを包み隠さず打ち明けた。もはや白というより燃えつきた灰になってさらさらとそよ風に吹かれて飛んでいっちまいそうな哀れな男は、およそわが子に向けるべきじゃない、あからさまな疑惑のまなざしで離れた場所からおれのことを見てたけど、さすがはこの国のナンバーツー、宰相閣下は冷静だ、むしろこの部屋に姿を現した当初より親身になってこちとらの長談義に耳を傾けてくれた。
「話はわかった」
「えっ、ほんとに?」
「大ボラ吹くために、わざわざこの儂を呼びたてたというのか? 儂にはそっちのほうが信じられんな」
「それはそうだ」
「で、何か証拠はあるか?」
ほい、きた。やっぱり信じてねえ。
「証拠ならたんまり、この中に」
といっておれはこめかみを人さし指のはらでトントンとノックする。
「残念だが、そこを開いて中を見ることは儂にはできんよ。ましてお父上の面前で」
「空っぽだっていいたいんですか?」
宰相閣下は破顔した。
「なるほど。確かにあのご母堂の子息というわけだ。きみは信じんかもしれんが、儂はその話にある程度の信憑性を認めてもよいと思っとるよ」
「ある程度って、どんくらい?」
「そうだな、半分か」
「それってあたるも八卦あたらぬも八卦、占いと同じじゃないですか」
「五分の一よりはましだろう」
「あんた、自分とこの占星術師よりおれの話を信じるの?」
「お、おいっ。ナキリ」
灰になったはずのおれの父親の目の縁にじわりと水分が浮かびあがる、なんだか砂漠で見つけたオアシスみたい。おっと、つい嬉しくてこの国のナンバーツーをあんた呼ばわりしちまったぜい。おれ、案外このジイサン好きになれるかも。
「さっきの話には細部があった。魔王の容姿にしろ、決戦の舞台にしろ。それでいていまこの場で話をこしらえているような不自然ないいよどみがない。あるのはふと顧みる、といった間あいだけ。あれが演技だとしたら、儂はいくら金を積んでもかまわん」
ほええ、宰相みたいな仕事をやってる御仁は話の内容だけじゃなくて、そーゆーところも見てるのね。
「何より魔王と刺しちがえた直後のおまえさんのこころの動きよ。ナキリ・ハコブネだったか、きみの名は」
「はい」
「そのナキリ・ハコブネという人物がどういう男なのかがよく伝わってきた。儂はまったく好かんし、理解もせんが、勇者とはそういう者なのかもしれんと一瞬でも思ってしまったことは確かだからのお。その程度の説得力があったことは素直に認めるしかない」
「だったら、ほかの勇者候補を家に帰してよ。この国が彼らに強いるのは、必要のない負担だ。勇者はおれなんだから」
「そう急くな。いいかね、いまのはあくまで儂がどう思ったかにすぎない」
「でたよ、個人の感想です!」
「これが賭けごとなら儂はおまえさんに賭けてもよい。仮に有り金ぜんぶ摩ったとしても後悔はせん。だがな、国の舵取りを同じやりかたで決めるわけにはいかないのだ。ナキリ、きみは博徒の治める国で暮らしたいか、儂はごめんだ」
「博打と占い、どっちがマシかな?」
「すくなくともこの国の占星術には三〇〇〇年を超える歴史がある。これは多くのひとびとを納得させるのにじゅうぶんな証拠だ」
「納得? いま納得っていいました」
「何かおかしなことをいったか?」
「証拠ってのは、事実を明らかにするためのものだと思ってました、てっきり」
「ここではより多くのひとびとの支持がものをいうのだ」
「支持のない事実に価値はない?」
「価値の話はしておらん。儂がしているのはそれでは山は動かせんというだけのことだ」
いいだろう、それがお望みなら。いっちょド派手なヒーローショーをおっぱじめようじゃないの。ただし、演技の巧みさは保証しないがな!
と勢いこんだはいいものの、そこでがらがらぽんっとでてきたのが、五人のこどもによる一対一の勝ちぬき形式のバトルというのはあまりにお粗末じゃないか。おれとしては天を衝くような高い城壁の一枚や二枚、ぶっ壊す所存だったのに。デモンストレーションとしては断然、こっちのほうが効果的だろう。おまえたちの勇者は(人類の手になる)どんなに高い壁でも屁のカッパなんだぞう。きっと誰もが納得したにちがいない。
ブロブディナン氏はむしろノリノリだった。おれのために関係各所に連絡する調整役を買ってでた。
ところがそれが逆にあだとなる。おそらく狙ってやってたんだろーけど。
どこのウマの骨ともわからぬ小僧がうそぶいてるだけなら誰も相手にしない。しかし、一国の宰相が動くとなると話はべつだ。そんなのゼッタイ無理、と胸の裡で思ってても、仕事としてやるべきことをやらねばならなくなる。財務会計部門の官吏がおれたちのところにやってきてこういった、万が一(と彼はわざわざ口にだしていった)、城壁の一部が損壊したら補償はどうされますか?
「ふうむ。災害や魔物のしわざであれば国庫から賄うよりしかたがないが、このばあいはなあ、故意に個人が壊すわけだろう。きみはどう思うね、ハコブネ君?」
と宰相閣下。ここで呼びかけられている「ハコブネ君」とやらはもちろんおれのことじゃなく、おれの父親だ。
「ナ、ナキリ!」
怒りじゃない、わが腕に縋りつくわが父。
一事が万事この調子で、どんどんおれのどはでなひーろーしょーはスケールダウンしていく。それでも王国最強とうたわれる若き将軍と一対一で戦うというところで話はいったんまとまりかけた。最後に水を差したのは、老獪な宰相でも、ゾクブツの親父でもなく、五人のこどものひとりだった。
おれは根まわしというものの難しさを知った。
有力者に話をとおしておくだけじゃ足りないんだ。大事なのは全体の流れをつかむことだ。この日、おれがまっさきに話さなければならない相手はブロブディナン氏じゃなかった、すくなくとも彼は本日の主役ではない。
じゃあ主役って誰?
おれだ。
だからおれの声にみんな耳を傾ける。
しかし、残念ながら、この立ち位置には、おれ以外にも立っているやつがいる。
彼らに勝手にしゃべらせてはいけない。
何をおいてもその手筈を調えておくべきだった。あらかじめ彼らの発言のスクリプトをぜんぶこちらで書きあげた上で、彼らがあたかも自分の意志でしゃべっているかのようにその発言まで上手く誘導する。根まわしとはそこまでしなきゃならないなんて、考えもつかないことだった。ほんとうに政治の駆け引きってやつは、闇が深い。
理の当然としておれは足をすくわれる、こんなふうにだ。
「どうしてその子だけが特別扱いされるの? ヒメシパだってあの、ショーグン?、っておとなと戦ってみたい!」
うん、そうだ、こいつはこんなやつだった。
負けん気が強くて、口だけは達者。だけど、そのうち口だけじゃなくなる。最初はそうだったし、おれが見たり聞いたりした範囲ではその旅の大半を通じて彼女はお荷物にちがいなかった。それなのになんだかんだいってこの生まれも育ちも「星屑の里」の、一〇〇パーセント天然ものの田舎娘は、魔王との戦いの最終局面に到るまで、このレースから脱落しないで生きのこる。すなわち、ついきのうまでこの娘とおれは同じ釜の飯をくらう仲間だったってわけだ。その意味ではこの中でいちばんよく知っている相手だけど、そんなヒメシパだって、ここから始まるながい旅路の最中に大事なもののいくつかを奪われることになっている(たとえば、あのぴょんぴょん撥ねる若駒のしっぽみたいなながい髪。おれが知ってるのは、あれをバッサリやったあとのヒメシパだ)。ここにいる五人のこどもは大なり小なり近い将来、地獄の苦しみを味わう予定だ。
おれはそれを回避したかったのに。よりにもよって本人に邪魔されるとは。
いや、そうじゃない。これはおれのワガママだ。おれ自身が泣いている彼女(たち)を二度と見たくないだけだ。
当然のことながら、王国最強と呼ばれる人類はひとりしかいないので、誰が彼と戦うか、協議が始まった。
「どおしたのよ、急におとなしくなっちゃって。最初にやりたいっていいだしたのはあんたでしょっ。さあさあ、始めましょ。順番に戦ってって、最後に残ったひとりがショーグンに挑戦するんだからね。わあった? いっくわよー」
向こうからしたら本日が初対面にもかかわらず、なんの屈託もなくおれの腕をつかんで自分の胸の近くまで引きよせる、なるほどね。髪を切る以前のヒメシパ・フォントネルってやつは、こんなにも天真爛漫な愛されキャラだったんだ。
ちょっちオドロキ!
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