3.確率は五分の一だった

 さて、おさらいの時間だ。


 ここフミエスタ王国といえばおれの故郷である、と同時にながい歴史を通じて勇者と最も縁の深い国であり、歴代の勇者のうち約半数はその旅の始まりをこの国で迎えている。べつにフミエスタ人でなければ勇者にあらず、ってわけじゃない。


 どういうことか?


 勇者はフミエスタの王家が召しかかえる占星術師の一族によって選ばれる。ユー、才能ありそうだから勇者やってみなーい、ってな感じ(イメージです)でお城からスカウトがやってくるって寸法だ。スカウトが訪問するのは国内にとどまらない。平気な表情して他国の領土に土足でお邪魔するので、初期には外交問題もたびたび勃発したようだけど、彼らの選んだ少年少女はことごとく魔王をしりぞけてきたという実績と、フミエスタも学習して他国の権益をなるべく尊重するようになったこともあって、その辺りの問題は沈静化している。


 いろいろな要因から彼らが選定する以前に勇者としてその才能を開花させてしまうケースや占いの結果が実質的に意味をなさないケースもあって、百発百中とまではいかないけれど、この国の勇者選定の儀式は現在ではおおむね国際的な信認を受けているといっていいだろう。


 そこで今回の占いの結果ですが、


 正直微妙かな。


 結局、おれが魔王の許にたどりついて相打ちに持ちこんだので、まるっきりハズレってわけじゃない。


 確率は五分の一だった。


 ある年のある特定の日のある場所で生まれたこども。

 これが当世の占星術師どもが導きだしたカルキュレーション(の結果)だ。


 ある特定の日というのはもちろんおれの誕生日で、ある場所ってのはこの国の国境の向こうにある、地元のひとびとからは「星屑の里」と呼ばれている、地図にも載っていないような僻村だ。どうしてフミエスタ人の母さんがそんな場所でおれを出産せねばならなかったのかを語りだすと朝チュン(誤用です)してしまうのでここでは割愛するしかないけど、とにかく該当者はおれを含めて五人いた。


 その五名が一堂に会しブリーフィングを受けわずかばかりの支度金を手にし、ハイッ、いってらっさーい、と関係者一同に尻を蹴られて城門から追いたてられる、ってのがこの日のおおまかな流れになっているはずだ。あいまあいまに典雅な儀式っぽいあれやこれやが挿入されるものの、そーゆーのにつきあうのは人生に一度きりでたっくさん。


 だったら早々に引きあげて冒険の旅へレッツゴーしてもいーんだけど、何ごとも検証してみないことには以下略、である。


 城内で王さま、というか王さまの代理人であるところの各部門の専門家エキスパートたちが語った話は、おれの記憶の中にある彼らの話と一致していた。年寄りから同じ話を何度もくりかえし聞かされるというのは人生のありふれた苦痛のひとつだけど、おれは勇者らしく黙って耐えた。おれの記憶と年寄りどもの話に何か矛盾が生じれば、それが突破口になるかと思って、うん、うん、おじいちゃん、そうだねえ、と絶妙のタイミングで相づちを打ちながら耳を傾けてみてもやっこさんいっこうにしっぽをつかませちゃくんねえんですわ。そもそも存在しないしっぽはつかむこともできないわけだけンど。


 ひとまず、あの朝に戻ってきた、という前提で話を進めてもいいのかもしれない。ここがおれの知っているおよそ三年前と寸分たがわず同じかどうかはまだわからないけど、ほとんどいっしょであることは間違いないようだ。


 そして、おれはおれが知っている過去とは異なった行動を開始する。





「ナキリ。おまえいったいブロブディナンさまにどんな話があるんだ」


「くわしくはいえないよ、いくら父さんにだって。この仕事には守秘義務ってものがあるんだ」


「何、ナマイキな。いっちょまえぶって。まだ候補だろ。わたしはなあ、おまえが勇者だなんてこれっぽっちも思っとらんよ。ここだけの話だがな、旅にでたふりをしてマヨニトのニーズさんの邸で匿ってもらうってあの話、まだ生きてるぞ。おまえがくびを縦に振りさえすれば、」


 これが肉親の愛情だというのはわかる。


「そんなことしたら、母さんに軽蔑されちゃうよ」


生命いのちとどっちが大事だと思っとるんだ」


 そんなの、母さんに決まってんでしょ。

 だけど、そーゆーことがわからないのがおれの父親なのだ。


 おれがアルカイックなスマイルを表情中にペタペタ貼りつけるのに没頭していると、やがて彼も諦めたようだった。


「珍しくおまえが頭を下げてくるから取りついでやるんだぞ。万が一、わたしの表情に泥を塗るようなまねをしたら、わかっているな?」


「はいはい、感謝してますってば。おちちうえい」


 まったく、このひとは余計なひと言をいわなくては死んでしまう病気にでもかかっているのかな。その昔、母さんに、どうしてあのひとと別れないの?、って聞いたことがある。母さんは――幼いおれを叱りつけるでもなしに――即答した、表情カオね、あたしの好みにドンピシャなの、人生でもうこれ以上の表情に出会うことはないんだってひと目でわかった。あのときの母さんの、フットライトに照らしだされたかのように輪郭が周囲から浮かびあがったドヤ顔を、一〇年(プラス三年)経ってもおれは忘れることができない。確かにこの父の取り柄といったらそこしかない。とりたてて美形というわけじゃないんだけど、なんとなく目が離せなくなるような不思議な魅力を宿しているのは間違いなかった。だからこそかつてのおれは必要以上にこのひとに反撥してたんだ。だってそーゆーのって努力でなんとかなる部分じゃないだろ、そんなのフェアーじゃないって思ってた。


 ここであらためて父と対峙してみると思ったよりイラッとしなかった。彼は決して善人とはいえないけど、根っからの悪党ってわけでもない。おそらく、母さんといっしょにいるからこのひとは悪党として堕落しきらずにすんでいるんだろう。世の中にはそういう境界線上で生きている人類が大勢いる。誰もが勇者になれるわけじゃないように、自動的に悪党に堕ちるやつもいないわけさ。どこかで分水嶺を越えなきゃなんない、もちろん、自分の足で。これが、きのうまでに会得したおれの教訓。


 父は城内で働いている。わが家は貴族でもなんでもないので下級官吏のひとりにすぎないとはいえ、とある事情から、大臣や王家のひとびとに表情と名前を憶えてもらっていた。ブロブディナンというのはこの国の宰相で、すなわち王さまにつぐナンバーツー。そのポジションにある人物とこうして内々に会う機会を設けてくれたのだから、これは冗談じゃなくほんとうに感謝している。もしこの席がなかったら、おれは王さまや聴衆の面前であえて挑発的な言動をしなきゃなんないところだった。そういう派手な演出が好きな勇者もいるかもだけど(というより大抵のヒーローはそうじゃないかなあ)、根まわし上手な勇者ってのも悪かない。


 年頃の父子らしい沈黙と微温的なトークを行ったりきたりして待っているおれたちの前に目的の人物が登場。儀式用の長衣を優雅に着こなすナイスミドル、髪の色はグレーというよりほとんど白一色に近づいているものの、膚にはまだ若さと呼んでも差し支えないような色艶が残っている。この中で最も年長のはずだけど、いちばん背が高い。彼ひとりくわわっただけで、室内の密度が急速に高まったようなプレッシャーがある。


「時間がない。用件をさきに」


 椅子から立ちあがって取っておきのおべんちゃらを披露しようとしたわが父を制して、ブロブディナン氏がいう。


 しゅん、と縮こまる父さん。

 わんこかな、という気持ちが思わず脣からこぼれた。ぷはっ。ブロブディナン氏の表情に、波紋のようなシワが伝播し、そして一瞬にして跡形もなく消失する。


「失礼。いまのはあなたを笑ったわけじゃないんです」


「お父上を侮辱するのは感心しないな」


「愛ですよ、愛」


 氏は完全に気分を害してしまったようだ。せっかく取り消した表情を取り戻している。すこし離れたところでおれの父親は青ざめていた。どうやら根まわし上手な勇者の名は、即日返上することになりそうだ。


 おっかしいなあ、政府高官と面会するのはこれがはじめてってわけじゃないのに。


 しかし、きのうまでの記憶を振りかえってみると、そのような場にはつねに誰かしらパーティーメンバーがいっしょだったことが判明した。しかも交渉ごとはおれ以外のメンバーを中心に進められ、おれがやったのはせいぜい「はい/いいえ」の二択で答えられるような、最終決定権の行使にとどまっていたという事実に愕然とする。そりゃそうだ、ロビー活動を通じて魔王にダメージを負わせられんなら、勇者なんてお呼びじゃない。


「何がおかしいのかね」


 またしても、腹ぺこオオカミワイルドウルフの涎のように、気持ちが口許から垂れてたみたい。じゅるるるっ。


「いいえ。おれのすべきことに、あらためて気づかされただけです」


「ふん。きみの年齢でそれがわかるとしたらたいしたものだ」


 これは皮肉なんだろうなあ。おれの年齢でそれがわかるとしたらたいしたものだ、えっへんっ。でもこの年齢って実は三年近くサバを読んでいるんですよ。


「ところで、本題にはいってもいいですか?」


「儂ははじめからそういっていたつもりだが」


 ふと見ると、おれの父親の顔色は青をとおり越して白っぽくなってやがる。やっべ、逆に愉しくなってきた。

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