14.必ずバッドエンドで終わる一家離散の物語
「ウィネトカ? なんでそんなトコにいなきゃなんねーんだよう、いってえどこのどいつだ、てめえにそんなふざけたホラ吹きこみやがったやつあ?」
本人から、がその解答だけど、もちろん、ここにいるオワカネじゃない。
「をゐをゐ、ナキ公のナキは泣き虫のナキじゃあるめえし。ひどい表情してんぜ、兄弟」
オワカネがいささか取り乱したようすで、おれを見かえしている。
待て。まだ決めつけるべきじゃない。
きのうまでのパーティーの中では、おれは脳筋担当だったはずだ。
ウチのパーティー、まともな楯役がいなかったからなあ。
そういうおれが、一発で正解にたどりつけると思うほうが間違ってる。自分でいってて悲しくなってくっけど、事実なんだから受けいれねばならぬ。われは勇者。勇者はそう簡単にへこたれません。
きっと何かを見落としてるはずなんだけど、何を見落としているのかがわからない。つまり、何もわかってねえ。
「とりあえず飲みねえ飲みねえ、何があったのかは知らねえけどよう、つれぇこたぁ飲んで忘れちまうに限る!」
オワカネにいわれるがまま、杯の中に半分ほど残っていたドリンク(※ノンアルコールです)をぐびりと飲みほす。
「ををを、いー飲みっぷりじゃねえか。亭主ッ、おかわり持っつきつくれ。ひとつッきりじゃねくて、二人前なッ。ようし、今夜はトコトンつきあってやんよ」
「ひっく。カネヤンはやさしーなあ」
「たりめえじゃねえか、兄弟。何年離れていようが、おれとおめえの仲が変わるこたねえ」
うるっ。涙腺崩壊五秒前だわ。
「たとえおめえがおれのことなんざどうでもいいと思っていても、おれはおめえに興味津々だからな、」
「どうでもいいなんていってないだろ」
「いっただるを。おれたち一家がここを去ってからのこと、聞きやがりもしねえくせに」
それはもう知ってるからだ。必ずバッドエンドで終わる
「聞かないほうがいいかと思ったんだ」
「フンッ、余計なお世話だよ。おめえに気をつかわれるたあ、おれもとうとうヤキがまわっちまったもんだなあ」
よくいう。ほんとうのことなんてこの場で明かすつもりもないくせに。
「ほんじゃあこちとらの聞くもナミダ、語るもナミダの複雑怪奇なこれまでのおはなしは、あとまわしにしてやらあ、感謝しやがれよ。で、そっちは? いってえ何があったんだ、そんないまにも泣きだしそうな表情してヨ。おれたちゃもうガキじゃねえんだぜ、人前でめそめそしてんじゃねーよ」
口調とはうらはらに、いかにもみんなの兄貴って面をして、オワカネはうつむき加減のおれの表情を覗きこんでくる。
「話せばながくなる」
「かまわねえサ。いっただろ、トコトンつきあってやるって」
「カネヤンはやさしいな」
「たりめえじゃねえか、兄弟。何年離れていようが、おれとおめえの仲が変わるこたねえ。ってこのくだりさっきやったじゃねえか! 同じこといわせんじゃねえよ、恥ずかしい」
「タトエオメエガオレノコトナンザドウデモイイト思ッテイテモ、オレハオメエニ興味津々ダカラナ?」
「他人のいったこといちいち憶えてやがんのか。こまけえやつだなあ、昔ッから」
追加で運ばれてきたドリンク(※ノンアルコールです)でさっそく咽喉を湿らすオワカネ。
「それっておれが勇者だから? 興味津々なのは」
「ユッシャ?」
顔の前で傾けていた杯をテーブルの上に戻しながら、彼は眉間にシワをよせる。まるでたったいま飲みくだしたドリンク(※ノンアルコールです)が、ひときわ苦い味のするものであったかのように。いや、ダイコンだろ、それは。
「間違えた。候補っていわないと誤解を生むな」
「ああン。いきなし何いってんだ、おまえ」
「ここでも知らない体でいくんだ。ここがウィネトカなら、それが正解かもしれない。でも、ここはアフラ。おれたちが育った場所じゃないか、アニキ」
べつに動かぬ証拠をつかんだわけじゃない。
ただ、ウィネトカならともかく、この王都では、五人のこどもの内におれが含まれていることを知ってる人物は珍しくない。名前を知ってるだけのやつならごまんといるだろうし、表情と名前が一致してる連中もそれなりに。すくなくともこの二、三週間のあいだ、おれはちょっとした有名人気分を満喫していた(はずだ)。選ばれし五人が全員フミエスタ人であれば、そんなに時間はいらなかっただろうけど、何しろ、「星屑の里」は遠いし、ほか一名は現在暮らしている祖国において王者の血を受け継ぐ貴人だから、どちらも招聘するのに時間を要したのだ。
そのあいだ、五人のこどもゆいいつのフミエスタ人で、なおかつご当地在住のおれが、ここで注目を浴びないわけがなかった。
気をきかせて全員集合する期日まで公表を控えてくれればいいものを、いちおう慶事だからとべらべらしゃべりやがった王家が悪い。そうだ、抗議しよう。最初のときはそんなことにまで気がまわらなかったけど、いまなら可能だ。明日の朝、城門が開く頃まで憶えてたらぜひそうしよう。
それはともかく、おれとは浅からぬ縁のあるオワカネなら、ハコブネさんちのぼんくらが、五人のこどものひとりだと知っていてもいっかな不思議じゃない。本人のいうように興味津々だってんなら、ひとづてに聞いたという設定でおれに接近してきたほうが、むしろ自然だったんじゃないか?
そもそもなんで近づいた、このタイミングで?
あ、近づいてねえんだ。
いちばん肝心なことを忘れてた。
ウィネトカでは懐かしい表情を見かけたぜ、とオワカネのほうから声をかけてきた。
今夜はそうじゃない。
振り向かせた瞬間、そこにあったのがなじみの表情だったので、そのとき持ちあわせてた疑念が、口の内でぐらぐらしていた乳歯がぽろりと脱落するようにぬけおち、代わって再会の歓びと、これから噛みしめることになるほろ苦さの予感にすっかり胸がいっぱいになってしまった。
考えてみれば、いや、考えなくても知ってることだけど、ここにいるオワカネの異様に高いテンションにも理由がなかったわけじゃない。
口数だって多、くなってはねえか、これは生まれつきだ。
彼がおれに対して最も隠したいと思っている嘘の正体を、おれはすでに知っている。ここにいるおれは、その嘘によって生じた生命の危険すら感じるいくつもの艱難辛苦を乗り越えて、ふたたび彼と固い絆を結びなおしたあとの、おれ。
おれにとってオワカネ・ヤングツキは、かつて兄貴と慕っていた幼なじみというだけじゃない。文字どおり、いっしょに死線をくぐりぬけてきた、かけがえのない戦友のひとりだ。ある意味では、家族や恋人より彼の内面を知っていると自負してる。だから彼がべらべらしゃべり散らすのも当然のことと深く考えもしないで受けいれてしまったけど、この場で彼が最も隠したいと思ってることは、もっと卑近なことだった。
つまり、おおきな嘘を貫きとおすには、その前に、ちいさな嘘を成立させなければならない、ってこった。
彼がいま現在、目の前で額に汗して従事している役務はそういったたぐいのものだ。
「ここがアフラだなんてハナシゃあてめえにいわれるまでもなくわかってんよを。おれっちを誰だと思ってんだ、こちとら生まれも育ちも王都でい。畏れいったかッこんちくしょう」
「じゃあなんでその生まれ育った場所で、コソコソしなきゃならなかったんだ?」
「ギクッ。ナ、ナンノコトカナ?」
あら、すてきな棒。
方針転換するおつもり? こっちの嘘はパージしちゃうの? さすがに勇者の
再会を祝して飛びこんだてぢかな酒場で思いでバナシに花が咲き、夜どおし飲み明かしちまえばシメたもの、彼がおれを尾行していた、という事実はうやむやになるだろう。こちらのこみいった事情を聞きだしたかつての兄貴分がいかにも昔のよしみで袖をまくって協力を申しでれば、ひとりぼっちで途方にくれてる未熟な勇者のタマゴが拒めるわけがないのだ、いったんフトコロにはいりこんだ相手を疑うことは罪になる。おれはその場ででっちあげられたどんなつまらぬいいわけも飲みこまねばならない、というのがおそらくこの男の胸算用ってわけだ。
だが、目下、おれがまだ答えを知らない謎はこのちいさな嘘だけだ。
どうしてオワカネは、ウィネトカじゃなく、ここアフラで、よりにもよっておれを尾行なんかしていたのか?
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