6.「怖いのか?」
第一試合はタイガー・タイガ対ナカン・イーダイ。
協議の結果、最初に男子どうしで競って、その勝者が女子とバトるという流れになった。男子間における順序は単純に身長の高さで決めた(つまり、おれがいちばん背が低い)。見ためでいったら、王国最強への挑戦権を獲得するのはタイガー・タイガに決まってるから、順当に勝ち残ったばあい彼が最も多い試合数をこなす配置になるのは無理もない。どちらかといえばナカンは貧乏くじを引いたというべきで、身長こそタイガー・タイガにつぐポジションだけど、体重を考慮すればおれが最初にでてたとしてもどこからも非難の声はあがらなかっただろう。
その選定条件からして自動的に五人のこどもは同い年であることが確定ずみなんだけど、それを知っていてもなお年齢を詐称しているのではないか?、との疑いを拭いきれないほどにタイガー・タイガの外見は年齢離れしている。青年をとおり越して、すでに屈強な戦士と呼ぶのがふさわしいところまで達しちゃってる。一流のアスリートにいわせればまだまだ体幹や筋肉の鍛えかたで到らない点はあっちにもこっちにも見つかるとはいえ、素人の目には一流のアスリートそのものだ。その巨体に積載された筋肉の無駄のなさは、見世物として衆目を集められるほど美しかった。
その上、彼の両腕、両脚、それから着ているワイルドな服のせいで露わになっている胸部や背中の一部、それこそ全身には、トラを連想させる
ひとつだけ、註解を。
タイガー・タイガの刺青は「星屑の里」の伝統で、彼の個人的な信条やファッションを代弁してるわけじゃない。
そいつは、程度の差こそあれ、彼と同郷のヒメシパ、ナカンにも似たような刺青が見つかることからも明白だ。もっともあっちのはトラじゃなく、それぞれべつの動物だけど。きのうまでにおれが本人たちから直接取材したところによれば、家だか氏族だかによって意匠は異なってるそうだ。ナカンはヘビで、ぱっと見じゃわかりにくいもののヒメシパはコウモリだった。
初っ端から番狂わせが起こることもなく、試合はタイガー・タイガの勝利で終わる。秒で決まらなかっただけでも対戦相手の奮闘を褒めたたえるべきである、とおそらくそういった合意が無言のうちに形成され、おとなたちは勝者に対してだけじゃなく、このひょろひょろしたマッチ棒みたいな男の子にも惜しみのない拍手を贈る。
ところがそうされたご当人は表情を真っ赤にして、身の置きどころを探してうろうろしたいんだけど、どうせ逃げ場なんてないとわかってるからここに立ってます、といった風情で拍手が鳴りやむのをひたすら息をひそめて待っていた。
同じく立ってるだけなのに、画になるタイガー・タイガとは著しい対比。
わかるぜ、ダチ公。
そうやって耐えてんのは、ナカンひとりじゃない。記憶の中のおれもそうだ。
そんなとほほなおれたちが、他人からの熱い期待のまなざしを窒素や酸素や二酸化炭素のように身のまわりにあって当然のものとしてクールに受けながす――内幕はちっともそうじゃないとしても、外面だけは棒以外の演技で乗りきれるようになる――までには、まだまだまだまだ、たぁっくさんの黒歴史をザクザク踏みぬかねばならない。
ここからしばらく、ずっと彼(タイガー・タイガ)のターンだ。
でも、べつにそれでよかった。
むしろ、そうなってくれれば、とねがっていたふしすらある。
なのに人生は思ったとおりにはいかない、おれにとっても、ナカンにとっても。
それはあの美しいますらおにしても変わらない。
今回、彼にはひと足おさきに、それが訪れるというだけの話、
敗者は去り、勝者は戦場にとどまる。
タイガー・タイガは泰然自若ってゆーのかな、小股かつ左右のあしのうらを引きずって、さながら牛歩戦術のように自分の前までのろくさやってくる、あるいはいつまでも経っても訪れない対戦相手を、さして苛だつようすもなく待っている。ほんとうによくできた子だよ。きみには「よくできました」のスタンプをあげよう、ぺたりこ。おっと、いけね。思わず仕切り線の位置までたどりついちまった。
ジャッジが手をあげ、新たな試合の開始が告げられる。
何ごともなかったかのようにふるえが収まっても、おれの思いすごしが雲散霧消したわけじゃない。おれの肉体が、ドーナツの穴とはべつの命令系統にしたがっているんだとしたら、何が起こるかわかったもんじゃない、万が一、タイガー・タイガの血と内臓をみんなの前でぶちまけちまったら、と考えると足がすくむ。
「怖いのか?」
ニャろう、ノイレンと同じこといいやがる。
「怖いよ。あんたは怖くないの?」
「余興だ。なるべくなら愉しめ」
「へえ。あんたのその厳つい顔面が、何かを愉しんでいるときの表情だとは思わなかったな」
「フフ、いうじゃないか」
あ、笑った。ほんとうにリラックスしてるんだなあ。
ずん、と向こうが足を一歩、前へ踏みだすので、こっちはくびを九〇度近くまで後ろに倒さんとイカのなんとやら。あれ、なんかパース間違ってねえ? 勇者としての豊富な戦闘経験がなかったら、ここで白旗あげてまわれ右してもおかしくないド迫力。恐怖というのはかくもわれわれの(遠近法という)認知を狂わせるものなのか!
タイガー・タイガが左手で、武器としてわたされている模造剣の柄を力強く握るのがわかった。
さすがに素手での殴りあいや取っ組みあいの喧嘩だと、その体格差からあまりに彼が有利だから、と剣術の試合もどきのルールが採用されている。もどき、というのは五人のこどもの誰ひとりとして正式に剣術を習ったことがないからで、とりあえず身体のどっかにあてれば部位に応じて異なるポイントが加算され、さきに規定のポイントに達したほうが勝ちってことくらいしか、おれはもちろん、みんなも把握しちゃいない。
なるほど、余興だ。
その上、タイガー・タイガは自主的に利き手の使用を禁じている。舐めている、というより本人なりの愉しむための工夫なんだろう。勇者ってのはとことん
さて、波うつ血管。躍動する筋肉。そして、
とっさに得物を抛りだすおれ。
「拾え」
「その前に、ひとつだけおねがいがあるんだが」
「なんだ」
「棄権してくんない?」
「わが里では、祭りの最中、興を削ぐことは最も忌み嫌われる、そいつの名誉をどん底まで引き下げる行為だ。一度下がったものはなかなか取りかえせん。どうしても厭だというなら、おまえがしろ。なぜしない?」
「おれにとっては余興じゃないから」
タイガー・タイガはちょっと驚いた表情をする。意外とエモーショナルなやつだなあ。わずかな時間黙りこみ、それから模造剣を右手に持ちかえる。
「いや、そういう意味じゃない」
スポーツマンシップ!
「ここで戦闘を避けても、いずれ戦わねばならないときはくる」
「ない。すくなくともあんたとはね。保証するよ」
「まるで見てきたみたいにいうんだな」
「
「興味深い申しでだが、おれの頭は小難しい話には向いていない。それよりもっとてっとりばやく、おまえを知るやりかたがある、」
左腕からわずか数センチメートルのところを模造剣がびゅん。これ見よがしの威嚇だけど、膚に感じる風圧はほんものだ。
「拾え。拾わなければ、つぎはあてる」
あ、本気だ。おしゃべりの時間はもうおしまい、っておれの頭上に掲げられた上腕三頭筋が雄弁に語ってやがる。
だったら、こっちもまじに覚悟を決めるっきゃねえ。
おれは剣を拾わなかった。
タイガー・タイガは有言実行の男だ。丸腰相手でも容赦はしない、忠告はしたんだから。そのたくましい腕が振りおろす剣は、一秒にも満たない刹那のはてに、確実におれの脳天を直撃する
おれにはとまって見えるわけだが。
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