2-6



 やがて洗濯も終わり、家にはいい匂いが充満じゅうまんしている。

 キノコと山菜どっさりのスープに、豆イモというとても小さなイモをたくさんったものが、今日の朝食だ。

 どちらもラミア特製『これをかければ大体のものは美味しく食べられるハーブ入りの塩』で味付けがされている。

 とっておきの茶葉のために新たにお湯を沸かし始めると、キャナリーのお腹はぐーぐー鳴っていた。


 木のボールに、さらりとしたスープを盛ると、ふわっといい匂いの湯気があがる。

 そのころには、朝の陽ざしが室内にまで入ってきて、商人や町民たちにとっての朝食の時間だ。

 キャナリーはいそがしく動き回っていたけれど、ちらりと見た様子ではジェラルドはすでに起きていて、アルヴィンと話をしている。

 あの様子では、随分ずいぶんと回復したみたいだな、とキャナリーは安心した。


「おはようございます、ジェラルドさん。すっかり元気そうに見えるけど、具合はどう? もうご飯、できましたけど、食べられるかしら」


 台所から声をかけ、ベッドのほうに歩いていくと、なぜか二人とも困惑した顔をして、こちらを見ている。


「あの。どうかしたの?」


 尋ねるとジェラルドは、腕の包帯を外しながら言う。


「いや、悪いことではないんだが。つまりその、傷が……あまりにも痛まない」

「本当に? よかったじゃないの」

「よかったのは確かだが、この治りの速さは異常だ」


 言いながらジェラルドは、くるくると包帯を外した。

 すると、浅い傷はほとんど消えてしまったかのように、薄くあとが残るだけになっていた。


「あら、本当。昨晩は、れて熱も持っていたのにね」

「こっちもだ。まったく痛みもない」

「え? ……きゃあっ」


 ジェラルドが、シャツの前を大きく開いた途端とたん

 なぜかキャナリーは、パッと目をらしてしまった。

 昨日はしっかり見て、治療して、なんとも思わなかったのだが、突然とつぜん見てはいけないもののように感じてしまったのだ。


(えっ、何、どうしたの私。これじゃ、治療がきちんとできないじゃないの)


 ギ、ギ、ギ、と人形の首を動かすように、キャナリーは無理やりに自分の顔を動かして、ジェラルドの傷を検分する。


「どうかしたのか、キャナリーさん」


 キャナリーの行動を不審ふしんに思ったらしいジェラルドに言われ、慌てる。


「なっ、治りが早くて、私もびっくりしただけよ。……本当に青黒くなっていたところも、薄い黄色になってるわね」

「いったいきみは、どんな薬を塗ってくれたんだ?」

「どんなって、だから私が調合した薬よ。以前は、普通ふつうに町に売りに行っていたわ」


 キャナリーはうでみをして、首を傾げる。


「よく効くって評判だったけれど、確かにそこまで効くとは聞いたことがないわね。ジェラルドさんの体質じゃないの?」

「それは違います、そしておそらく、薬だけの効果でもないでしょう」


 言ったのは、アルヴィンだ。


「言いませんでしたが、実は私も、怪我をしていたのです」


 アルヴィンは上着を脱いで、そこに下がっている薄い金属の板を見せた。


「これは、首から下げていた護符ごふです。このように、へし曲がるまで打撲を受け、もしかすると鎖骨さこつが折れたかもしれない。そう思っていました」

「なんだと。アルヴィン、そのようなこと、俺にもだまっていたのか」


 驚くジェラルドに、アルヴィンは頭を下げた。


「申し訳ございません。昨日は、それどころではありませんでしたから。けれど……見てください」


 アルヴィンはえりを開いた。すると首の下あたりが、うっすらと黄色くなっている。が、言われなくてはわからないほどだ。


「昨晩、私が自分で確認かくにんした時には、黒に近いほどに内出血していたのです。それがたった一晩で、薬もつけずにこれというのは、不思議で仕方がありません」

「不思議ねえ。いったい、どうしちゃったのかしら。よくなったのなら、いいことなんだけれど」


 いくら言われても、キャナリーにもわけがわからない。

 三人でしきりに首をひねるうちに、ぐうう、とキャナリーのお腹が鳴った。


「と、ともかく、ご飯を食べましょう。待っていて、少し温め直すから」


 まだジェラルドの体力は、完全に回復しておらず、少しふらつくようだった。

 そのため、彼の分はテーブルではなくおぼんせて、ベッドまで運ぶことにする。


「はい、口を開いてくださいな」


 キャナリーはスープをスプーンですくい、上体を起こしたジェラルドに食べさせようとした。


「い、いや、大丈夫だ。一人で食べられる」

「だって、いくらなんでも縫った肩の傷は、完全にはふさがっていないでしょう? それにスープの入った木のボールって、結構重いのよ。こぼして汚したりしたら、きっとラミアが怒って化けて出るわ」


 そう言って、キャナリーはなおもスプーンを差し出した。

 ジェラルドは、慌てたように両手を突き出して辞退する。その頬は、ほのかに赤く染まっていた。


「いや本当にもう、あまり痛まないんだ」

「そう? でも、そうね。そんなふうに動かせるなら、大丈夫なのかしら。じゃあ、気を付けて持って。痛くなったら、すぐに言ってね」


 もしかしたら、ずかしがりやなのかもしれない。キャナリーはそう考えて、木のボールとスプーンを、注意深くジェラルドにわたした。


「いただきます」


 ジェラルドは確かに傷が痛まないらしく、難なくスープを食べ始める。

 その顔に、ふわりと嬉しそうなみがかんだ。


「これは……美味しいな! 初めて食べる味だ。キノコと木の実が、スープに深いコクを出していて、いくらでも食べられそうだ。キャナリーさんが作ったのか?」

「ええ。貴族のお料理に比べたら質素だから、お口に合うか心配だったんだけど」


「口に合うどころじゃない。大好物になったよ。香草の風味との相性あいしょう抜群ばつぐんだ」

「よかった! 具材の新鮮しんせんさは、どんな宮廷きゅうてい料理にも負けないと思うわよ」


 食べているうちに、身体が温まったおかげもあるのか、ジェラルドの顔色はますますよくなった。

 嬉しくなってキャナリーも食事を始め、アルヴィンにもお代わりをすすめる。

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