1-7


「ひかりのめぐみ のにみち くものしずくも やがてちにしみ つぼみはひらき たいがとなりて うなばらへ」


 両手を広げ、情感たっぷりに、キャナリーは朗々と歌った。

 いつもより声がよく出ているのが、自分でもわかる。

観客はキャナリーを見つめ、誰も一言のおしゃべりもせず、耳を傾けてくれていた。

 王太子は鼻の下を伸ばし、とろけそうな顔をしてキャナリーの歌を聞いていたのだが。


「──いつか、そらへ、かえる」


 歌い終わった、その時。



「っ!」



 ズズーン! という轟音ごうおんがして、キャナリーはよろけてしまった。


(えっ。地震じしん?)


 次いで、ドドドド! という、地鳴りのような音が鳴り響く。


「な、何事だ、これは!」

「まさか、ゴーレムの足音ではありませんわよね?」

「ええい、その恐ろしい名を、軽々しく口にするでない!」

「すぐに物見のとうの見張りに、伝令を!」


 観客たちはざわめき、おののき、隣の者と互いに、強張こわばった顔を見合わせた。

 キャナリーも不安になって周囲を見回し、立ちすくんでしまう。

幸い地響じひびきはすぐに収まって、大きな地震にはならなかった。

 するとガタン! と音をさせて王太子が立ち上がる。


「そ、そなたの歌には、地震を起こす魔力があったのか!」

「……はい。どうもそのようです」


 キャナリーも今知ったのだが、事実だと思ったのでそう言った。

 王太子は、かんしゃくを起こしたように言う。


「すごく怖かったではないか。余を怖がらせて、どういうつもりだ! 余の魔法で地震を止められるかどうか、ためしたわけではないだろうな!」

「とんでもありません。まさかこんなことになるとは、夢にも思っていませんでした……。大変申し訳ありません」

冗談じょうだんではない! 顔と声で、余をたぶらかしおって、なんと不吉ふきつな女なのだ!」


いや別に、たぶらかしてはいないでしょ、と思ったのだが相手は王太子だ。

 黒でも白にできる人に、正論をうったえても仕方ない。


「本当に失礼いたしました。どうか王太子殿下の寛大かんだいな御心で、お許し下さい」


 キャナリーはひたすら謝罪する。自分でも皆を危機にさらしたことに、少なからずショックを受けているのだ。



「その女は、不吉だ!」



 観客の誰かが王太子に同調するように叫んだ。それはレイチェルに、バラの花を投げた青年貴族だった。

 その叫びをきっかけに、次々とキャナリーに向かってひどい言葉が投げつけられる。


「まるで聖女と正反対じゃないか!」

「なにせ森のあやしい薬売りから連れてこられた、という噂もあるとか」

「マレット子爵! これはあなたの責任ですぞ。出て行け! 不吉な女め」

「そうだ、追放すべきだ! この女は王国にわざわいをもたらすに決まっている」


 観客席からはバラの代わりに、次々に物が投げつけられた。

 自分ではなく小姓こしょうのものらしきくつ、ワインの空瓶あきびん、グラス、食べかけの焼き菓子がし


「ええい静まれ!」


 そこに王太子が声を張り上げた。



「キャナリー・マレット。お前を国外追放とする! 今後、新たな聖女が見つけられなかったら、歌唱団の団長には、責任を取ってもらうぞ!」



 そう宣誓すると、王太子は会場をあとにした。

 舞台裏ではレイチェルたち三人娘が、お腹をかかえて笑っている。

 自分たちが聖女でなかったことや、王太子の妃指名が先送りにされたことよりも、キャナリーが追放されたことに胸がすいているのだろう。


「地響きって! いったいなんですの、あなたのお歌の魔力!」

「絶対に、空腹になったあなたのお腹の音でしょう? そう考えたら、おかしくておかしくて」

「それとも食べ過ぎて身体が重くなったせいで、足音だけで地響きが起こったのかしら。ああもう、笑いすぎてなみだが出てしまいましたわ」


 かっとキャナリーの顔が赤くなる。

 まさか自分だって、あんな魔法が発動するとは思わなかったから、少しショックだったのだ。


(危険な魔法が使えるくらいなら、何も魔力がない方がましだったのに)


 ぐっとこらえながら、キャナリーは大ブーイングの起こる会場を速足で後にしたのだった。



 ***



 当然のことだが、子爵家へ戻ったキャナリーを待ち受けていたのは、激怒げきどした夫妻からの絶縁ぜつえん状だった。

 顔も見たくない、とでも言うように養父たちは部屋へこもり、メイドが書類と旅行かばんを持って、キャナリーの前にやってくる。


「王宮から、永久追放の通知が届いたそうです。急ぎ国内から立ち去るようにと。そして子爵ご夫妻は、こちらの養子縁組えんぐみ解消の書類に、サインをせよとのおおせです。……あの、それから」


 何かしら、とキャナリーが首を傾げると、メイドはうつむいた。


「い、いつも、お菓子を分けていただいて、ありがとうございました。何かお返しをしたいのですが、私、何も持ってなくて」


 ポロ、と涙をこぼしたメイドを、キャナリーは思わず立ち上がってぎゅっと抱きしめた。


「いいのよ。その気持ちだけで充分。さあ、もう行かなきゃ。私と親しくしているのを見つかったら怒られるわよ。はいこれ、サインした書類。元気でね」


 キャナリーはそう言うと彼女の身体をはなして書類を渡し、旅行鞄を持って、子爵家の玄関げんかんを出た。



 ひそひそと話す町の人からげるように、身を縮こまらせて国境へ向けて歩く。

 ようやく数日かけて町をけた時、キャナリーは突如とつじょ森に向かってけ出した。

 そして大声で叫ぶ。



「やっと解放されたわ――!」



 ……落ち込んでいると思いきや、キャナリーは逆だった。

 なんといっても、元の自由な生活に戻れるのだから。

 もう堅苦しい令嬢の振りなんてしなくて良いのだから!

 町を出るまでは、追放者らしくしずしずと歩いてきた。

 でも、国の外である森に入れば関係ない。


(別にもう、魔法を使わないようにすればいいんだもの。その他はぜーんぶ自由だわっ!)


 るんるんとスキップをしながら、見慣れた森の小道を一人、行くのだった――。

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